第45話 馬車の旅

 草原に囲まれた街道を、一台の乗合馬車が真っ直ぐ走っていた。


 その馬車には、装飾の施された両開きの窓があり、屋根は白いほろで覆われている。


 街道を定期的に往来する一般的な駅馬車は、窓や壁などなく、荷台の柱にほろを被せて覆う、簡単なつくり。


 この装飾の施された馬車は、貴族とまではいかないが、裕福なものが乗っていると思わせるのに十分だった。

 それだけであれば、街道で、時折、目にする光景で、すれ違う人々の印象には、残らないかもしれない。


 ただ、この馬車は、四頭の白馬に引かれており、その光景は、壮観で、強烈な印象を与えていた。


 レナードが領主を務める町を旅立ち、次の町までは、順風満帆に進み、その町のギルドで、新たな仕事の依頼を受注し、さらに東へと、次の町を目指している


 エドワードとジークフリードは、御者台にいるので、車内には、女性しかいない。


「ねぇ、やっぱり、目立ち過ぎじゃないの?」

 行く手に、多数の気配を察知し、疑問を口にした。


「ジークは、大丈夫って、言ってたわ」

 レティーシアは、あまり気にしていない様子だ。


 まぁ、装飾が控え目な、この馬車は、彼女の感覚からいけば、質素な普通の馬車かもしれない。


 ジークフリードも同じように言ってたし……、


 まぁ、金持ちの感覚は、得てしてずれてるからな……。


 しかしだ、


「ギルドの文書を、配達するなんて……、なんで、こんな依頼を、受けたのかしら?」

「旅もできて、資金調達もできる、良い依頼だって、ジークが言ってたわ」

 レティーシアの答えは、ジーク、ジークだ。


 そのうち、ジークなにやらと叫ぶかもしれない。


 少し、ジト目で、見つめながら、


「なんか、行き先を、言いふらしてるみたいで気に入らないのよ……」

「……大丈夫よ」

 レティーシアも、何か気付いたらしい。


 配達の依頼は、報酬も良く、とても美味しいらしい。


 そもそも、重要書類を運搬するので、実力と信頼が要求される。


 それでも、最高ランクのSランクを持つ、ジークフリードが受けるのは、珍しいので、ギルドの受付嬢がえらく恐縮していた。


 気配がある場所は、まだ先だし、車内の空気が少し重くなったのが、気になってきた。


 旅は、楽しいほうが良いに決まっている!


「ねぇ、リサから、飴をもらったけどなめる?」

 レティーシアに、飴を手渡した。


 これは、レナードの町を旅立つ時に、コッソリと、受付嬢のリサがくれた秘蔵の飴だ。


 飴は、まだ、売っているのを見かけないので、大切にとっておいたのだ。


「ソフィアさんだけ、報酬無いのは可哀想だから」

 と言って彼女は渡してきた。


 そして、


「エドワード達には内緒よ」

 と、楽しそうにしていた。


 彼女も、根は良い奴だな、


 こんな、貴重な、そう、きっと貴重で、珍しいに違いない物をくれるなんて!


「みんなにも、あるわよっ」

 飴ちゃんどうぞ、と皆に配っていく。


「あらっ、珍しいわね」

 シルフィードは、やはり珍しがり、


「ソフィア、ありがとう!」

 最近やっと、話してくれるようになったクララも、大喜びだ。


「ありがとう、頂くわ、ソフィア」

 包みを開け、レティーシアは、飴を頬張った。


 俺も、それに続き、飴を口にする。


 飴は、想像とは違い、少し苦味のある甘さだった。


 それでも、


「美味しいわね」

 と、皆、口々に褒めてくれる。


 フェンリルの化身、チビは、右の頬を膨らませた後は、左の頬と、飴を口の中で転がし、美味しさと、楽しさを味わっていた。


 欲張りな奴だ!


 舐めるのに飽きた俺は、飴をガリッと噛み、歯ごたえを楽しむ。すると、中心部に封じられていた液体が、新しい食感と味を提供した。


 その味は、舌を熱くし、熱い液体が身体を温めていく。


 面白い!


 もう一個と、口へ運ぶ。


「ソフィア、もう一個、頂戴」

 ちょーだいと、両手を広げてくるレティーシアも気に入ったようだ。


「はい、どーぞ」

 と、飴を二、三個、渡した。


 俺も、もう一個、予備を舐めておこうと、二、三個、口の中に入れた。


「駄目よっ、早く、ソフィアから、飴を取り上げてっ!」

 シルフィードが、大騒ぎしている。


 どうやら、飴が気に入ったらしい。


「だめよっ、これは、わたしの……ヒック」

 両手で、飴の袋を守る。


「お酒が、入ってるわ、駄目よっ! 早く、取り上げてっ!」

 シルフィードが、酒が入ってるなどと、嘘まで吐いている……ヒック。


「なにを〜、ば〜かっ、ヒック」

 シルフィードの、ヒック……。


「きゃ〜、ソフィアッ!」

 キャハハハと笑いながら、レティーシアは、ソフィアを叩き始めた。


 彼女は、何が、面白いのだろうか?


「誰よ、お酒が入った飴なんて渡したのはっ!」

 渡したのは、受付嬢リサだ。


 シルフィードは、酒癖の悪い二人の酔っ払いを見ながら途方に暮れはじめた。

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