第30話 多重魔法陣

「ソフィア、水を頂戴」

 シルフィードが差し出したコップに、人差し指から水をだす。


「凄いわね」

 大精霊もびっくりの魔力コントロールだ。


 俺達は、今、ギルドからの依頼をこなす為に、森に来ている。


「ソフィアさん、こっちも」

 離れた場所からコップを掲げたクララの声が聞こえる。


 ふふふ、なかなかのお転婆さんだ。


 それっと指先から出た水は、綺麗な放物線を描き、


 クララの持つ小さなコップへと収まった。


 量もバッチリで、コップから溢れることはない。


「ソフィアさん、ありがとう」

 礼を述べると、クララは嬉しそうに水を飲んだ。


「おいしい?」

 そう、俺は、ただ水を出すだけでは無いのだ。


「冷たくて、凄くおいしい」

 お菓子好きの、クララも納得させる素晴らしいクオリティの水に仕上がっているようだ。


 水を出すだけなら、そこら辺の蛇口でもできる仕事。

 でも、俺は違う、しっかりと魔力をコントロールし、温度と味を最高な状態に仕上げる。


「私には、紅茶を頂戴」

 レティーシアは、難解な要求をしてきた。


「やっぱり……無理?」

 首を傾げながら同意を求める彼女は、なかなか意地悪さんのようだ。


 ふふふ、そんな我儘な彼女の要求にも、俺なら答える事が出来るはずだ!


 ヘルメスの杖を取り出し、魔力を練る。


 紅茶を作る為には、水属性だけでは、足りない。


 感覚でわかる、紅茶……、


 それを、属性で例えるなら、


 地一、水五、火三、風ニの割合に、

 隠し味で、光か、若しくは、闇を加える。


 合計が、十割を超えるが、そこを何とかするのが、優れた魔法使い、


 魔術演算など必要ない!


 さて、この杖の羽も、訓練場で雷に焦がされたりと色々あったが、しっかりと輝き始めた。


 四大属性の魔力を絶妙にコントロールしながら、一つの形を作りだしていく……、


「ねぇ、ソフィアさんは、何をしてるの? ジーク兄さん……」

 困惑するクララの声が聞こえ、


「あの娘、なんて魔力なの……」

 俺の魔力量に、大精霊が怯え、


「ご主人、ごはんっっ……」

 フェンリルの化身、チビは腹を空かせていた。


 待っていろ、チビ、このオーダーをこなしたら、皆で昼ごはんを食べよう。


 レティーシアの持つコップを中心に、一つ目の魔法陣が展開する。


 それに重ね、上下に更に魔法陣を展開する。


 多重魔法陣だ。


 ゴクリとレティーシアが、息を呑むのが聞こえる。


 彼女も、期待している様子だ。


 待っていろ、今まで、飲んだ事のないような美味い紅茶を創りだしてみせる!


 上空にも巨大な多重魔法陣を展開させ、全ての魔法陣を回転させる。


「いくわよ、レティーシア」


「はい!」

 レティーシアは、コップに力を込め、それを震わせた。


 天空の頂上からの光を真っ直ぐとコップに降す。


 その光をコップは割れることなく受け止めた。


 ここまでは、上々だ。


 少しでもコントロールをミスすれば……。


「グエ〜」

 魔物の大群の叫び声だ!


「ゴブリンが出たぞ!!」

 エドワードが剣を構えた、


「こっちからも来たわ」

 逆方向をシルフィードが指差している。


 くそっ、面倒だ。


 上空に展開させた魔法陣から、紅茶の輝きをゴブリンに目掛けて放っていく、


 その輝きを浴び、ゴブリン達は跡形もなく、蒸発した。


 その様子に、レティーシアの手が感動で震えはじめ、


「なんなの、あれ……」

「なんなの?」

 皆は、口をポカーンと開け、俺の偉業を、いや、これから成すのだが、を讃えている。


 しかし、レティーシアは、少し感動のし過ぎだ。


「揺らさないでっ!」

「はいっ!」

 俺の注意に、彼女は気合いと決意をこめて返事した。


 よほど紅茶が飲みたいらしい……


 少し邪魔が入ったが、最初の輝きは、まだしっかりとコップを捉えている。


 流石、俺だ!


「いくわっ!」

「はいっ!!」


 ヘルメスの杖からも、魔力を放つと、

 それは、魔法陣、天空の光のそれと混ざり合い、

 淡い輝きが優しく皆の視界を奪い塞いでいく。


 その輝きが消えると、コップは香り高い液体で満たされていた。


 まさしく、それは、紅茶だった。


「こ、これは……」

「早く、飲んでみて」

 レティーシアは、生まれたての紅茶に口をつけた。


 ゴクリ、


 レティーシアの飲む音と、皆の生唾を飲む音が共鳴した。


 ゴクリ、ゴクリ、


 彼女が飲むたび、皆の首が上下に揺れる。


 ゴクリ、ゴクリ、ゴックリ……


 どうやら飲み終えたようだ。


「どうだった?」

 さぁ、美味いと言え!


「美味しかったわ、でも……」

「でも……」

 皆の声が揃ってしまった……、でも、だとぉ!


「何がいけないの?」

 最高の紅茶だった筈だ!


「少し甘さが足りない……」

 その答えを聞き、俺は、膝を地につけた。


 くそっ、俺は、無糖派だから、砂糖は考慮していなかった……。


 辺りには、蒸発し損ねたゴブリンの残骸が散乱している。


 依頼の第一目標、ゴブリンの群だ。


 これで、目標の一つは殲滅した。


「ソフィア、次は、上手に紅茶をいれる事が、きっと、出来るわ」

 レティーシアの手を取り、立ち上がり、


「次は、きっと、美味しいと言わせるわ」

 胸の前で拳を握り、さらなる飛躍と成長を誓った。


 俺達は、既に、三日も、この森で過ごしていた。


 受付嬢、リサの依頼は、それほどに厄介だったのだ。


 その日の出来事を思い返しながら、俺は、自分のコップに水を注いだ。

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