第39話 森の住人

 鳥のさえずりが聞こえ、

 つゆで化粧した草の葉が、そよ風に揺れ、朝日を誘い、柔らかく反射する。


 森を進む足取りは、期待と不安が交錯し、


 答えを得るため、


 一歩、また一歩と、


 大地を掴み踏み出している。



「白虎を倒した、それで、空になっていれば良いが……」

 この男は、朝からずっとこうだ。


「行けば、わかる事よ、朝からうじうじ、うるさいわね、エドワード! あなたって!」

 考えても仕様がないだろ!


「それは、そうだが……」


「ソフィアの言う通りだ、悪い事ばかり考えるな」

 キラリと歯を光らせたジークフリードは、エドワードの肩を叩いた。


 歯が光るなんて、凄げぇな、お前……。


 それにしても、


「案外、この森、平和なのね」

 そよ風が運んだ、草花の香りを楽しみながら呟いた。


「以前来た時は、こんなでは無かったが……」

「そうなの?」

 まぁ、ゲームならあり得ないな、ボス攻略間近でこの有り様は……。


 最近、覚えた索敵も、辺りに脅威がない事を知らせている。


 さっきから微かに聞こえる、この声を除いては。


 まだ、それに、誰も気づいていない……。


 それは、モクモクと、確かに近づいて来ている……。



 後ろから、テテテッと走って来た気配が話し掛けてきた。


「ソフィア様、今度、魔法を」

 少女の声は弾み、


「教えて下さい」

 少年の恥ずかしげの声と合わさった。


 アンアン姉弟きょうだいだ。


「えーと、確か、アンナとアントニーだったかしら?」


「そうです!」

 二人の声が揃い、


「私が、姉のアンナ」

「僕が、弟のアントニー」

 其々が告げたあと、


「せ〜のっ」、姉のアンナが音頭をとり、


「アンアン姉弟きょうだいねっ」

 俺は、ニッコリと邪魔をした。


 もう、それいいから……、アンアン、アンアン、めんど臭い……。


 その光景を見たレティーシアは、口を隠しながら、クスクスと身体を揺らしている。


 彼女の様子をジト目で眺め、姉弟きょうだいと向き合った。


「ソフィア様の事を、師匠と呼んで良いですか?」

 黒ローブを羽織った彼女は、小さな胸にかかるお下げを揺らし、もじもじと上目遣いでお願いしてきた。


 いかん、ちょっと可愛いかもしれない。


 抱きしめたくなる衝動を抑え、


「ごめんなさい、それは、出来ないわ」

 きっぱりと断った、マジでごめん!


「なんで?」

 顔を傾げ、栗色のお下げが、ふわりと揺れる。


 木々のざわめきが、モクモクと騒がしい。


「そうね、今は、それどころでは、ないわ」

 前方の緑豊かなが近づいてくる、モクモクと……。


「お前がいけモク」

「いや、お前がモク」

「いやいや、お前モク」

 小さな木々達の呟きが聞こえる……。


「あら、木は、喋らないじゃ無かったかしら?」

 シルフィードは、前屈みになり、豊かな谷間を見せびらかしながら、悪戯な表情をしている。

 大人の淫靡な色気を全開だ!


 精霊って、もっと清らかで、神聖な存在だった筈。


「ソフィアの、お友達?」

 レティーシアは、笑顔で、相手してやれと、背中を押してくる。


「いいえ、あんな得体の知れない友達は、いないわ」

 手を前方に真っ直ぐと突き出し、イヤよと立てた手のひらを左右に振り、抵抗した。


「知らないなんて、姫さま!」

 一匹……、いや、一本の木が叫び、


「ひどいモク!!」

 残りの木々が、声を揃える。


 うっわ〜、お前ら、ウッザ〜……、ウッザッ!


「ひどいモク」

「ひどいモク」

 木々は、ひどい、ひどいと騒めいている。


 お前らはうざい!

「モクモク、モクモク、うるさいわね!何なのよ、あんた達!」


「姫さま〜、忘れたモクか?」

「忘れたモクか?」

 あ〜、うざい……。


「あんた達なんて、知らないわ」

 あと、俺は、姫様では無い!


「姫さま、モク達を忘れるなんて、物忘れが激しいモク」

「激しいモク」

「もしかして……馬鹿モクか?」

「馬鹿モクか?」

 ふっ、お前ら、燃やして炭にしてやる。


 その炭で、明日は、バーベキューだ。


 手のひらに、炎を灯した。


「やめてモク!」

「燃やさないでモク!」

「謝るモク! ごめんなさいモク!」

 小さな木々達は、一斉に震え、ザワザワと枝が泣く。


 ふっ、チョロい奴らだ!


 炎を消し、


「あなた達は、何なの?」


「チョロいモク」

「チョロい姫モク」

「チョロ姫モク」

 レティーシアは、声を出し笑い始め、


「あなた、チョロいわね」

 シルフィードは、挑発してきた。


 振り返ると、仲間達も、レナード達も、腹を抱え笑っている。


 顔がカッと赤くなり、キッと、小さな木々達を睨みつけた。


「あなた達、もう、許さないわ!」

 ヘルメスの杖を取り出し、魔力を練る。


 バーベキューはやめだ、灰にしてやる!


「ごめんなさいモク」

 一斉に、幹を曲げ、頭を地に着け、土下座をしだした。


 くっ、これでは……。


「さっさっと、正体を教えなさい!」


「わかったモク」

「モク達は、モクだけど、エルフ達には、トレントと呼ばれていたモク」


 なんとなく、そうだと思っていたモク、いや、思っていたが……。


「姫さまに、お願いがあるモク」

 トレントは、やっと、本題を語り始めるようだ。


 トレントって、もっと、こう厳つくて、神聖な存在じゃないのか?


 チンケな、小さな、喋る木々を見ながら、お願いとやらを聞く事にした。


「やっぱり、姫さまは、チョロいモク」

 木々の囁きが聞こえ、後で燃やすと心に決めた。

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