第16話 指揮者
「ご主人、見つけたよ」
フェンリルのチビは、吉報を知らせてきた。
さらに、ペットの癖に、飼い主にご忠告ときた。
「目立たないようにしてね」
「分かってるわよっ!」
もぉ! 慌てて、建物の死角から、地上に向かう。
流石、神をも恐れぬ魔獣フェンリル、仕事が早い。
そこから、路地裏を抜け、賑やかな場所で、チビを見つけた。
「ねぇ、クララは、どこにいるの?」
「クララ?」
ヤベェ、こいつにまだ、名前を伝えて無かった。
「今、探してる子の名前よ!」
「……そんな事より、ご主人、あれ見て! 見て見てっ!」
そんな事? こいつ、まさか……、
チビの視線の先には、店があり、その軒先では、肉が焼かれていた。美味そうな匂いが漂ってくる。
こいつが、地上に降りて、匂いを嗅いだ時、少し疑問があった。
ああ、あったさ!
だって、俺、クララの匂いなんて分からないから、チビに伝えてないもん。
俺、変態じゃないし……。
でも、こいつは地面を嗅いだ後、一目散だ。
フェンリルすげぇと思ったけど……、
所詮、犬か……、
しかし、ああやって、客引きをしているのか。確かに、かなりの
「ご主人、僕の分、忘れるないでっ!」
チビは、俺の足にまとわりつき、尻尾を振り、ご機嫌の様子だ。
仕様がねぇ奴だなぁ〜、
ふらふらと店の方へ、
って、おい、こんな事している場合じゃない!
「ねぇ! 用がないなら、そこをどいて!」
突然、女の声が聞こえ、ビクッとして、道を譲ってしまった。くっそ〜!
それにしても、女の割には、すこし乱暴だな。
意外に地味な女の後ろ姿は、華奢で、長い黒髪か印象的だった。
「親父、これを頂戴、あっ、こっちもっ!」
「私は、こっち!」
女の連れの子供が横から口出ししている。
その子供の服装は、女には不釣り合いで、
黄色のドレスに、金髪……。
買い物が終わった女は、早速、串に刺さった肉を頬張りながら、こちらに振り向く。
口をもぐもぐさせてる女を、じっくり観察する。
こいつ、酒場で、俺にガン飛ばしてた女だ!
しかも、連れているのは、クララじゃねぇか!
「あ〜っ!」
思わず、お互いの口から同時に声が出た。
「行くぞ!」
「待って!」
女は、子供の手を引き立ち去ろうとする。おい、ちょっと待て!
一気に加速して、先ずは、クララの確保だ!
女は振り返り、肉の刺さった串を、俺に向けた。
そして、囁く、
「リテヌート」
その言葉で、俺の動作は、何かに、制限された。
くそっ、身体が、思うように動かない。
懸命に身体を動かす。
もっと速く、もっと伸ばせ、そして届け……あと少し……。
女は、明らかに驚いていた。
それでも、
「ペルデーンドシ」
もう一度、別の言葉を唱えた。
すると、世界は静寂に支配され、俺の意識が、一瞬、朦朧とする。
すぐに、町に音が戻り、世界はあるべき姿に戻っていた。
それにつれ、俺の身体は、勢いを取り戻し、クララに伸ばした筈の手は、空を切った。
くそっ! なんだ、あれは、魔法なのか? だとしたら、ゲームには無い魔法だぞ!
【リテヌート】恐らく、素早さに対するデバフ、いや、違うな、そういう感覚は無かった、まさか時間操作系!
次の【ペルデーンドシ】で姿を消したから、認識阻害? 幻覚? それか、それ以上の何かか?
「おい、チビ! 次は、遊ぶなよ!」
俺は、再び、フェンリルのチビを呼ぶ。
「ご主人、任せてっっ!」
くっそ〜っ! この駄犬の鼻に、頼るしかないのか。なんたる、屈辱!
でも、ゲームには、索敵という要素が無かった。
いや、らしきものはあったが……。
この世界では、敵にエンカウントして、バトルフィールドに切り替わるとか、マップ上で敵の居場所が分かったり、などという親切はない。
搦め手には案外脆い、それに、対処するスキルも、魔法も、少ないからだ。
先頭のチビは地面の匂いをたどり、ゆっくりと進んでいく、今は、それを、頼りに付いて行くしかない。
しかも、見つけても、レベル差で押し切れないかも知れない。
あの魔法は、それぐらい厄介に思える。
「もうちょっと、急いで!」
俺は、少し焦り始めた。
一方、雑踏をかき分け逃げる女は、恐れていた。
「やっぱり、化け物だ……【リテヌート】と【ペルデーンドシ】同時に唱えて、動けるなんて」
女の名前は、アンジェラ、彼女の固有魔法は【指揮者】だ。その魔法の一つ【リテヌート】は、時間に干渉し、【ペルデーンドシ】は、意識を奪う。
すぐに、まともに、動けるなんて、信じられない。
あの化け物からは、多分、逃げ切れない……。
「私にも、それ、頂戴」
アンジェラは、クララの要求に串肉を渡す。
「ここでは、人目が多い……」
彼女は、クララの手を強く引き、急いで、町の外を目指した。
建物と人影が少なくなり、代わりに木々が増え、町の外が近いということを知らせてくる。
誘惑が少なくなったことで、先頭のチビが、確信を得たように、走り出した。
「ご主人! もう、すぐそこだよ!」
チビは、前方の森に向け、駆け出した。
少し木々を抜けた所に、女はいた。
殊勝な事に、湖を背にして女は、俺達を待ち構えていた。
「早く、その子を返しなさい!」
大人しく返せば、今回は、見逃してやってもいいぜ!
「それは出来ないわ! 鍵は、あなたには、渡さない!」
女は、クララの首元にナイフを当てた。
鍵? 何の事だ。
「おい、おまえたち、出ておいで」
やはり、仲間がいたのか、想定内だ。
横の茂みから、三人の男が、出てきた。
へぇ〜、あんなとこに居たんだ。やはり、気配を読む、な〜んてことは、俺には、出来ないらしい。
側にいるチビは、座って首元を掻いている。余裕あるじゃねぇか。
「アンジェラ姉さん、その子供、何ですか?」
「姉さん、もしかして、また……」
「だから、言ったんだ、姉さん、一人で、お使いは無理だって!」
茂みから、出るなり、男達は、騒いでいる。
「王国の第三王女だよ、私は、十年前に王女を見たんだから、間違いないの!」
女の名前は、アンジェラか……残念さん、なんだな……。
「ほら見ろ!」
「すまん、でも、姉さん、自信満々だったから……」
「俺は、言ったぞ、無理だって!」
部下も大変だな。同情するぜ!
「お前達、何を言っている! 私は見たんだぞ!」
「姉さん、王女を見たのは、何年前ですか?」
「十年程前だ……」
「今、王女は何歳ですか?」
「十七……、よし、お前達、肉を途中で買ってきたぞ!」
あっ、アンジェラが話を変えた。
「姉さん、買い食いは、ダメって、あれほど……」
「仕様がねぇ、どうせ、俺たちは、荒事専門だからな……」
「姉さん、次、頑張りましょう……」
男達は、アンジェラから串肉を受け取り、もぐもぐしながら陣形を整えていく。
「たしかに……、あんた……」
「ねぇ、ちゃんと、食べてから、話してくれない」
食べながら、話すから聞き取れない。
もぐもぐ、もぐもぐ、ゴクン。
「たしかに、あんたは、化け物だよ、でも、私達も、ちょっとしたものよ」
「そうだぜ、嬢ちゃん」
アンジェラの言に、男達が一斉に同意した。
なに……、こいつら、キモい……。
「スリープ」
アンジェラは、クララを寝かせた。
「子供を巻き込んじゃ可哀想だわ、少し、場所を移動しない?」
て、てめぇ〜っ!
「あっ、その子、十五才よ」
俺は真実を告げた。
「うそ!」
アンジェラ達は、驚愕の表情だ!
俺の、先制攻撃は、見事にヒットだ。幸先が良いぞ!
さて、場所を移動したら、残念さん達と本格的に開戦だ!
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