第12話 闇の娘。


「…ん……しずくちゃん…ろうしたんれすかぁ?」


メアさんが寝返りをうって、そばに立ちつくしていた私を見あげる。

潤んだ紅紫の瞳が艶やかに光る。

本当に綺麗な色。

今は下着だけの、起伏の激しい肢体をしなやかにベッドに横たえ、息をする度に、桜色の肌が大きく揺れる。

触りたい衝動を必死に堪えているけど、見つめているだけで、どんどん熱い吐息が身体の奥のほうから漏れてきて、いてもたってもいられなくなる。

子宮がじんじんしてきた。濡れてきたのが分かる。

苦しい。


このまま衝動に流されれば、私はメアさんをどうするんだろう?

犯してしまうんだろうか?

でも、私はきっと、私を一生ゆるさないだろう。

襲ってくる罪悪感。

吐きそう。気持ち悪い。

ここから逃げたい。苦しい。

死んでしまいたい。


崩れ落ちそうなのを必死に堪えて、目をぎゅっとつぶっていると


「雫ちゃん……大丈夫。 」


見ると、メアさんが微笑んで私に向かって両手を広げていた。


「………え…?」


かろうじて絞り出した声で聞いた。

メアさんは私に両手を広げたまま、驚きの言葉を口にした。


「いいですよ。私は。雫ちゃん苦しいでしょう? 我慢しなくて、いいですよ?」


とてもおだやかでやさしい声。

まるで愛しい恋人に語りかけるような、愛に満ちたささやき。


「…なんで…知ってるんですか? 私が…おかしいのを……。」


メアさんは微笑んだまま首を振る。


「いいえ雫ちゃん。……あなたはおかしくなんかないです。とてもいい子ですよ? だからそんなにも苦しんでる。 これまでもずーっと、ひとりきりで耐えて来た。本当に辛かったでしょうに…。あなたは、とってもいい子です。」


その言葉で、私の涙を長く押し止めていた涙腺が粉々に砕けた。


「……う……う…もぉぉ…なんでですか?!………なんで…そんなこと言うの…メアさんのバカ…!!」


ぼろぼろだ。情けない。

情けないけど止められない。

苦しい。胸が痛い

だけど、そんな痛みより何よりもっともっと

胸があったかい。

メアさんのその言葉だけで、すっかりとすべてが報われてしまった。


「雫ちゃん……苦しい…?」


メアさんが起きあがり、心配そうに言う。

そして、立ち尽くして嗚咽する私の手を取って、引き寄せた。

私はメアさんにくるまれて、胸の中で、ひたすら泣いた。


「ごめんなさい…ごめんなさいメアさん ……。」


背中をやさしく撫でられるごとに、胸の奥の汚いものが、少しずつ少しずつ押し出されるよう。


「いいんですよ雫ちゃん…。」


しばらく撫でられるに委せていたら、途端に強烈な睡魔が襲ってきた。 メアさんのやさしい声が、はるか遠くから頭の中に響く。

眠ってしまい……そう…


「…大丈夫雫ちゃん。あなたは何も悪くないんです。さぁ目を閉じて…。私がそのよごれもけがれも、綺麗に消し去ってあげます。少し眠っていてくださいね………」


そして私は、深い夢の中へと落ちた。



***



………夢……?


さっき居たホテルの部屋。

下着姿のメアさんが、私を胸に抱いている。

私は、ふわふわと、上のほうからそれを見ている。


何? これ?


メアさんに抱かれた私は、目を閉じて眠っている。

幽体離脱??


えっ?! メアさんがこっちを見て……笑った…?

何?

唇に、人差し指を当てて、私にウィンク。

どういうこと??


メアさんの声が聞こえる。


「おいお前。この子から離れよ。」


凄みのある声。えっ? 誰に言ったの?


「聞こえてるのだろう? く姿を現せ。ウジ虫め。」


私に?! っていうか、メアさん?! そんな乱暴な口調なんて………


途端、抱かれた私の身体が大きく痙攣を始めた。

びくん びくんと、弾かれたように暴れだす。

そして私の口から黒い煙のようなものが出てきた。

なんだ?!


その煙がメアさんの目の前で、徐々に人形を形成していき、醜悪な魔物が姿を現した。


身の丈は1メートル70ほどで、全身黒光りのする身体。体毛が一切なく、だるだるのだらしない身体。ちょうど、小太りの中年のような体型だ。股間には、腕の太さほどもある太く長い男根が天に向かってそびえ立っており、口元に下衆びた厭らしい笑みを浮かべ、ぎらぎらした大きな目で、メアさんの身体を舐め回すように見ている。

これは……いったい……?


「女。美味そうな身体のわりに威勢のいい口を聞きやがる。そこも俺の好みだがな。ひひひ。今すぐこのぶっといのをぶちこんでやるから待ってろ。ひひひ。しかし、たまんねぇ身体だなぁおい。ひひひ。」


男根からは緑色の液体が脈打つようにほとばしっている。ヨダレを垂らしながら、メアさんの胸に手を伸ばした。

メアさん!!


「触るな下衆が!」


─────!!!


魔物が形のいい胸に触ろうとした刹那、バシュッ!っと大きな音がして、魔物の手が弾けとんだ。


「ぐあぁぁぁぁぁっ!!女ぁっ!何をしたぁっ?!」


メアさんはベッドに立ち上がり、うずくまる魔物を見下ろした。

辺りは血の海。魔物は腕を押さえて転げ回っている。


「たかが低級の淫魔風情が、わらわのこの高貴な肌に触れられると思っているのか?このゴミ虫めが。汚らわしい。」

「……お前は…いったい……」

「お前だと…? 誰にそんな口をきいておるのじゃ痴れしれものが!!」

──────!!

「ぐあぁぁぁぁぁっ!!!」


またもう片方の腕が弾きとんだ。

メアさんは微動だにしていないが、背中に紅紫の陽炎が、目に見えて燃え盛っている。凄まじい威圧感。紅紫の瞳が薄闇の中、輝いている。


「わかった‼ わかりましたから!どうか命だけはっ! どうか命だけはお助けくださいませ!なんでもっ!なんでもしますからっ!」


魔物は平伏し、頭を床に擦り付けて懇願した。

メアさんは冷たい表情を一ミリも変えることなく、魔物に言った。


「…ほぅ…。この期に及んでまだ命乞いをするか。さすがゴミ虫めじゃ。よい。いったいお前は妾に何をもたらしてくれると言うのじゃ?話せ。」


魔物は光明を見たとばかりに、急いでメアさんの足元に這いつくばり、メアさんの美しい太もものあたりに、いきり立った男根をちらつかせ、言った。


「私をあなた様の下僕にお使い下さいませ。さすれば、あなた様のお気に召す時、いくらでも目くるめく快楽の夢の中へとご案内いたします。この自慢の肉棒を、あなた様のお好きなだけお使い下さいませ。私はインキュバス、ひとの欲望を喰らい、快楽の夢を司る夢魔にございます。」


下衆びた卑しい笑顔を浮かべ、そそりたつ男根をメアさんの股間へと近づけようと立ち上がった瞬間


「汚らわしいと言うとろうがゴミ虫め!」

「ぎゃぁぁぁぁっ!!!」


メアさんの背後から伸びた紅紫のオーラが、無数のトゲとなって、インキュバスを幾重にも貫いた。

串刺しになっても息のあるインキュバスはもう絶え絶えだ。


「……な…んで………」


メアさんは、すべてが凍りつくような笑みを浮かべ、言った。


「言ったであろう? お前ごとき低級の淫魔風情が、妾に指一本触れられるはずがなかろうと。ゴミ虫めが。この妾に目くるめく快楽の夢を?言うに事欠いて、快楽の夢を司る夢魔だと? よくもこの妾の前で言えたもんじゃのう? 」


メアさんのまわりのオーラが、インキュバスを串刺しにしたまま宙へと持ち上げる。

もはや恐怖以外のなにものでもない表情で、インキュバスが震えた声をあげる。


「……あ……あなた…様は……」


メアさんはもはや高笑いをしている。


「ひとつ、冥土の土産に教えてやろう。妾の名前は《ナイトメア》。闇の娘にして、夜の女王。この世すべての夢を司る大聖霊である。よくも妾の大切な雫を長らく苦しめ続けたことよ。あまつさえ、妾の存在すらも愚弄しおった。万死をもって償うといい。八つ裂きにして無限地獄へと送ってやろう。 ね。ゴミ虫。」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」


断末魔の叫びを残して、インキュバスは塵と化した。



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