第2話

 捕らえた男を護送車まで運び、俺達は彼を後部座席の一角に座らせた。

 その後、規則に従って感染対策のマスクを被せ、目覚めても動けぬようにと体を拘束する。


「もういいですよ武藤さん」


 俺は真白が乗り込んだ後にドアを閉め、格子網で遮断された運転席に向かって声を発した。

 すぐさま護送車のエンジンがかかる。

 直後、武藤さんがこちらに振り向き真白へと訊ねた。


「よし真白、報告しろ。次の現場はどこだって?」


 だが。


「あっるぇ、武藤さん? あたし、まだ休息義務の最中なんですけどぉ?」


 真白がぷいっとあらぬ方向を向く。

 彼女はやせ我慢が過分に混じった嫌がらせとして、武藤さんに取りたくもないだろう休息をとってみせたのだ。


「なっ――?」


 効果は覿面てきめん

 武藤さんは口から意表を衝かれたとばかりに短音を吐き出し。


「はぁ……」


 続けて、深い溜息を吐いた。


「わかった、俺が悪かった」


 彼はまるで娘か、年の離れた妹でもなだめるように言葉を選んで真白に聴かせる。


「さっきは緊急事態だった。お前さんは良く職務を全うした。認める。次の現場にもちゃんと連れてく……それでいいか?」


 すると。

 不機嫌に膨らんでいた真白の頬はしぼみ、にまりと口角が上がる。


「もぉーうっ♪ 最初からそう言ってくれれば良いのにぃ」


 彼女は口の中で飴玉でも転がしているようにご機嫌になった。


 しかし、現金な子だ。

 この切り替わりように武藤さんが辟易し、深い溜息を吐いたのは言うまでもない。


「真白……今回が特別だからな」

「わかってますってぇ」


 どっと疲れたように肩を落とす武藤さんの後姿に、俺は声を出さず笑ってしまった。

 これでは、オオカミゴリラも形無しだ。


「武藤さん、真白に甘すぎやしませんかね?」


 俺はからかうように言う。

 当然、彼はじろりと力強い眼光をこちらに向けたのだが。


「……それ、お前にだけは言われたくなかったなぁ」


 と、不可解な言葉を返されてしまった。

 どういうことだ?


「えへっ♪ 先輩は無自覚にあたしを甘やかしてくれますもんねっ」


 俺が怪訝な表情を浮かべていると、真白が楽し気にそう言った。

 甘やかす? 俺が、真白を?

 まるで身に覚えがない。


 だが、武藤さんは俺がなんの得心もいかない内に、話を仕事へと戻した。


「よし、そろそろ仕事に戻ろう。真白、今度こそ報告を頼む」


 真白は機嫌よく歯を見せて笑い「りょーかいです」と前置いてから報告を始める。


「次の現場ですけど。新宿区の株式会社ニコールホールディングスです」

「新宿区?」


 それはまた……えらくいい加減な報告だな。

 真白はおちゃらけて見えることもあるが、体の芯まで社畜にむしばまれている子だ。

 だから、彼女――というより、俺達社畜が仕事に関しての報告をおざなりにすることなどありえない。


「真白、それだけってことはないだろ? 詳細な場所は?」

「詳細も何も……」


 俺の問いに対し、真白はきょとっとした瞳を向けながら、護送車の窓から外を指差す。


「すぐそこじゃないですか。ていうか、目の前ですし、徒歩で行けるんですけど?」


 次の瞬間――


「「それを早く言えバカ!」」


 ――俺と武藤さんの声が、プラモのパーツをハメ込むみたいにピタリと綺麗に重なった。

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