人々の物語

第44話 伯爵

 書斎の窓硝子ガラスは、闇を背に室内を写している。


 硝子ガラスの中には、ランプの揺らめきと、年配の男が、椅子に座ったまま白い頭をむしる姿が、捕らえられていた。


「くそっ、忌々しい奴だ!」


 手に持っていた紙を乱暴に丸め、壁に投げつけた。


 帝国からの書状だ。


 紙は、壁に負け、勢いを無くし、床に敷かれたペイズリー柄の絨毯へと落ちて転がる。


 それは、星のような花柄で見事に止まっていた。


 その様をひとしきり眺め、


 動かなくなったことを確認すると、


 再び、男は、大きな机に俯した。

 立派な装飾が施された背もたれが、その背の向こうで存在を主張する。



 書状の内容は、

 「ニーベルン領を出た姫を捕らえ、帝国に渡せ。さもすれば領地と地位を保証する」

 というものだ。


「まったく、やってくれる、あのニーベルンの野蛮人め!」


 くそっ!


「なぜ、ニーベルンは、安全な、難攻不落な城から、姫を追い出したのだ!」


 机を、力の限り殴り、その拳の痛みに、顔をしかめた。



 名目は、北部に難を逃れたであろう王と合流する為とか……



 信じられる筈がない!



 これは、罠だ!裏切れと言わんばかりではないか!


 帝国は、いずれ王都西部にも進軍して来るだろう。

 だが、それは、帝国と隣接する王都東部を制圧してからだ。


 今すぐではない……、東部も懐柔策で早く制圧されるかもしれんが……。


 だが、行商人や、冒険者ギルドからの情報では、ニーベルンの王都奪還に向けた出兵は、一ヶ月以上先とのことだ。


 あの帝国ですら一目置く戦力を常時、保持しているニーベルンが、一カ月以上準備にかけるだと……。


 ありえん!


 進軍の途中で、協力を募れば、兵糧など、どうとでもなるではないか……。


 侵略ではない、国内の進軍だぞ!


 アホか、あの野蛮人め!



 くそっ!



 男は、興奮で机を殴ろうとするが、躊躇う、先程の痛みが忘れられないからだ……。


 己の拳を見つめながら、考える……。



 よほど裏切り者をあぶり出したいらしい……。


 なんと、姫を護衛する一行は、本名で冒険者ギルドに登録したらしい。

 流石に、姓は登録していないが……。


 これでは、どの町にいるか、その土地の有力者には筒抜けだ!




 また、ある噂を思い出した。


 姫が王都から逃げる際、帝国の追っ手は、一人の魔法使いによって殲滅されたと……。


 その者は、初級魔術でドラゴンを葬る魔力を持ち、ユニコーンを、あの伝説のユニコーンだぞ……を、数多な数、召喚したとか……。


 たしか、姫の一行に加わっている、名は、確か……ソフィアか……、見目麗しい姿をした少女らしいが……。


 情報を持ってきた行商人が、興奮していたのを思い出した。

 彼は、ニーベルンに滞在している騎士から聞いたと言っていた。



 所詮は、ニーベルンの、戦しか知らぬ野蛮人の浅知恵だ。



 ドラゴンが、初級魔術で死ぬか!

 人ですら、一発、二発は耐えるぞ!


 アホか、なにが、狙いだ!


 騙されんぞ!


 

 とはいえ、


 ジークフリード、あの餓鬼は、厄介だ!


 あれは、間違いなく、人外、あの野蛮人の息子だ……。



 しかしだ、ニーベルンは、必ず、王都奪還するはずだ。


 それを成さねば、ニーベルンも、帝国の軍門に降らなければ、ならない。

 たとえ、王都に向け出兵しなくても結果は同じだろう。


 ニーベルンの進軍は、疾風迅雷だ。

 一度、動けば、王都奪還とはいかなくても、王都西部は、簡単に取り戻すだろう。



 アホで、馬鹿で、野蛮人のニーベルンを思い出し、笑みをうかべる。



 まずは、姫の身柄を確保だ。


 なに、人外の一人や二人、策を練れば、簡単だ。


 手札を手に入れ、戦後、それを使い、彼奴を失脚させる!


 最強の軍隊を手に入れた未来を思い、思わず笑みがこぼれた。


 戦うだけが、戦ではない、


 伯爵の地位にあり、王都西部を取り仕切る男は、考えを巡らせるため、


 席を離れ、窓硝子の前に立った。


 そこには、外の闇と、立派な赤いコートを羽織った男が写っていた。

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