第2話 この公園、集合地につき。

ここは会社員通用口。

佐伯は社員が帰宅のために通りすぎる横でスマホ片手に立ち尽くしていた。

今日は黒桂さんとの飲み会。

女性との交際経験は皆無の佐伯。

しかし、ここで怖じ気づいていては男が廃る。気がする。

『午後8時、犬猫公園のブランコの前で待ち合わせしましょう。

楽しみにしてますね。』

某スマホ連絡アプリLIWEでのやり取りを思い出す。

腕時計を見ると午後7時半を指している。待ち合わせの公園は会社から20分の場所にあった。時間まで余裕があると分かって、少し安堵する。

黒桂の会社も近所にあると知ったときは少し驚いたが、共通の話題ができることに喜びも感じていた。

佐伯は、意を決して足を踏み出した。が、やはり、気が重い。異性に弱いのだ。

意気込んで真っ直ぐ延びていた背筋は、歩いていくうちにどんどん曲がっていった。まるで、原始人に後退していく人間のように。

もしかしたら、人間はネガティブになると本当に原始人に後退するのかもしれない。

そんなこんなで、真っ直ぐ公園へと続く道を歩いていると、買い物帰りの親子とすれ違った。

「……それでね、今日はね、ゆうくんと鬼ごっこして遊んだんだよ!」

「そうなの?よかったね。楽しかった?」

「うん、楽しかった!私ね、ゆうくんのこと大好き!」

「あらあら~」

子どもの弾んだ声に頬が緩む。チラリと見えたキラキラとした笑顔が眩しい。

俺にもあんなすべての物事を新鮮に楽しんでいた頃があったのだろうか。

微笑ましい光景を見て、心拍数が穏やかになったことに気づく。

佐伯は心の中で親子に感謝をし、背筋を伸ばして公園へ歩を進めた。



7時50分、8時まで10分の余裕を持って公園にたどり着いた。佐伯は入口に立ち、中を見渡す。公園内にはブランコの傍に街灯が一基据えてあった。それが唯一の明かりのようだ。

黒桂の姿は見えない。どうやら彼女より先に到着することができたらしい。

息を整えながらゆっくりとブランコに向かう。

「おーい。おっさーん」

ふいに間の抜けた、若い男性の声が背中辺りにぶつかった気がした。

が、気のせいだろう。俺はまだ29歳で、野郎におっさんなどと呼ばれる年齢ではない。

まだ20代なのだから!!!!

と、自負している。少なくとも、あと1年は。

そのまま歩みを進め、公園のまん中に差し掛かったときだった。

「なぁ、聞いてんの?おっさーん」

耳障りな笑い声複数とともに、ガッシリと左肩を捕まれた。

またもや変なものに捕まってしまった。今日は、平穏に過ごせると思ってたんだけどなあ。

空を見上げると、満天の星空が広がっていた。俺はこんなに大変な思いをしているのに。小説では主人公の気持ちに合わせて空模様が変わることがあるが、俺の物語では適応されないようだ。

「なにしてんのー?彼女と待ち合わせー?」

「んなわけないだろ?こんなくたびれたおっさんに彼女なんかいるかよ」

「おっさんが可哀そうだろ」

おっさんおっさんと失礼なやつらである。

「なあ、こっち見ろって。おっ・さ・ん」

「なんですか」

「うっひゃぁ?!」

強くひっぱられた左肩を、グリンッと力の流れるままに若者たちの方に向き直った。

その拍子に、左肩を掴んでいた若者は力を受け流せず、見事に地面にスッ転んだ。反動なのかなんなのか仰向けで綺麗な大の字を描いている。

「え……」

若者たちを見回すと、一様に地面に寝っ転がっている仲間を見つめている。

どうやら、声をかけてきた若者たちは全員で5人のようだ。

「エエエエエエエエ!!!!」

その中の紫色の頭にヒョウ柄のシャツを着た大阪のオバチャンっぽい男が叫んだ。

「なにやってんの、よっちーん!」

寝っ転がっている男はよっちんというのか。意外と普遍的なアダ名だ。

「ちょっダサっひゃひゃ」

紫頭は変な笑い声でキャラの濃さに拍車をかけている。

「うっせー!笑うな!」

よっちんは耳まで真っ赤だ。可哀想に。

「だってよー。ほら、おっかしーよな!な?お前らもそう思うよな?」

立ち尽くす3人も紫頭に同意を促されてクスクスと笑っている。

「おっお前らあああ!!」

「なんだ?やるか?」

よっちんは勢いよく立ち上がり、仲間4人に飛びかかった。辺りに砂ぼこりが舞い上がり、まるでアニメの様相だ。

それはいいとして、完全に蚊帳の外になってしまった……黒桂のこともここで待っていないといけないが、どうしようか。

傍で行く末を見守っていると、よっちんが戦線を離脱して近づいてきた。

まさか、あの殴り合いの中、話し合いが敢行されていたのか?

身構えているとよっちんに右手を捕まれた。

「おっさん手伝え!」

「……へ?」

なにを言っているのか、さっぱり理解不能である。

「4vs1は俺が負けるに決まってんだろ!だから、おっさん手伝え!どうせ強いんだろ!」

むちゃくちゃ理論である。

「いやいや、おれ……僕ぜんぜん強くないですよ」

「嘘つ……!」

「お巡りさーーん!こっちです!こっち!喧嘩が!」

その時、凛とした女性の声が響いた。

「チィッ!誰かサツ呼びやがった!おい!ずらかるぞ!」

よっちんたちは声に反応して蜘蛛の子を散らす様に退散していく。チョロすぎる気がしなくもないが、助かった。

因みに俺の右手を掴んだまま逃げようとしたよっちんの手は振りほどいた。

「……この声」

公園の入り口に目を向けると、ヒョッコリと木の影から頭を出す美女が見えた。

「黒桂さん」

「こんばんは、佐伯さん。もしかして余計なお世話でしたか?」

「まさか!ちょうど困っていたんです。また、助けていただいてしまいましたね。ありがとうございました」

「それなら、良かった。あ、そうだ」

黒桂は綺麗に微笑んで、ジャケットのポケットに手を突っ込んだ。

「これ!」

差し出された手には名刺が握られていた。

「この前は交換する時間がありませんでしたから。」

「あ、そうでしたね。ありがとうございます。僕のも……これ、どうぞ」

「ありがとうございます。改めまして、私、黒桂 奏といいます。黒い桂と書いて(つづら)、奏でると書いて(かなで)。珍しい名字でしょう?」

「ええ、最初なんて読むのか分からなかったです。僕は佐伯 東矢です。東の矢と書いて(とうや)と読みます」

「佐伯さんは名前が珍しいんですね」

「よく名字みたいな名前だと言われます。黒桂さん、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ!」

2人は改めて握手を交わした。

「さ!どこか行きたい場所は決めてますか?」

黒桂は少し首を傾げながら問いかけた。佐伯は黒桂のあまりの可愛さにたじろぎ、目を逸らした。

「っ……じ、実は退社後は直帰するもので、行きたい場所などは特に無いんです。よく寄る屋台ならあるんですが」

「屋台?」

「ええ、だから黒桂さんのおすすめの……」

「行きましょう!屋台!」

「え?」

「さ!早く!行きますよ!」

黒桂は佐伯の右手を引っ付かんでズンズンと公園の出口を目指す。

これは……?少し早まったか……?!

黒桂に引きずられながら、佐伯は心の中で叫んだのだった。

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