第7話 天使のいる食卓
晩御飯の時間が来た。相沢家の食卓に優がいつものように人数分の料理を用意してくれる。
いつもは二人で食べているが、今日は新しい仲間ミンティシアが加わった。
一人増えただけで随分と雰囲気が変わるものだなと、三人で囲む食事を新鮮な気分に感じながら正樹は思った。
テレビが賑やかな音を奏でる部屋で、正樹の隣に座るミンティシアがふと箸を止めて顔を上げて言った。
「優さんは料理が上手いんですね」
「だろ? こいつはこういうのが得意なんだ」
正樹は答える。向かいの席に座っている優のことは正樹にとっても自慢だった。ミンティシアにも認めてもらえたのは、自分の知っている名店を人に喜んでもらえた時のように嬉しいものだった。
一瞬、優とミンティシアの間で目くばせが行われたのには気づかなかった。
優とミンティシアはある約束をしていた。それは愛に関することだ。
優は正樹と恋人になりたいと思っていたし、ミンティシアは正樹に愛を知って欲しいと思っていた。
二人の利害は一致していた。その作戦を伝える無言のやり取りが飛ぶ。
『GO?』
『OK』
作戦実行である。ミンティシアは何気なさを装って、喋った。
「正樹さんは『結婚』するならどんな人がいいですか?」
「ん? それは天使としての質問?」
結婚という言葉に優の手が止まった。聞き耳を立てている。
正樹はミンティシアの方を見ていて、優の様子には気づいていなかった。
ミンティシアは答える。
「はい、愛を届けるのがあたし達、天使の使命ですから」
「そうだなあ。考えたことないな」
「考えたことがない。正樹さんらしい言葉ですね」
「そうかな? 高校生に結婚は早いと思うけど」
優が肩を落とし、ミンティシアが微笑み、正樹は苦笑した。天使は言葉を続ける。
「では、恋人になるならを考えてみましょう」
「恋人になるなら?」
「はい、結婚はまだでも、恋人になるならぐらいは考えても良いと思うんです」
「そうだなあ」
正樹は考え、優はそわそわと足を動かしていた。煮え切らない様子の男性に、ミンティシアは一歩踏みこむことにした。
「料理が得意な人なんてどうでしょう」
「料理が得意な人?」
「そう、例えば優さ」
その時、白銀に閃く物が飛んできた。白銀に閃く物はミンティシアの頬をかすめ、その後ろの壁に突き刺さった。それはフォークだった。
頬を引きつらせて言葉を止めるミンティシア。優が立ち上がる。にこやかな笑顔をして。
「ごめん、フォークがすっぽ抜けちゃった」
優が歩いてくる。壁に刺さったフォークを抜いて、ミンティシアの腕を取って立ち上がらせた。
「ごめん、お兄ちゃん。ちょっと話をしてくるからテレビを楽しんでおいて。今の話はもう気にしなくていいから」
「ああ、うん」
そして、テレビの音量を目いっぱい上げて廊下に出ていった。
きっと聞かれたくない女の子同士の話があるのだろう。二人が仲良くしてくれるなら一番だ。
そう思いながら正樹はテレビを見ることにした。
面白い芸人が面白いトークをしている番組だ。聞き逃さないようにしようと正樹は集中した。
優は廊下を歩いていって少し離れたところでミンティシアの腕を離した。そして、振り返って叫んだ。
「何のつもりだ貴様ああああああ!!」
ミンティシアは優の恋に協力してくれるはずだった。だが、これでは恋人になるどころか今の関係すらぶち壊しだ。優はそう思ったのだが。
今度はミンティシアも引き下がらなかった。毅然と不満を言い返した。
「でも、あの男にははっきり言わないと伝わりませんよ!」
「言い方ァ!! ってのがあんだろおおおおお!!」
「言い方ァ!! ですか」
「そうだよ。言い方ァ!! だよ! 日本人にはなあ、言い方ァ!! ってんのがあんだよおお!」
「例えばどんな言い方ァ!! ですか?」
「月が綺麗ですねとかそんな言い方ァ!! だよ! 日本人はなあ、奥ゆかしい言い方ァ!! が大好きなんだよおおお!」
「分かりました。月が綺麗ですねですね。そんな言い方ァ!! で行ってみましょう!」
ミンティシアが納得して、二人は食卓に戻った。
「お待たせ、お兄ちゃん」
「おう」
優が食卓に戻ってきて大きく上げていたテレビの音量を下げた。ミンティシアも静かに食事を再開する。
二人が無言だ。テレビだけが楽しい話と笑いを届けている。
何か静かになったなと正樹は思った。テレビが面白くて二人も聞いているのかもしれない。静かに味噌汁をすする。
ふとミンティシアが食事の手を止めた。優との間に一瞬のアイコンタクトが交わされる。仕掛ける時が来たのだ。
『GO?』
『OK』
無言のやり取りを経て、ミンティシアはテレビを見て言った。
「テレビが綺麗ですね」
「ああ、ハイビジョンだからな」
正樹は天界のテレビはこれより古いのだろうか、もしかしてまだアナログなのだろうかと思ったのだが。
いきなりテーブルを叩く音がして、びっくりして思考を中断させた。
優がテーブルに頭を打ち付けていた。
「優! 大丈夫か!?」
どうもさっきから優の様子がおかしい。正樹は心配になったのだが。
優はハッと気づいたかのように顔を上げた。幸いにもどこにも怪我は無いようだった。
「ごめん、ちょっと当てが外れちゃって」
「当て?」
「何でもないの。気にしないで。ご飯食べよ」
優は苦笑したように笑う。彼女は疲れているのかもしれない。
何とか負担を軽くしてやらないとなと思う正樹だった。
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