第14話 昼休みの告白
いつもと同じ学校で、いつもとは違った感覚の生活のリズムが流れていく。
昼休みになって正樹は弁当を机の上に出した。毎日のように優が作ってくれて渡してくれたお弁当だ。
ミンティシアも同じ弁当を持って立ちあがった。包んである布の柄は違うけど。
どこに行くんだろうと気にして見ていたら、彼女は正樹の前に立った。
隣の席からでも話しかけられるだろうに律儀な天使だった。
「正樹さん、屋上に行きませんか?」
「屋上?」
不思議に思って訊ねる。屋上は鍵が掛かっていて、誰も入れないようになっているはずだ。天使はおかしそうに笑った。
「知らないんですか? 昼休みの屋上は恋人同士の集まるスポットなんですよ。そこに行けば何か愛の手掛かりが見つかるかもしれません」
「いや、でもこの学校の屋上は」
「では、早速行きましょう!」
正樹が何を言う暇も無かった。ミンティシアはすでに考えを決めていた。
その考えのままに彼女は正樹の腕を掴んで外へと連れ出していた。すぐ傍にあった窓からよりによって外へ。
「うわあ!」
さすがの正樹もびっくりしてしまう。ここは3階だ。地面が遠い。足が宙ぶらりんになってしまう。
見ている人はいるだろうか。騒ぎが起こっていないところを見ると、一瞬すぎて気づかれなかったのかもしれない。
ミンティシアはすぐに翼を広げて飛び立った。すぐ上にある屋上へ向かって。
「最短ルートで行きましょう!」
そして、天使は一気に屋上まで飛翔した。
廊下も階段も何もかもをショートカットして一瞬のうちに辿りついた屋上。
天使はふわりと降り立ち、正樹も着地した。
当然のようにそこには誰もいなかった。
ミンティシアは唇に指を当てて考えていた。
「誰もいませんね。早く来すぎたんでしょうか」
「お前なあ、いきなり飛ぶなよ」
屋上は立ち入り禁止なんだよとか、天使の力を不用意に使うなよとか言いたいことはあったが、とりあえずは文句だ。
ミンティシアも気づいたようだ。罰が悪そうな顔をした。
「あ、もしかしてまずかったですか?」
「まずくないとお前が思うならいいよ?」
「まずかったです」
ミンティシアはしゅんとうつむいてから顔を上げた。
「それにしても本当に誰もいませんね。人気のスポットだって聞いていたんですが」
「この学校では人気が無いみたいだね」
ミンティシアはこれからどうするのだろうと思って正樹は見ていたのだが、彼女はスカートを抑えてその場に座った。
「まあ、いいです。ここでご飯にしましょう。何か愛が掴めるかもしれません」
「ああ、そうだな」
彼女がそうするなら付き合うか。
ミンティシアが座ってお弁当を広げたので、正樹もここで食事にすることにした。
静かな青空の見える屋上で、正樹とミンティシアは二人きりで同じ物が入った弁当を食べていく。
誰も邪魔する者のいない二人だけの空間。
それを気持ちよく思いながら、正樹は箸を進めていく。
隣ではこの学校の制服を着たミンティシアが本当に美味しそうにお弁当を食べている。
優の作ったお弁当で、正樹の手元にも同じ物があるので、その味はよく分かっていた。
正樹が幸せそうな彼女の顔を見ていると、その彼女が不意に顔を上げてこっちを見てきて、正樹はドキッとして顔をそらせてしまった。
弁当の中の肉団子に意識を集中させる正樹に、ミンティシアが楽しそうに話しかけてくる。
「優さんのお弁当って本当に美味しいですよね」
「ああ、そうだよね。優のお弁当だもんね」
決まりきった事だった。なので肉団子を見ながら決まりきった答えを返した。ミンティシアはさらに言った。いつもの笑顔で。
「あたしと恋人同士になってみませんか?」
いつもと違うことを。
「え……え……え??????」
もう肉団子なんて見ていられなかった。
無数に飛び交うクエスチョンマーク。正樹を見るミンティシアはいつもと同じ天使の微笑みだった。
その頃、優は立ち上がっていた。一年生の教室で、本能で感じた。
「お兄ちゃんが危ない!」
すぐに行動に出る。弁当に蓋をした。
一緒に食べていたクラスメイトの少女は不思議そうに友達を見上げた。
「相沢先輩がどうかしたの?」
「あたしは……行かないと……いけないんだっ!!」
いきなり走って教室を出ていった優を、クラスメイトは箸を咥えながら見送った。
静かな屋上に風が吹いている。緩やかな風だ。今はどうでもいい。
正樹は握る腕に力を入れた。ミンティシアは答えを待っている。
『あたしと恋人同士になってみませんか?』
そんな質問の答えを。どう答えろというのだろうか。
高校生で彼女というものと付き合ったことが無い正樹にはよく分からない。
施錠されたこの場所に、他に来る人はいない。
ミンティシアは笑顔で微笑んでいる。彼女の見慣れたいつもの顔だ。風で空色の髪が揺れている。
今、何揺れ目だろうか。
正樹は思考が追いつかずにドギマギしてしまった。
「えっと、それって、どういう……」
やっとそれだけを言えた。
正樹の頭と耳が確かなら、彼女は確かに
『あたしと恋人同士になってみませんか?』
と言ったのだ。
つまり、これに答えたらその……恋人同士……? になっちゃうのだろうかっ!
正樹は思考をフル回転させようとするのだが、脳みそはストライキを起こしたのか働こうとしなかった。
天使の少女はさらに人差し指を立てて、さも名案といったように言った。
「ほら、ここで恋人同士になってみれば、愛についても分かると思うんです。他に人がいないんですから、あたし達でやってみれば一番分かると思うんです!」
ミンティシアは強気だ。いつもの意見を提案する彼女のいつもと同じ顔つきだ。
そんな彼女のいつもと変わらない態度に、正樹の頭に冷静さが戻ってきた。脳みそが働き始めた。
「それって試しにやってみよってこと? 恋人みたいなことを。君と?」
「はい、そうですよ」
ミンティシアは実にあっけらかんと答えてくれる。ただの遊びのような提案を。正樹は心底から疲れたため息をついた。
心の底から言うことが出来た。
「僕は君とは恋人にはなれないよ」
「駄目ですか? 愛を知るには良い案だと思ったんですけど」
「うん、駄目」
もう面倒なので一言で終わらせる。
少なくとも今は。そう思いながら正樹は食事を再開することにした。
「優の弁当はおいしいなあ」
自分でもわざとらしい声だと思った。
隣に座り直したミンティシアはしょんぼりした様子で箸を進めていた。
そんな彼女に正樹はこれだけは言っておこうかと思った。
「俺は恋人にするなら、お弁当を美味しそうに食べてくれる女の子が良いかな」
ミンティシアはパッと笑顔になった。
「良かった。愛が一つ分かりましたね」
「ああ、君のおかげだよ」
ミンティシアが機嫌を直してくれて。
それからも楽しい空気の中で食事を終えることが出来た。
食べ終わってミンティシアは立ち上がった。
屋上には最後まで誰も入ってこなかった。
「結局恋人さんは来ませんでしたね」
「そうだね」
正樹も空になった弁当箱を仕舞って立ち上がる。
この学校の屋上は立ち入り禁止になっている。真実を話そうかと思った時。
屋上のドアがガチャガチャと鳴った。
「恋人さんでしょうか」
「いや、先生だろ」
気づかれて怒られるかな、どうあやまろうかと正樹が思った瞬間。
ばあああああああん!!
と突き破るような勢いでドアが開いた。
現れたのは優だった。鬼気迫るような勢いで近づいてきて聞いてくる。
「お兄ちゃん! 大丈夫だった!?」
「別に何も無いよ」
続いてミンティシアに目を向ける。天使は明るく笑った。
「一つ進展がありました。正樹さんは美味しいお弁当を食べる人と恋人になりたいそうです」
途端に優の顔が赤くなった。
正樹はそれを言わないでくれよと頭を抱えたくなった。
天使はニコニコしている。
「あたし、もっと美味しいお弁当を作れるように頑張るからね!」
そう言い残し、優は元気に去っていった。
見送って、ミンティシアは正樹の方を見て言った。
「ここから来れば良かったんですね」
「ああ、ここが順路だよ」
この天使こそ愛を理解してないんじゃないだろうか。
そう思う正樹だった。
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