第28話 幼馴染

「みんな待って! ここは、私にまかせて!」

 冒険者ギルドの前で、俺は張り切って皆を制止した。


「行きましょっ、ジーク」

 仲睦まじく、ジークフリードとシルフィードが我一番と勝手にギルドの扉を開けようとする。


 このぉ〜、


「ちょっとぉ、待ちなさいって!」

 ゼ〜ハ〜、と肩で息をしながら、こいつらを止めた。


 危なかった、危機一髪だ。


「なによ、入って登録するだけでしょ」

 ああ、そうだよ、シルフィードの言う通りだよ。


 でもな、


 シルフィード、お前は、何も分かっていない……、これだから、素人は困る。


「私が、先に入って登録するの、い〜いっ? それが決まりなのよっ!」

 最後に、前かがみで腰に手を当て、彼女の鼻先で人差し指を立て左右に振り、しっかりと言い聞かせた。

 俺の頭に次々と思い浮かぶ憧れのテンプレの数々、さぁ、誰がどんな言いがかりを俺にぶつけてくるのだろう?

 その全て、俺がドーンとこの胸で受け止めてやる!


 その勢いに負け、シルフィード達は道を譲ったが、

「決まりって何なのよ、全然理解できないわ」

 と呟いていた。


「私に任せておけば、間違いないのよ」

 胸を張り、扉に手をかける、質感から見た目通りの重厚さが伝わってくる。年代を感じさせる風合い、それに見合う重厚さが、この扉の歴史を証明していた。


 なんて、素晴らしく奥深い扉なんだ。


 冒険とは、限界に挑み、困難に打ち勝つこと、


 きっと、そういう類の意味を込め製作された扉に違いない。


 空に晴れ間が広がり、雲の隙間から陽の光が漏れだし、辺りを照らす。

 建物の周りに生えた草花は、そよ風に揺れ、新鮮で心地良い香りを醸し出す。


 よし、いよいよ新人冒険者として登録だ。


 巻き起こるであろう様々なイベントが脳裏をよぎり、胸が高鳴る。


 絡んでこい! 酔っ払い! 蹴散らして周囲をあっと言わせてやる!


 気負ったせいで肩に力が入る。


 期待に胸を膨らませ、さぁ、いざ参らんと扉を開けた筈だったのにぃーー。


 バタン!


 と扉を倒し……、入り口を壊してしまう。


 使い捨ての扉とは斬新だな……。


 冒険者の命は、儚いという意味が込められているのか……、そうだな……、きっとそうだ……、やだなぁ、もうっ、ギルドのイ、ジ、ワ、ル……。


 俺があわわと取り繕ってる横を、シルフィードは、ジークフリードを風で浮かし、バカにするような目で俺を見てから、ごめんあそばせとばかりに、壊れて倒れた扉をヒョイと飛び越え、ギルドへと入っていった。


「弁償して下さい!」

 と中からは、必死な女性の知らない声が聞こえてくる。


「お前は、全く……」

 と扉を持ち上げてくれたエドワードの哀れみの視線が痛い、ぐすん……。


「あの〜、ちゃんと弁償して下さいね」

 先程から必死なギルドの女性は、俺に顔をグンと寄せ、ヒクヒクした笑顔で念を押してくる、凄く怖いい……、だって、目が全然笑ってないじゃん。


「ソフィは、子供ね」

 テケテケと歩く、幼児体系のクララが俺にとどめを刺す。チッパイの癖に……、いや、鉄板のくせに〜〜っ!


 レティーシアが、力無い目で残念と首を振り、俺の肩にドンマイと手を置いた。


「私、負けないっ!」

 胸の前で、拳を二つ作り、己を元気づけた。


 ギルドの中は、期待に反して、小ぢんまりとして、受付嬢以外、人はいない様子。


 壊れた扉は、エドワードとチビが片付けてくれている。


 二人がかりとは、ボロいくせに、無駄に重く、役立たずの扉だ。


「あら、あれ、エドじゃない? あなた、彼の連れなの?」

 その様子を見て、受付嬢が話し掛けてくる。


 愛称で呼ぶとは、妙に親しげではないか?


「エド? エドワードのこと? 一応、そうよ」

「へぇ〜、そうなの……」

 受付嬢は、含みのある視線をエドワードに向けた。


「久しぶりに顏をだしたと思ったら、エドも、そろそろ結婚のお年頃よね」


 ドン、


 彼女のふーんという下世話な目と言葉でエドワードは、持っていた扉を落とし、その衝撃で床を壊す。


 あ〜あ〜、お前、ちゃんと弁償しろよ……。


 俺の視線も感じたようで、彼は、


「こいつとは、そういう関係ではない!」

 怒りでカァ〜と顏を熱くして、受付嬢に激しく抗議した。


 なのに、彼女は、嬉しそうに表情をほころばせ、


「あなた、彼と結婚しないの?」

 とあろうことか、俺に振ってくる。


 頭に血がのぼる、顔が熱くなる、ナイナイと腕を激しく振り、

「ないわよ、絶対にないわ」

 と徹底的に否定した。


 あるわけないじゃん、気色悪い。


 でも……、


「エドワードと知り合いなの?」

「あら、気になる?」

 くそっ、こいつ意地でも、そっちに持っていくつもりか!


 くっそ〜っと吐き出した息で、頬を思いっきりぷーっと膨らませた。


「扉は、そこに、寝かせて置いて!」

「いいのか?」

 受付嬢の言葉に、ビクっとエドワードが反応した。


「立て掛けて倒れたら、危ないでしょ!」

 彼女は、ふぅ〜、と息を吐き出し、


「私はリサ、エドワードとは、幼馴染よ」

 とても、人懐こい笑顔で、今度は、話し掛けてきた。


 幼馴染? エドワードはこの町の出身なのかな? そうだとすると、ジークフリードとは、どこで……?


「まだ怒ってるの? ちょっとからかっただけじゃ無い? 私は、あなたの名前を聞いてるのよ」


「あんなのと、なんて冗談でも嫌よ! あと、私は、ソフィア……」

 悪態の一つでも、と思っていると、彼女の勢いが勝る。

 パァーッと明るい垢抜けた表情、そこからはじけた笑顔、こんな田舎のギルドには似合わない彼女のそれに、思わず見惚れてしまう。

「こんにちは、ソフィアさん、そして、冒険者ギルドにようこそ」

 両腕を大げさに広げ、弾んだ声で、彼女は、俺を歓迎してくれた。

 そして、こうも言う、

「あと扉は、ちゃんと弁償してね、あと、床も」

 そこは、冗談じゃないのね……、俺の気持ちも御構い無しで、彼女は真っ直ぐ手を差し出し握手を求めてきた。


 それを笑顔で、しっかりと握りかえし、


「よろしくね、リサさん、代金は、彼が払うわ」

 空いた手で、いつのまにか、俺たちの側にきたエドワードを指差した。


「いいえ、あなたが、全部払ってね、ソフィアさん」

 彼女は、ニコっと手に力を込めてきた。


 ふふふ、絶対に払うものかと、更に強く握り返す。


「床は、彼の失態のはずよ」

「いいえ、両方、あ、な、た、に弁償して貰うわ」

 彼女も、何故か引かない……。


 ふふふ、ふふふ、


 引きつった、若い女性達の不気味な笑い声が、バチバチと冒険者ギルドに響き渡った。


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