第32話 魔法使いと魔術士

 前日に準備を済ませ、森の入り口に着いた。


「凄く大きいのね」


「こんなものじゃ無い、もっと大きくなるぞ」


「えっ、これよりも、太くて大きくなるの? エドワード、凄いわ!」


「そうか、お前は、初めてだったな」

 鋭い風が、俺とエドワードの間を切り裂いた。


「何するのよ、危ないじゃない」

 スカートの裾を掴み、振り返る。


「あんた達が、やらしい話を子供の前でするからよっ」

 顔を真っ赤にしたシルフィードが、髪を乱しながら、クララを指差した。


「な、なによ、私は、ソフィと違って、け、経験あるわよ、大人なのよっ」

 幼女の姿で、わなわなと、クララは、とんでも無い事を口にした。

「そ、そうなのかぁ! あ、相手は誰だ!」

 お兄ちゃんのジークフリードが心を取り乱した。


「ジーク兄さんの知らない人なんだからねっ」

「兄ちゃんは、許さないぞ!」

 犬も食わない兄妹喧嘩が始まってしまった……、やれやれだ。


「クララは、未経験だよ、匂いでわかるのっっ」

 こいつ、食いやがった、フェンリルの化身、チビのケモ耳、ロリ巨乳の姿から飛び出たとんでも発言に、皆、驚愕の表情だ。


「本当なのか?」

「間違いないっ、僕の鼻は凄いのっっ」

 チビの癖に、デカイ胸を強調して、腰に手をやり、ふんとドヤ顔で断定した。


「う、嘘じゃ無いわ」

「兄ちゃんは、クララを信じてるぞ」

 こいつら、馬鹿だな。


「ちなみにご主人は……」

 チビを、きゃー恥ずかしいとばかりに掌底で吹っ飛ばした。


 駄犬め、たっぷりと仕置きしてやる。


「だ、大丈夫なのか」

 エドワードが心配して声を掛けてきた。


「そうね、ちょっと拾って来るわ」

 森の奥に消えたチビを追い掛けた。


 その時、


「うふふ、チビは悪い娘……」

 と思わず口に出して呟いてしまった。


「本当に大丈夫なのか……」

 不安そうなエドワードの声が聞こえた。


 たっぷりとチビの仕置き、いや、話し合いをし、

 今後、匂いで下ネタを言わない事を納得させた。


 それにしても、やはり巨木が立ち並ぶ光景は圧巻だ。


 エドワードが言うには、更に大きな木が、古代樹の森には生えているらしい。


 今、目の前にある木の幹の幅ですら両手を広げて測る事が出来ない。


「ソフィア、何してるんですか?」

 木に抱きつく姿を見て、レティーシアは不思議そうにしている。


「ちょっと、感動しちゃって、つい……」

「えっ、でも、初めて会った時、ソフィアが飛んできた森の木もこれぐらいの大きさだった筈よ」

 えっ、そうなの? あの時は、上空から観察したが、そんなに大きいとは思わなかった。


「急いでたから、よく見てなかったわ」

「そうなの、ここから先は、いにしえのエルフが暮らした領域になるのよ」

「へぇ〜」

 そうなんだ、そうなると、


「古代樹の森って、エルフの町なの?」

「わからないわ、今はもう、エルフはいないから……、でも、この辺りには、遺跡があるらしいわ」

「そうだ、冒険者達は、遺跡の発掘もしている」

「でっ、私達はここで何をするの?」

 俺の発言に、皆が静まり返った。


 これは、あれだ、駄目な空気だ。


「遺跡の発掘?」

 可愛らしく首を傾げ、エドワードに上目遣いを発動させた。


 ゴツン、


「この馬鹿っ!」

「痛いわ、ゴブリン退治でしょ、知ってるわよっ」

 くそっ、こいつ、上目遣いに耐性をつけやがって、昔はもっと、


「この馬鹿! ゴブリン退治なんてついでだ!」

「馬鹿、馬鹿、言わないでよ、馬鹿! 攻略って何するのよ」

 エドワードが、ヘナヘナと項垂れた。


「馬鹿だわ、この娘」

「馬鹿だな」

「ソフィ、子供だわ」

「ソフィア、残念だわ」

「ご主人、おやつっっ」


 酷い言われ様だ、あと、白銀の尻尾をフリフリさせているチビ、この問題が片付くまで待て、ハウスだ!


「何よ、ケチ、教えてくれても良いじゃないっ」


「何度も言ってる筈だ、まず、ゴブリンの群を……」

 エドワードは、何か一生懸命に話をしている、やっぱりゴブリンか……、


「ソフィア、ソフィ、聞いているのか?」


「えっ、ゴブリンを倒して攻略するのね、分かったわ」


「真面目に聞いてくれ、ゴブリンは増えると厄介だから、群を発見して殲滅する」

 うんうん、やっぱり……、


 エドワードが、両手で俺の頬を抑え、顔を固定した。


 やだ、何これ、照れる〜っ、


「ここからだ、良いか?」

 うん、うん、と目で強く合図を送る。


「群を倒すのは、この辺りを安全にする為だ、それでも、魔物は直ぐに増える」


「なんで?」


「古代樹の森には、魔穴がある」


「魔穴?」


「魔物が発生する場所だ」

 彼が両手に力を込めた事が、頬を通して伝わってくる。お陰で、口がタコのように尖ってしまう。


「そこを破壊する、それが攻略するという事だ」

 破壊できるなら、簡単じゃん。


「魔穴を守る魔物は強大だ、気を抜くなよ!」

 くそっ、頬を通して、俺の気を察したらしい。


「うるはいわねっ!」

 エドワードをキッと睨むが、所詮は口がタコのままでは、説得力に欠ける上、言葉もうまく出ない。

 彼は、さらに、顔を近づけてきた。


「ねぇ〜、するなら、早くチュ〜しなさい」

 ふわっとした声が聞こえてきた。

「ねぇ、私にも見せて!」

 クララの両目を、馬鹿兄ジークフリードが塞ぐ。


「するわけが、無い!」

「しないわよ!!」

 慌てて、エドワードが手を離し、俺は距離をとった。


「あんた達、何を考えているの?」


「いやぁ、エドの奴が、ソフィの顔を引き寄せたから、てっきり……」

 黙れ、性欲!


「キスぐらい、大人だから私だって……」

「なんだと!」

 黙れ幼女、あと、絶対ウソだから、安心しろ、馬鹿兄!


「まぁ、良いわ、で、ゴブリンの群は何処にいるの?」


「ソフィア、分からないの?」

 レティーシアが不思議そうな顔でたずねてきた。


「わからないわ」

 索敵は出来ないんだからね!


「えっ、魔法使いなのに、出来ないの!」

 シルフィードがびっくりしている。


「仕様が無いじゃない、索敵なんて出来ないわ、他に、出来る人、いないの?」


 あれ? 誰からも返事が無い……。


 言い方が悪いのかな?


「索敵が出来る精霊とかいないの?」

 あれあれ?


 じゃあっ、


「索敵が出来る風の大精」

「できないわよっっ!」

 え! なんでっ??


「風の大精霊の癖に何で出来ないのよ」


「出来ないわよ、あんただって、魔法使いの癖に」


「風の大精霊なら、そこら辺の風の精霊に聞くとか出来るでしょっ!」


「そんな、便利な事、聞いた事ないわ。あなた、エルフなんだから、木が教えてくれるでしょ。さっきだって、やらしく木に抱きついてたじゃないっ!」


「木は喋らないですぅ、木が話をするなんて、馬鹿なのっ、馬鹿の大精霊さまっ!」


「なんですって、あなたの方が、馬鹿よ、バカエルフ!」

 シルフィードは風を纏い、俺はヘルメスの杖を掲げた。


「落ち着け!」

 ジークフリードがシルフィードをなだめ、俺は何故かエドワードだ! ちっ、お前、最近馴れ馴れしくない?


「どうするのよ、誰も索敵出来ないなんて」

 この広い森の何処かにいる、ゴブリンの群を探すなんて不可能だろ?


「魔法使いなら、索敵できるのが普通なんだが、くっ! 何をする!」

 話を、蒸し返したエドワードのすねを蹴飛ばした。


「クララちゃんは何が出来るの?」

「クララは、回復魔法が使える」

 馬鹿兄のジークフリードが凄いだろって答えた。


 じゃあ、


「クララちゃんに、索敵してもらえば……」

「ちゃん言うな! 私の事は、クララって呼んで!」

 また、このくだりか……、めんど臭いぞ!


「クララが索敵して!」


「出来ないわ、私は魔術士だから」


「さっき、回復魔法が使えるって」


「魔法使いと魔術士は違うのよ」


「え〜っ!」


 この後、幼女のクララからの説明を要約すると、


 どうやら、


 魔法使いとは、自ら魔法や魔術を創造出来る者、


 魔術士とは、すでに存在する魔法や魔術を行使出来る者、


 と言う事らしい。


 魔力操作に長け、その感覚も鋭い魔法使いは、遠くの魔力を察知する索敵も出来るのが一般的らしい。


「仕方がない、一応、ゴブリンが目撃された地域には偏りがある、そこを中心に探索していこう」


「仕様がないわね」

 リーダー、エドワードの決定に、すかさず賛成の意を示すも、皆の目が冷たい。


「使えないわね」

 シルフィードの言葉に、


「私だって、がっかりよ」

 風の精霊の癖に、索敵出来ないなんて……。


 こうして、俺たちは、三日も森の中を彷徨い、なんとかゴブリンを退治したのだった。

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