第11話 雫の呪い。

「大変お似合いですよお嬢様。素晴らしいプロポーションをしておられるので、どのお洋服もぴったりです。」

「……はぁ。」


次から次へとフィッティングさせられて、歯が抜けてしまいやしないか心配になるほどのお世辞を聞かされ、いい加減神経がもたない。身分不相応過ぎでしょ?

ブラックカードの力とはいえ、こんな汚い小娘相手に大変だよなぁ。

知ってか知らずか、メアさんはにこにこと、紅茶片手にその様子を眺めてる。


「さすがクロードですね。良いものばかり揃えてくれてます。雫ちゃんはなにか気に入ったもの、あった?」

「いやぁ…どれも私にはもったいないっていうか…」

「まだそんなこと言ってる!今の雫ちゃん、たぶん街歩いてたら10人が10人とも振り向きますよ?すっごーい綺麗なんだってば!」

「…はぁ…。」


いくらメアさんの神業の賜物だとしても、中身は依然私のままだ。そんなに簡単に人間は変わんないですよ?


部屋に運び込まれたものは一通り着たり見たりしたところで、メアさんがソファからすくっと立ち上がり、陳列物を吟味し始めた。


「そうですねぇ…。これと、これとこれは要らないです。これは気に入ったから、出来ればあとでうちの方にデザイナーを寄越して下さいな。作って貰いたいので。……んー、あとは全部戴きますわ。すべてうちに送ってくださいね? あと、インテリアデザイナーの方? 天井と壁はこの柄でいきましょう。……雫ちゃん?好きな色は?」

「えっ?………青…ですかね。」


突然話を振られてびっくりした。

あまりにもメアさんがてきぱきと決めているので見惚れてた。


それにしても、メアさんはすごい。

自分の感性に絶対の自信があるんだろうな。

第一、今日ここにある服だって、私にサイズがぴったりなものばかり。クロードさんに伝えてた私のサイズがぴったりだったからだろうけれど。私は一切教えてないのにちゃんと正確に見抜いてた。だって私も計ったことないから知らなかったもん。

本物のプロフェッショナルだ。


「じゃぁ青を基調に、センスよくトータルコーディネイトしてくださいな。家具も家電もすべてね。明日一日あれば出来ますよね?」

「 はいメア様。尽力致します。」

「いいお返事ですね。お代はいくらかかっても良いです。うちの雫の気に入るようなお部屋をお願いしますね♪」


ちょっと?! すごい話になって来てない?


「あの…そこまでしていただくのは…さすがに…」

「やだ!してあげたいの!マスターにも了解もらってますー!」


やだってまた……かわいいけども…


「それに明日お店はお休みなんですよ。マスターもちょっと所用でイタリアの方に行かれますので、工事は問題ないです。」

「イタリアに?! ちょっと?」

「そうなんですよ。ちょっとあっちの教会のほうが面倒なことになっているみたいで…。まぁ雫ちゃんはまたマスターに聞いてみて下さい。」

「はぁ……」


教会…?協会かな…?

よくわからないけど、私は知らなくていいだろう。


「だから、今日はここに泊まりますよー。 一緒に寝ましょ♪」

「えっ?!」

「あら。私と寝るのは嫌ですか?くすん。」

「いえ。そうではなく……こんな高そうなスイートにってところです。」


明らか高いだろう。だって最上階で最上級スイートって言ってたもん。何万の世界ではないだろうよ。


「そんなこと気にしなくても良いです。だってマスターのブラックカードは国家予算から……ってこれ、私の口から言っても良いのかしら…?」


今、とんでもないことを口走らなかった?!

国家予算?!


「あぁぁ。まぁまたマスターから聞いて貰えますか?」

「…………いえ良いです…。」

「まぁとにかく、今夜はここに泊まりますよ。とりあえず、ディナーでも食べに行きましょう♪」


まだ食べるの?!

小籠包18個たべてましたよね?!


そして、行商人御一行を笑顔で見送り、るんるんで仕度を始めたメアさんであった。



***



「ここ、中華もステーキハウスもあるんですね!」


先ほど購入した服の中から、メアさんがディナー用にと選出した黒と白のナイトドレスを着て、 ホテルのラウンジに来た。

ほら、周囲から見られっぱなしじゃないの。目立つんだってば。

このひと、目立ちたいのか目立ちたくないのかがよく分からない。確かにモノトーンだけれども、こんだけ高レベルな美女が着れば、どんな色だって目立ってしまう。

本人は、サングラスしてたらオールOKくらいにしか思ってないとこがまた……かわいいんだよなぁ。ほんと困る。


「うーん。迷っちゃいますねー。ねーねー雫ちゃん? 中華と中華と中華。なに食べますかー?」


一ミリも迷ってないじゃないの。

私にどんな冒険をさせたいの??


「……じゃぁ…中華が、良いです。」

「本当に?! 雫ちゃん大好き!」


私のほうが歳上な気がしてきた…。



***



「あーお腹いっぱい。 もう無理。しあわせー。」


……小籠包18個食べたあとでこの中華フルコース。

さすがに私は前菜の何品かでギヴアップした。

その後、二人前すべてメアさんが食らいつくした。

凄まじい。


「デザートまだかなー。早くー。」


まだ?!

もう無理って言ってたよね?!

お腹の中にティラノサウルスでも飼ってるんじゃない?


「雫ちゃんはお酒飲めるんですか?未成年でしょうけど。」

「……飲め…ますね。強くはないはずですけど…。なんでですか?」

「飲みたいなーって思って。最近飲んでなかったし…。」

「いいですよ?お供します。」

「ほんと? じゃぁ上のバーに行きましょう♪」



***



「らからね。すっごいかわゆいのー!うひゅひゅひゅひゅ。」


ベロベロじゃん。嘘でしょ?!

まだ二杯目よ? しかもモヒートとカルア。ジュースじゃない。


「らってね。あらしが居にゃいとね。ほんっとだらしないにょ。朝らんてほんと大変なんらから~!あらしが服着せたりするんらよ~? …そこがまたかわゆいんらけろー!きゅぅぅう。」


何っ?! カウンターに突っ伏した?


「メアさん? メアさんっ?」

「ごはんまだ~? もぉぉ食べちゃうぞ~……むにゃむにゃ」


なるほど。めんどくさい。連れて帰るか。


ダイナマイトボディなわりには嘘みたいに軽いので、難なく部屋まで連れ帰ることに成功した。

ふぅ。



***



「メアさん? ドレス脱がしちゃいますよ?いいですね?」

「やん。やさしくしてねー。」

「はいはい。よいしょっと。」


────!!


服を脱がせ、キングサイズのベッドに仰向けに寝転ばせた。

この身体!

美の女神って、こんな身体なんだろうな。

女の私でも目が離せない。

綺麗。

酔って桜色に染まった肌は、見るものを吸い寄せ、逃がさない。

──触りたい…。

気持ちいいだろうな…。


でも、私は、無理だ。


ひとのそばでは決して眠れない。

幼ない頃からのあのトラウマが、酷く身体を蝕んでいるから。

女のひとでも、それは不可能だ。

誰であろうと、ひとのそばで眠ろうとすると、言い知れない絶望的な恐怖と不安で吐き気がする。実際に耐えきれなくて、何度も吐く。


だから、私はずっとひとりきりで、ホームレスを続けていた。ひとを避けて、ひとに見つからないように眠った。


だけれども

あれだけの年月を毎日毎日毎日、それが恐怖であったとしても、ずっと犯され続けていた日々は、私の身体をもっと深いところまで侵食し続けている。


そう。

欲しがるのだ。


どうしようもないくらいに、欲しくてしょうがなくなる。


あれほど嫌だったのに。

今でも、思い出すだけで震えが止まらないし、ひとの傍で横になることすら出来ないのに、あの肉が、あの精液の匂いが、欲しくて欲しくてたまらなくなる。


そうなると何も手につかない。

何も考えられない。


頭に浮かぶのは、精液がほとばしる肉棒にしゃぶりつき、それで穴という穴を貫かれ、精液まみれになりたい衝動だけ。


嫌悪感とトラウマの恐怖に吐きながら、何度も自分で慰めようとしたけど、だめだった。


満たされない。

身体は絶頂する寸前で、精神が耐えられなくなって、吐血する。

そして、その繰り返し。


私は自分が恐い。

ひとたびそうなってしまったら、理性や意思を容易く飛び越え、まわりのひとを襲ってしまうかもしれない。


だから、関わりが深くなるのを避けて、あちこちを転々としてきた。

趙大人ちょうたいれんの息子さんもそう。あのひとは私に並々ならぬ好意を持ってくれていた。

それが分かった時点で、逃げた。

身体に触られでもしたら…

もしキスでもされてしまったら…

私は自分を抑えられる自信が、ない。


私はこれからもずっと、この呪いをうけ続けていくんだ。

終わりの見えない、呪いを。




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