第15話 英雄召喚

「ジークフリード、お願い、レティーシアの側を離れないで!」

 大声で叫びながら、酒場の怪しげな客を思い出す。


「まだ、慌てる必要はない! 何をするつもりだ!」

 言葉とは裏腹に、ジークフリードも冷静さを欠いている。


 彼の言う通りかもしれない。


 胸騒ぎが収まらない、きっと、さらわれたに違いない!


 その思いに根拠はない。


 勘違いであってほしい……。


 それでも、クララが、この場にいない……、それは、きっと、俺の責任だ。


「フライ!」

 俺は、飛行スキルを発動させる。

 空中に浮かび上がると、通りを行き交う人々が驚き、ざわつきはじめる。


 悪目立ちしようが、どうでも良い、ジッとしてる訳にはいかない。


 高い位置から視野を広くする、目と耳には自信があるのだ。


 更に、英雄召喚で、あいつを呼ぶ。


「我、汝をグレイプニールの拘束より解き放つ、従えフェンリル!」

 ボンっと肩の上に現れたのは、フカフカの可愛らしい子犬だった……。


 チビキャラで登場とはやってくれる。


「久しぶりだね、タヌタヌ、何のよう?」

 その子犬は偉そうに、俺の事をハンドルネームで呼んだ。

 それでも、身体と同じ長さの尻尾を激しく降っている。まぁ、これが、犬のさがというものだろう。


「私のことは、ソフィアと呼んで! 探して欲しい子がいるの!」

「タヌタヌ、それは、そのキャラの名前なの? 僕は、ご主人の魂には忠実だよ。だから、呼び名は変えるね、探し人の容姿を教えてっ」

「金髪のおかっぱ頭で……」

「ちがーう、面倒くさいなぁ、頭に容姿を思い浮かべて!」

「え?」

 はぁ〜っ、子犬は大きな溜め息を吐き、


「い〜い、タヌタヌ、うっ? 今は、ソフィアね、ちっ、いちいち面倒なぁ……、僕とご主人は、ちゃんと繋がってるの! 意識を集中して思い浮かべる、それだけなの」

 子犬は、まっすぐ俺を見ている。


 俺は、まぶたを閉じた。


 金色のおかっぱで、頭の上には淡いピンクの大きなカチューシャリボン、そして黄色を基調としたドレス……、意識を集中していく。


 肩の上から、ゾワっとした気配を感じた。


「ご主人、もういいよ、下の人達が騒がしいから僕は先に行くよ!」

 子犬は、ソワソワと落ち着きをなくしてる。


「フェンリル、お願い!」

 時間がない、早くいけ!


 ポカ!


 子犬が、その短い足で器用に俺を殴った。


「何するのよ!」

「フェンリル? 僕の事も、ちゃんと名前で呼んよ!」

 子犬の動きが止まり、尾は力無く垂れていた。


 名前?


 ゲームでは、自キャラ以外は名前を付けることはできなかった筈だ。


 でも、俺は、この犬型の魔物には、特別な思い入れがあり、そして、いろいろと思い出した。


 チビキャラ変身限定ガチャで手に入れたフェンリルは、URコスト8で、それを、進化、覚醒させ、伝説級に育てあげた、俺にとって、唯一無二の大切な魔獣だ。


 だから、アップデートで、神話級が登場し、レア度が上から二番目になっても、こいつを愛用し使い続けた。そんな俺に、仲間達はアドバイスや、非難を続けたものだ。


 その度に、俺は、こう答えた。


「このフェンリルは、俺にとって特別なんだ」


 そう、チビキャラ設定時のフェンリルは、あいつの子犬時代にそっくりだったのだ。


「こだわりや思い、それがあるから、ゲームという形のないものに、大金を注ぎ込む、そういうものだろ?」


 その言葉に呆れ、仲間達は、最後には観念する。


 でも、俺は、フェンリルを見るたびに思い出してしまう。


 あいつの事を……、


 俺の相棒を……、最後まで、尻尾を力無く振っていた律儀なあいつ……、いつでも、俺は、その名を叫んでいる。


「チビ、頼む!」

 俺の言葉に、子犬姿のフェンリル、いや、チビは目を輝かせ、腰から大きく、尻尾をブンブンと大きくふる。


「僕を、不安にさせるないで! ご主人! 任せてっ! その娘は必ず見つけるよ!」

 チビは、肩から地面に飛び降りた。どうやら、俺の事は「ご主人」と呼ぶことにしたらしい。


 結構な高さの筈だが、チビには、関係ないようで、何事もなく地に足をつけ、クンクンと匂いを嗅ぐ仕草を見せると、凄まじい勢いで走りだした。


「いつまでも、泣いてんじゃないの!」

 フェンリルのチビの声が、俺の心に響き渡る。


 え? 俺、泣いてないよな……、目の辺りをさわるが、やはり、濡れてない。


 再び、チビの声が聞こえた、耳からではなく、直接だ。


「ご主人、見つけたら、メッセージを飛ばすから! 安心して!」

 メッセージ? ゲーム内のメール機能の事か? それにしても、あいつは、いつでも、頼りになるな、チョット騒がしいけど……。


 さて、俺も探すか。


 そして、空中を移動しながら、目と耳を研ぎ澄ませた。





「ちっ、化け物が……」

 帝国の諜報機関、【ホルス】に所属する女は、空中移動する少女を見上げながら、苦虫を噛み、呟いた。

「それでも・・は、手に入れた」

 彼女は、振り向くと、連れの少女に声を掛けた。


「おいで、もっと、急ぐわよ」

「ちゃんと付いて行けるわ。子供じゃないのよ」

 虚ろな目で、少女は女の後ろ歩く。


「王国の・・は、手に入れた、あとは、町の外で待つ、仲間に引き渡すだけだ」

 彼女は、ニヤリとほくそ笑む。


「なに、簡単な仕事だ。いざとなれば殺す、それで、仕事完了よ」


 女と少女は、人混みに紛れ消えていった。

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