第38話 戦いの後で…… 後編
影が広がり、淡く色づいた木漏れ日が、闇に対して細やかな抵抗をし、
中心で揺らめく炎が、肌に直接、熱を運んでくれている。
一陣の風が、木々を騒めかせ、
流された髪を手櫛で整える。
たき火の炎は左右に大きく揺らめき、それらを風が千切り運んでいく。
炎は、それでも、直ぐに勢いを取り戻し、温もりを絶やさない。
配られた食事には、まだ、誰も、手をつけていなかった。
「いつまでも、眺めていても仕様がない、皆、食べてくれ」
たまらず、ジークフリードが音頭をとった。
「そうだな、作法などは気にするな、皆、食べるぞ」
続けて、レナードが促した。
さぁ、領主様から、お墨付も頂いた。
ここからは、無礼講だ!
「いっただきまーすっ」
手を合わせ、誰よりも早く食事に手をつけた。
野菜炒めを頬張り、モグモグと味わう。
「こら! 行儀が悪いぞ!」
遠くから、エドワードの声がする。
「別に、良いじゃない、さっき、そこの、レナードも無礼講だって、言ってたわ!」
こっちは、血が足りなくて、腹ペコなんだよ!
「レナード様と言え! まったく、お前という奴は」
「呼び方なんて、何だって良いでしょ」
いちいち、様なんて付けるかよ、めんど臭い!
「お前……」
再び文句を言おうとしたエドワードの口を、隣のジークフリードが塞いだ。
やるじゃないか、性欲大魔神!
「まぁ、今日は、ソフィのおかげで勝てたんだから、良いじゃないか、彼女が元気で、お前も嬉しいだろ」
「しかし、ジークフリード様……」
エドワードは、勢いを無くし口ごもる。
「俺も、気にしないから良いぞ」
とレナードの声。
「ほら〜、本人も良いって言ってるじゃない」
エドワードは、どこか、上の空になっていた。
辺りに、木漏れ日は無くなり、代わりに炎が影を懸命に遠ざける。
夜の虫達が呼び合う声を、葉の擦れ合う音が邪魔をしていた。
皆、食事を味わい、隣にいるものと、雑談をし、それから簡単な自己紹介が行われた。
「さて、姫様の魔法使いは、どんな魔法を使ったのだ」
俺の番で、レナードが質問をしてきた。
皆、興味があるらしく、食事の手が止まっている。
空になった皿を眺めていると、エドワードがおかわりをくれた。
「おい……」
彼は視線をレナードにやり、何か催促している。
ポンと手を叩き思い出す。
食欲とは、げに恐ろしきものよ。
「私の名前は、ソフィアよ」
ふんふんと言う視線が集まる。
困った、何を話そう……。
「おい、今日、お前は何をした」
「そうよ、あなたが、あんなに傷を負うなんて、私には、信じられないわ」
エドワードは、乱暴な口調で、
そして、シルフィードの声は、戦いが終わってから初めて聞いた。
「そうね、【聖者の祈り】という魔法よ」
「何よそれ、聞いたことないわ」
シルフィードの剣幕に、皆、同意をしている。
「当然じゃない、だって、神話級の魔法だもん」
「そんな」
「どんな魔法なんですか?」
シルフィードの言葉を、少年少女の声が打ち消した。
「え〜と……」
黒ローブを羽織った、少年少女を指差し、記憶を探る。
名前は、多分、さっき聞いている。
「弟のアントニーです」
「姉のアンナです」
「二人合わせて、アンアン
凄い、息ピッタリだな……。
「どんな魔法」
再び、姉のアンナが言いはじめ、
「なんですか?」
最後に、弟のアントニーが言葉を合わせ、キラキラとした視線を向けてくる。
「この魔法は、仲間の死を防ぐ魔法よ」
それでも、理解できない彼らに、言葉を選び説明した。
その間も、炎は、仲間達を照らし続け、彼らの表情を、揺らめかす。
「つまり、君の魔法が無ければ……」
レナードは、息を飲み込み、
「死んでいたと……」
驚いていた。
「そういう事に、なるわね」
彼の言葉を躊躇なく肯定した。
「なぜ、それを先に言わない」
エドワードは、少し興奮しているようだ。
レティーシアも、ジークフリード、クララ、そして、
「そんなの、許されない……」
シルフィードも……。
「そんな暇、無かったわ」
「知っていれば、君が傷つかないように、何か出来たはずだ」
エドワードは、拳に力を込めてる。
でもな……、
白虎の【雷光乱舞】を避けるなんて……、
お前達には、
「無理よ!」
「それが許せない、許す事ができない、お前は、間違っている」
エドワードは、何かを打ち消す様に、腕を払い、
「君が傷つくことを知っていれば、決して油断などしなかった……」
頭を抱え丸くなった。
「そうだ、俺達は、ソフィが黙って傷ついた、それが、許せない!」
「そうよ!」
ジークフリードとクララも同意した。
「ソフィア、あなたは間違っているわ!」
レティーシアは、俺の肩を揺さぶった。
「私は、あなた達を守りたかったのよ!」
そうだ、俺は、絶対、間違っていない!
エドワードは、顔を上げ、しっかりと俺を見た。
彼の瞳の中でも炎は揺らめいでいる。
「誰かを、仲間を、大切な人を犠牲になんて、そんな事、許せるか!」
「私は強いのよ、皆んなを守る力を持ってるの、あなたが私だったら、きっと……、そうよ、あなただって、同じ様にするわ」
俺達は、きっとそうだ。
「それでも……」
エドワードの抵抗に、彼の目を、しっかりと見つめ返す。
「そうよ、あなたが、あなた達が、間違っていると言うなら、
私が間違っているのかもしれない、
でもね、それでも、大好きなの、私は、みんなが、大切で……、一緒にいると楽しくて、それが、嬉しくて……、大切なの、
だから、大好きなみんなを、仲間を、守る為なら、何度だって、間違うわ!」
そうだ、間違いなんて恐れない!
「じゃあ、なんで、私を助けたのよ! ソフィアは、私を、知らなかった筈よ」
レティーシアは、両肩を掴み、顔を近づけた。
出会った頃の事をまだ気にしてるなんて……、この娘は、なんて……。
炎を背にした彼女の表情が暗く見える。
「あなたが、姫様だったからよ」
もう隠し事はしない。
「何よ、それ、そんな理由で……」
「そうよ、あなたが姫様で、守るべき存在だったからよ」
彼女は、とても悲しげだ。
「あなたを見つけた時、あなたは、騎士達に守られていたわ。
騎士達は、命を懸けて守っていた筈よ。
あの時、どっちの味方につくかなんて、そんなの決まってるじゃない。
私は、守るために戦ってる方につくわ。
それが理由よ」
奪う為に戦っていた帝国など興味ない!
「それじゃ、私は、何処にいるのよ!」
レティーシアに、激しく肩を揺さぶられた。
「あなたは、目の前にいるわ。
初めて会って話をした時から、ずっと、わたしの中にいるのよ。
あの時から、ずっと、ずっと、見ているわ。
それで、足りないなら、これからもずっとよ。
そう、あなたは、私の側に、私の中に、ずっといるの!
だから、あなたが、何と言おうと、私は守る!
私が、全てから、守ってあげる!」
そうだ、それが、間違っていてもだ!
影が邪魔をして、彼女の表情が見えない。
「そんなの納得できないっ、ソフィアなんて、だいっ嫌い!」
彼女は、肩を掴んでいた手を背中に回し、しっかりと抱きついてきた。
俺は、彼女を守る存在だと主張した。それは、彼女に対して失礼なのかもしれない。でも、言葉に出来ない、何かが、俺をそうさせる。
いつか、それを理解し、彼女に伝えたい。
俺は、彼女をしっかりと迎え、炎が照らし輝いた彼女の髪を、優しく撫でた。
「あなたは、それで平気なの、
あなたの魔法は、他人の死を受け入れ、それに耐えるものだったのよ、
あなたは、何に祈り、それを叶えたというの?」
シルフィードは、悲しげだ。
彼女が悲しむ理由は、まだ、分からないが、
「平気よ、だって、他人じゃなくて、仲間でしょ、
大好きな人たちの為なら、そんなの、たいした事じゃないわ」
そんな事、今更、当たり前じゃないか。
「あなたは、何に祈りを捧げているの? 食事の時も、してるわよね」
シルフィードの疑問は消えない。
「食事の時は、捧げられた命に感謝してるのよ、
あと、魔法の時は、知らないわ」
ゲームの魔法だからな……
「そう、感謝なの……」
それでも、彼女は、なかなか納得してくれない。
「最後に一つ、聞いていいか?」
エドワードが、声を絞り出した。
いいわよっと、頷く。
「なぜ、白虎を倒した後、君は、俺を、俺達を褒めたのだ、なぜだ? 答えてくれ」
木々はざわめき、虫は鳴き、たき火は、しっかりと周りを照らす。
「そうね、それは、あなた達から、戦う意志が消えなかったからよ、私の魔法は、意志なき者には、効果が無いのよ」
そう、俺のチートな身体が、攻撃の意志が無ければ、能力を発揮しないように、ゲーム内の魔法も、戦う意志の無い者には、攻撃補正は効果無いはずだ。
「そうか……、なら、構わない」
エドワードは、再び、口を閉ざしてしまった。
男の子は、負けず嫌いだからなぁ〜。
「話は、終わったかな」
勢いに押されていたレナードが、ニッコリと微笑んだ。
「あなた達は、良いパーティに、なれるな」
戦士のおじ様、名前? 何だったけ……、が、褒めてくれた。
そうだ、俺達は、きっと、なれる……、筈だ!
例え、完全に理解し合えなくとも、そもそも、完全な理解など、出来るのだろうか……、それよりも、ぶつかり合い、それでも隣を歩く事ができる、そんな関係を築き合い大切にするのが一番だと、今の、俺は思える。
本音を言い合えるなんて、中々、良いじゃないか!
空を見上げ、木々の隙間から、上空の古代樹の葉が、微かに輝いているのが見えた。
イタズラを思いつき、
「凄いのを、見せてあげる」
とニッコリと微笑んだ。
索敵と同じ要領で、魔力を古代樹に飛ばす。
「役に立つだけが、魔法じゃないのよ」
古代樹の葉は、魔力を吸収し輝きだした。
一枚、一枚、異なる色と温度で、輝き、明滅している。
光が細く微かに仲間達を照らし、
皆、口を開け、木々の隙間に覗く、光の明滅に魅入っていた。
「それもそうね、私も手伝うわ」
シルフィードは、風を纏い遠く天空へ魔力を飛ばす。
彼女も、同じ要領が出来るのか……、少しだけ、驚いた。
たき火の炎は、風に煽られ勢い増している。
彼女は、遠く離れた天空で、絶対零度の風、ボレアースウインドを発動させた。
空気中の水分が固まり、天空から降り注ぐ。
光り輝く古代樹の葉と、氷の塵は、見事な共演をしながら、降り注ぐ。
様々な思いを胸に、俺達は、夢のような、世界を楽しみ、この夜を過ごした。
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