第42話 闇
待ち人の気配を感じ、闇は歓喜と共に目を覚ました。
やっと、この時が来た。
退屈でつまらない、強者の存在しない世界。
戦う為に創造された闇にとって、ここは、死の世界に等しかった。
それでも、唯一、古代樹のふもとは、座するだけで強くなれるので、気に入っていた。
そう、ここは、力が勝手に、我が身に集まって来るのだ!
数日前、感じた強大な魔力の広がり、
その時、
確信した。
「今なら
ああ、やっとこの時が来たのだ。
どうやら
膨れ上がった闇にとっては、彼らは、矮小なとるに足らない存在、あの
なぜ、あの様な小さき存在に従っていたのか、今となっては分からない。
ああ、強くなり過ぎてしまった……
巨体を動かすのが億劫になり、良い案を思いついた。
この地に、縛られた者達を使うとしよう。
万の軍勢を呼び覚ます為、闇は再び眼をとじ、地の底に語り掛け始めた。
自らが、出向くまでもない……。
つまらぬ世界だ……。
森を抜けると、ハッキリと古代樹の幹を捉える事が出来た。
空高くそびえる、その幹は、巨大過ぎて、近いのか、遠いのか、距離を測る事が出来ない。
古代樹のふもとから広がる黒い大地は、大きくうねり、波打っている。
エドワードは、道中、倒れ、彼によれば生死の境を彷徨っていたらしいが、今は、【妖精の加護】の効果で元気を取り戻しつつあった。
加護が無ければ、あの時……、いやはや、冒険とは恐ろしいものだ。
「師匠のパンチ凄いですねっ」
さっきからずっと、アンアン
シュッ、シュッとしながら腕を突き出す姿は、まるでシャドーボクシングのようだった。
彼女のボディブローが空気を貫き天を突き上げたところで、
「師匠のパンチを教えて下さいっ」
とお下げを揺らし嘆願してきた。
杖を持ち、黒ローブを着た、少女を見ながら、
この娘は、何を目指しているのだろうかと思い、
シャドーボクシングをする際、ローブの隙間から覗いた、小さな膨らみの細かい揺れを確認してホッとした。
「私は、あなたの師匠になるつもりは無いのよ」
ごめんねと謝ると、彼女は素知らぬ顔で、
「別に良いですよ、私は、ソフィアさんの事を、師匠と呼ぶ事に決めただけです!」
と答えると、シュッ、シュッとジャブを連続で放ち始めた。
「それは、誰にも文句は言わせません!」
最後に、彼女は右ストレートを豪快に決め、締めくくった。
どうやら、決意は固いようだ。
「でもね……」
話を途中でやめ、物言いたげな彼女の顔を手のひらで制止した。
大地から、陰鬱な気が、ゆらゆらと湧き出すのを感じたからだ。
「気をつけろ!」
ジークフリードは、大剣を構え、男性陣は、女性を守る形で陣形を組んだ。
全く、甲斐甲斐しい奴らだ。
地面から、無数の腕が突き出し、何者かが次々と這い出てきた。
その内の一体が、勢い良く、こちらに向かって来る。
そいつは、エドワードとぶつかり、激しい交戦を繰り広げ始めた。
彼は、何故か、本調子で無いらしく、苦戦している。
「まったく、仕様が無いわね!」
慌てて、助太刀に行くが、ジークフリードの方が、一歩早く、そして、彼が仕留めた。
「すまない……」
エドワードは、申し訳なさそうに、剣を握りなおす。
「気にするな」
今しがた、倒した死体を、ジークフリードは、観察している。
「そうよ、感謝しなさい」
エドワードを励ます為、彼の背中を叩き、鼓舞した。
その時、何故か、彼は、異常な程、ビクッと身体を強張らせ、睨んできた。
エドワードのくせに生意気だ。
「まるで、腐ったエルフだな……」
死体を観察していたジークフリードが、ポツリと呟いた。
確かに、その死体は、手足が長く、細身で千切れ尖った耳を持ち、腐ってはいるが、生前の美しさを感じさせる。
腐っている……
表現に疑問を感じた、丁度その時、死体の手足がピクリと動きだした。
素早く、エドワードが剣を振るい、死体の首を切り離した。すると、死体は、細かい砂になり、風に
「気を抜くな! これからだ!」
エドワードは、俺の頭をポンと叩くと、こちらに向かってくる腐ったエルフ達に立ち向かっていく。
「エルフのアンデッドとは厄介だな……」
ジークフリードは、エドワードの後を追う、
レナードと、その連れ二人の男達も、しっかりと前線で対応しているようだ。
ただ、腐ったエルフの動きは、素早く、なかなか一撃で仕留めるとは、いかないようだが……。
「チビ!少し本気を出しなさいっ!」
「ご主人、叫ばなくても、聞こえるよっ」
チビは、メッセージを直接、頭に飛ばしてきた。
そう言えば、そういうのも、あったな……
フェンリルの化身チビは、ドレス姿のまま、腐ったエルフの集団に飛び込んだ。
彼女が、体当たりするだけで、腐ったエルフはどんどん消えていく。ケモ耳、ロリ巨乳、強いぞ!
その姿に、仲間達は、口を開け魅入り、戦う事をすっかり忘れている。
「あの娘、何者なの?」
「フェンリルの化身、チビよ」
側にきた、シルフィードに、お前も、働けよと思いながら返事した。
「それは、本当なの……でも、フェンリルは、神に逆らって殺された筈よ」
「いいえ、フェンリルは生きているわ」
だって、チビは、フェンリルだから、仕様が無いじゃん、
あと、
フェンリルは、己の自由の為に、
チビが駆け抜けるだけで、腐ったエルフは消えて、道が出来ていく。
それでも、
遠くにせり上がった大地にも、びっしりと腐ったエルフが確認できた。
「きりが無いわね……」
「それじゃ、そろそろ、私も、参加しようかしら」
俺の呟きに、シルフィードは、風を
でも、
「いいえ、私が仕留めるわ」
得意の火属性魔法で、一気に燃やし、殲滅してやる!
杖を掲げ、魔力を練り始めた。
「あらあら、つれないわね」
彼女は、はぁ〜と溜息を吐き出し、その豊満な胸をプルンと揺らした。
その様子に、トレント達の願いを思いだす。
火属性なんて、使ったら、古代樹に止めを刺してしまうかもしれない。
ダメだ、ダメだ、それは、いけない……、だって、俺のおっぱいが……、
いや、違う、違うてっば、古代樹の森が滅んでしまうからだ。
そう、おっぱいなんて関係ないぞ……、
関係ないんだからねっ!
「あら? 詠唱しないの?」
発動を途中でやめた俺を、シルフィードは不思議そうに眺めている。
この局面をどう乗り切るべきか?
う〜ん、
火属性以外で、アンデッドに有効な魔法は……、
【ターンアンデッド】ぐらいか……、
はぁ〜、光属性は、得意じゃ無いんだよなぁ〜
「師匠!」
「ソフィアさん!」
「ソフィア!」
女性達が心配して、声を掛けてくれる。
「やっぱり、私が……」
「いいえ、私がやります!」
シルフィードの力は、借りない!
「あなた、いくつ?」
アンアン
「えっ? 今年で、十二になりますけど……」
それがどうしたの? と彼女はお下げを揺らす。
そう、その年で、それなら、立派なもの持っていると言って良いだろう。
なら、
「クララ、あなたの願い、叶えるわ!」
と絶壁のクララに、彼女は十五だ、もう未来はない……に、微笑みかけた。
「私の願いって?」
クララは、理解していないようだ、古代樹の素晴らしい効能を!
「あなたも、おっぱいを持てるのよ」
「なっ、なっ、ちゃんとあるわよっ!」
うんうん、クララ、クララよ! 見栄をはるな!
見苦しいぞ!
ポカポカと身体を叩いてくる、クララを無視し、全魔力を絞りだす勢いで、唱えた。
「哀れな魂に、安らかな眠りを【ターンアンデッド】!」
掲げた杖を中心に、容赦ない光が、辺り一帯を襲い、包み込む。
しばらくして、アンデッドとは、思えないほど大きな叫び声が響き、光は落ち着き、辺りは、平穏を取り戻しだ。
「さぁ行くわよ、古代樹のふもとへ」
「ちゃんとあるわよっ!」
クララは、胸の辺りの服を掴み強調した。
そこに何が、あるというのだろうか、残念だ……。
「ソフィア、君は、いったい何をした?」
エドワードは、景色を眺め呆然としている。
「ただの【ターンアンデッド】よ」
ごめんね!光属性は不得意なんだよ!
「【ターンアンデッド】で、地形が変わるものなのか?」
「えっ!」
彼の言う通り、辺りの景色は、変貌していた。
うねった大地は、真っ平らだ。
そう、まるで、クララの胸のように……。
「どこ、見てるのよ、ソフィアのバカ、バカバカッ!」
俺の身体をクララは、再びポカポカと叩いてくる。
彼女は嬉しさのあまり興奮しているようだ。古代樹が蘇れば、きっと彼女の胸も……、彼女も気づいたのだろう!
あと少しの辛抱だぞクララ!
「ちょっと、力の加減、間違っちゃった、ごめんねっ!」
クララの思いを身体で受け止めながら、皆に謝罪した。
「別に、謝る必要は無いのだが……」
確かに!
「さぁ、細かい事は、気にしないで、早く行きましょっ」
「気にするわよっ!」
クララも、古代樹に期待しているようで、俺にべったりと付いて来る。
見渡しの良くなった大地を、彼女にポカポカと励ましてもらいながら古代樹へと向かった。
あと少しだ!
古代樹のふもとには、巨大なドラゴンがいた。
「これが……トレント達の言っていた化け物……」
ジークフリードは、呟くと身体を強張らせている。
「しかしでかいな……」
エドワードは、顔を上げ、その声は震えていた。
そうだろう、当然だ!
今、目の前にいるのは、この世界の生き物では、決して敵わぬ存在【バハムート】なのだから。
「なんで、こいつは、倒れているのよ」
シルフィードは、蔑みを込めた視線を、バハムートに向けている。
「ええ、そうね……」
俺は、返事をしながら、腹を出し、仰向けに倒れているコイツを見つめた。
「おお!
仰向けのまま、バハムートは威厳を出そうと必死だ。
「我の力を知り、
そう叫ぶと、バハムートは、仰向けのまま、か細いブレスを天に放った。
どうやら、肉で喉が塞がり、口が思うように開かないらしい……。
それでも、上空の雲も、古代樹の枝も、大きく傷つき、そのブレスに敬意を払い、ポッカリと道を開けている。
とりあえず、
「話は、後で聞くから、起きなさいっ!」
コンと横腹を蹴飛ばしてやった。
バハムートは、グォッと喘き、
「
と強がっている。
ふん、もはや、自分では満足に動く事もできないとは、
「太り過ぎよっ! バカムート!」
少し助走をつけ、バハムートを遠キックで、天高く舞い上げた。
ほら見ろ、みんな、デブなお前をみて、呆れているじゃないか……。
エドワード、ジークフリード、レティーシア、皆、口を開き、太ったお前を笑っているぞ!
きっと、
「何あれ、課金してドラゴンガチャの当たりを引いて、あんな、デブしか育てられないなんて、バカなの、バカなんですか?」
とか思ってるんだぞ! 恥、かかせやがってぇっ!
重力に任せ、自由落下してくる、バカムートを、もう一度、天高く蹴り上げる。
「飛ぶ事も出来ないなんて、仕置きよ!」
なんて、ざまだっ!
俺が蹴り上げる度に、皆は、首を上下に揺らし、うんうんと肯定してくれている。
「仕置きよ!」
バカムートが、泣いて謝るまで、仕置きは続いた、その間、皆は、ポカーンと無言で頷き、その行為を容認してくれた。
バカムートを説教し、彼には、新しい古代樹の守護獣になるように、誓わせた。
「人を襲ったら駄目よ! 良いわね!」
「承知しました!」
うんうん、良い返事だ。
「あと、ダイエットしなさい! 今度、来た時、その姿だったら……」
「しょっ、承知しました!」
バカムートは、ビクビクと小動物のように、身体を震わせている。
さて、後は、古代樹だが……
力任せで放った光属性の【ターンアンデッド】の影響で、古代樹は、息を吹き返し始めたようだ。
うんうん、予想通りだ……。
そうなると……、
「ソ、ソフィアのバカッ!」
俺の目線から胸を隠し、クララは泣き始めた。
今、確認したが、彼女は無いままだった……
あれほど、はしゃいでいた彼女には、耐えられない結果だ。
やばい、俺も泣けてきた……、
自らの胸にそっと手を当て、涙を流す俺の姿に、
「これで、トレントの願いが叶ったわね」
「ありがとう、ソフィア、これで……」
とレティーシア、エドワードが、語り掛けてきた。
最後に、これだけは言っておかねばなるまい。
俺のおっぱいは小さい訳ではない、JIS規格では普通より大きい筈だ、ただ、ISO規格では標準より、少し、そう少しだけ小さいだけ……なのだ。
こうして、俺とクララの夢は砕け、古代樹の攻略は成功した。
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