第40話 願い

「姫さまに、お願いがあるモク」


「お願いって何よ」

 腰に手を当て、雑音は無視した。


 トレント達は、これ幸いと騒ぎ出す。


「助けてモク」

「助けてモク」


「助けてくれないと」


「枯れるモクゥ〜ッ!!」

 枯れろ! 枯れてしまえ!


 杖の先で地面に、イライラをトントンと流し込む。


「ちゃんと、話してくれないと分からないわ」

 チンケなトレント達は、もさっと集まり、コソコソと相談をはじめた。


 どうやら、内緒話もできるらしい……。


 その様子に、眉を上げ、腰に手を当て、息を吐き出す。

「ちょっと、あんた達……」


 堪えた笑いで瞳を潤ませ、レティーシアは、まあまあと背中を叩いてきた。


「ちゃんと聞いてあげなさいよ」


「そうだモク」

「ちゃんと聞けモク」

 こ、こいつら、調子に乗りやがって……。


 パクパクと口を動かしていると、

 一本のトレントが、ヒョコヒョコと前に出て来た。


「姫さまにお願いがあるモク」

 また、そのセリフか……。


「だ、か、ら、早く話しなさいっ!」

 わかる様に要点を話せ、この唐変木とうへんぼく


「古代樹に住み着いた、化け物を倒して欲しいモク、

 このままでは、枯れてしまうモク」


「それだけ? 良いわよ、じぁ〜さようなら」

 元々、それが、目的だから、頼まれなくても倒すぞ!

 バイバイと手を振り、仲間達の方へ、振り返る。


「倒すだけじゃダメモク、古代樹を救って欲しいモク」

 引き留めようと、声を絞り出し、必死になっている。


「じゃぁ、どうすればいいの?」

 トレントと再び向き合い、ゆっくりと問いかけた。


「それは……」

 トレントは、やっと落ち着いてモクモクと事情を語り出しだした。




 つゆは乾き、草葉に馴染み、鮮やかな緑色を引き立たせる。

 草達は、木立を抜ける風の音色に、こうべを揺らし、気持ち良さそうだ。


 必死なトレントに比べ、ここは、あまりにも平和だった。




「で、あなた達は、古代樹の魔力が枯れそうだから、小さくなったと?」


「そうだモク……、枯れれば、この森も……」

「姫さまの胸も……」

「枯れて無くなる」


「なら、化け物を倒した後、何をすればいいの?」


「それは、姫さまなら知ってる筈モク」

 知らねぇよ、あと、誰だ途中で、失礼な事を言った奴は! おっぱいは、枯れねぇし。


 怒りを抑えようと、腕を組み目を閉じた。


「何か、思い出したモクか?」

「思い出さないわ」

 もともと知らないからな、姫じゃないし……。


「助けてあげれば」

 レティーシアは後ろに手を組み、間にクルリと周り込んで来た。


 彼女は、勢いで舞い上がった自らのスカートが落ち着くと、


 ねっ、良いでしょと笑顔で首を傾け念を押してくる。


 身体がカァーッと熱くなり、顔を逸らす。そして、何とか返事を絞り出した。


「別にいいわ、あなた達の願い、叶えてあげる」

 まぁ、何とかなるだろう。


「ありがとうモク」

 トレントは、クルリと回り、幹を横に曲げた。


「ありがとうモク」

「ありがとうモク」

 後のトレント達も、クルクルと回っている。


「優しいのね、お姫さま」

 シルフィードは、レティーシアの動きを真似して、ひらりと回る。


 風のイタズラで、ざわつくスカートを、しっかりと沈めて、睨みつけた。


「あら、ごめんなさーい、お、ひ、め、さまっ」

 おまえ、やっぱりキライだ!


 しかし、古代樹を枯らすほどの化け物か……、少し気になるな……。


 それは、白虎が戦わず、尻尾を巻いて逃げ出すほどの存在だ。


 シルフィードを杖で威嚇しながら、まだ距離のある古代樹を慎重に探った。


「何か、わかったかしら?」


「ええ、わかったわ……だから、皆んなに、お願いがあるの」

 悪戯なシルフィードの問いかけに、俺は、真顔で応えた。


 思い思いに、一時の休憩を楽しんでいた皆を呼び集め、しっかりと顔を確認し、自らを癒す為、チビを側に寄せモフりながら、こう告げた。

「ここからは、私とチビの二人に任せて、皆は、ここで待っていて欲しいの」

 告げられた者達の表情は曇っていたが、意外な事に直ぐには反対してこなかった。


「ソフィはこの先の道が分かるのか?」

 ジークフリードが、交渉してきた。


 目線をトレントたちに向け、その問いに無言で答える。


「そうか、では、それでも、付いて来ると言えば、君はどうする」

「お断りよ」

 それは、できない……。


「しかし、この様子だと、古代樹も平和になっているのではないか?」

「そうだ、以前は、この森には、魔物が溢れていた」

 確かに、ここは、平和だ。


 でも、それは、衰退の過程……で、しかも、


「化け物のせいモク」

 がいる……。


「あいつは、マナを食べ過ぎモク」

「だから、魔物は消えたモク」

 トレント達は、一斉に喋りだした。


「森には、ゴブリンが居たではないか?」

 エドワードが、会話に入ってきた。


「ゴブリンは、古代樹の子供ではないモク」

「そうモク」

「そうモク」


「でも……その化け物が、マナを大量に必要とするから、危険だなんて」

「行って見なければ、分からないではないか」

 レティーシアの言葉を、エドワードがまとめた。


「何がいるか、知ってるから言ってるのよ」

 突き放すように、冷たく言い放った。


「何がいるというのだ!」

 エドワードは、怖じける事なく喰らい付いてきた。


「そうね、あなた達には、絶対に手に負えない化け物よ」

「なぜ、言いきれる?」

 彼は、俺の眼前まで踏み出し、そこで止まった。


「言いきれるわよ、あれは無理よ」

 皆の視線が、集まり、少し痛い……。


 ユニコーンを召喚し、彼らの様子で不安は感じていた。


 彼らは、敵意こそ無かったが、召喚した俺に対して従順ではない……。


 あいつらが神話通りの変態で救われという訳だ。


 でも、今度の奴は、ヤバイ……


「古代樹の下にいる化け物、それは、私が創り育てたもの、あなた達には、届かない存在……、だから……、ここに、居て頂戴」

 レティーシアは、俺の服をギュと力強く掴み、


 エドワードの表情は、酷く歪んでいた。


 人は、大切な喜びも、かけがえのない悲しみも、胸にしまい込む。


 それが、鼓動によって、脈打ち、溢れないように、

 そっと、深く、しっかりと刻み込む。


 今、彼は、その記憶を呼び覚まそうとしていた。


「それに従う事はできない……」

 彼の声は、震えている。


「三年前の攻略を言い出したの俺だ、

 反対する者達を説得し、

 多くの人を巻き込み、犠牲をだした……」


「エド、それは、君一人の責任ではない」

 ジークフリードは、彼の肩に手を置き、その溢れ出そうな感情を塞ぐ。


 そして、俺を力強く見つめてきた。


「言い出したのは、エドワードらしいが、それを許可したのは、俺だ」

 レナードは、両手を二人の肩にのせている。レナード? いたの? 早く帰れよ!


「だから、俺は……」

 エドワードの口を、人差し指で塞ぎ、ニッコリと微笑んだ。


 このままでは、男どもの「死んでも、死んでも」の大合唱が始まってしまう。


 それは、命を対価に求める悪魔の囁きのようで、あまり、のは好きではない。


「まぁ、いいわ、付いて来ても、最初から、そのつもりだったし」

 エドワードは、ワナワナと震えだし、

 レティーシアの視線も鋭い。


「あなた達が、説明しろって言ったんでしょ」

「そ、それは……」

 エドワードも、レティーシアも、思い出してくれたようだ。


 まぁ、これが正しいか、知らんが、

 ふふふ、してやったりだ!


 プイッと、レティーシアは、怒って顔を横に向けたが、エドワードは、口をギュと閉じ、しっかりと睨んできた。


「お願いしたのに、付いて来るのだから、これで、私が、命懸けで”大好きなあなた達を守っても文句ないわよねっ!」

 彼らに、悪魔の言葉を囁いた。


 これで、俺も、小悪魔の仲間入りだ、やったぜ!


 複雑な表情をする彼らを眺めながら、


「心配しなくても大丈夫よ、あと、ちょっと、あなた達に加護を与えるわ」

 杖を天に掲げ、簡単な上級補助魔法【妖精達の加護】を唱えた。


 色とりどりの小さな光が舞い踊り、彼らの胸で次々と消えていく。


「効果は、日が沈むまでよ、あと、私が犠牲になることは、ないから、安心して頂戴」

 皆は、胸の辺りをまさぐり、キョトンとしている。


「私にも、加護を与えるなんて……」

 胸をまさぐる、大精霊は、良い子は見ちゃダメなレベルで破廉恥だ。


「当たり前でしょ、あなたも仲間なんだから」

「そういう事じゃ無くて、私、精霊なんだけど」

 あっ、そうか、精霊に妖精の加護? 何か変だ。


「へへへ、そういう事は、気にしないの」

 テヘペロで、シルフィードの疑念を見事に取り払い? 出発する事にした。


「さぁ、みんな、行くわよ! 私に、付いてきて!」

 颯爽と歩きだす。


「ちょっと、待ってくれ!」

 エドワードの声が聞こえた。


「そっちに、行かないでぇ!」

 レティーシアは、叫び始めた。


 なんだ、ノロマだなぁ、早く来い!


「違うモコ!」

「違うモコ!」

 トレント達も、モコモコと……って?


 あれ?


 心配になり振り返る。


「ソフィア、そっちは違うわ、こっちよ!」

 レティーシアは、大声で違う方向を指差していた。


 ふん、こっちの方が近道なんだよ!


 でも、そんなに、一緒に行きたいなら、付いて行ってやってもいいぞ……。


 皆の方に戻ると、トレント達が出迎えてくれた。


「これでモコ達も、元の姿に戻れるモコ!」

「戻れるモコ!」


「姫さまの、おっぱいも大きくなるモコ」

「大きくなるモコ」

 おい、お前らぁ……。


 なぜか、そばで回り始めたトレントの、頭の枝からリスが飛び出し、俺の腕を駆け上がる。


 リスは肩まで来ると器用に、数回、首を回り、豊かな尾の毛を自慢した。


 それは、とても、柔らかく、気持ち良く、こそばしい。


「お前は、間抜けだな」

 エドワードに頭を叩かれ、緩んだ顔が、赤くなってしまった。


「ソフィアは、方向音痴なのね」

 クスリと腕に絡み付いてきた、レティーシアの柔らかい感触に、耳まで赤くなっていく。


「まぁ、気にするな」

 勘違いした、ジークフリードが声をかけてくれた。


 コクリと頷き、古代樹を目指し進んだ。

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