第10話 おかいものラプソディ。その5

「あーほんっとにおいしかったー! 中国料理をあなどってましたー。」


晴れやかな顔で、お土産に戴いた小籠包を山ほど両手に提げ、足取り軽く鼻歌歌ってるゴシック美女。

はた目から見れば、かなり浮いた感満載の彼女だが、中身を知ってる今はもう、そんな見た目すら魅力に感じる。

ってか、かわいくてしかたがない。

この、お腹がざわざわする感覚の正体が、解りかけてきたかもしれない。


「あの……メアさん? これからどうします? どうやら普通にお買い物するのは難しそうな気がしてるんですが…。」


びたっと鼻歌をやめ、あごに指を1本当てて考えこむメアさん。

やがて、おもむろにバッグの中から携帯を取り出し、どこかに電話をかけ始めた。

……???


「あぁお久しぶりですねクロード。少しお願いがあるんだけれど、聞いて貰えません? はい。 今は神戸の中華街付近なんですが、どこか近くでお部屋を借りて貰えないかしら? いろいろとお買い物をね。したいの。 えぇそうです。 私じゃなく、連れの女の子のね。サイズは、アンダー65くらいでDで58で88ほどね。コスメはいいです。私が手配するから。あぁ。家具や壁紙とかも必要ね。ひと部屋トータルコーディネイトしてもらえたら嬉しいわ。えぇ。えぇ。そうですね。あなたに任せるわ。いろいろと見繕って用意してくださいな。…5分くらい…? えぇ構いませんよ。じゃぁここで待っていますので、よろしくお願いしますね。」


なんだかものすっごい会話をしてたような……


「……あの…今のは?」

「あぁ。あのひとはコンシェルジェです。雫ちゃん、マスターからカードを預かってたでしょ?そのカード一枚につき、ひとり担当のコンシェルジェがついてるんですよ。クロードくんって男のひと。若いけれど、すっごく有能なひとなんです。」


満面の笑顔でさらっと言ってるけど、クレジットカードに? コンシェルジェ?コンシェルジュ?がついてんの? どんなカードよ?これ。

ただ黒いカードに兵士の絵が書いてて、なんか重い。金属製?


「この…黒いカードって…そんなにすごいんですか?」


メアさんはこっちを見て軽く微笑んだだけで、通りを見てる。

おもむろにすっと手を挙げると、目の前に黒塗りの長い車が到着した。リムジンってのかな?


「お迎え来ましたよ? まぁ行ってみたら分かります。」

「…は…?」


車からものものしい正装の運転手が降りてきて、長い車の後ろのドアを仰々しく開けてくれた。


「お待たせ致しまして大変申し訳ありませんメア様。どうぞ。」


…いやいや。電話切ってから5分と待ってないけど?!


「ありがとう。……さぁ雫ちゃん。乗って乗ってー♪」

「はっ はいっ…。」


なんだか分かんないうちに、ものすごい展開になだれて行ってる気が……。

どこに行くの?!



****



「お疲れ様でしたメア様。お連れ様。どうぞ、お荷物承ります。」

「ありがとう。」


到着したのは、港の突堤にある綺麗なホテル。

昔から遠目に憧れてた5つ星の有名なホテルだ。ってか、リムジンで5分も走ってないし。びっくりするわ。


エントランスをくぐると、すぐに支配人とホテルコンシェルジュが出てきて、くすぐったくなるような手厚い扱いを受けた。私、ホームレスですよ?


「お部屋は当館の最上級スイートをご用意させていただいております。どうぞこちらへ。」


チェックインの手続きも無しに、メアさんは堂々と支配人の後ろをずんずん進んでいく。

私はうつ向いてそんなメアさんの後ろをついていくのが精一杯。

こんなとこ…私には不相応だ。なんだか申し訳ない…。

そんな私を知ってか、メアさんが耳打ちしてくる。


「雫ちゃん?堂々としてていいんですよ? あなたは今このホテルにとって、超が付くほどのVIPなんですから。」

「……そんな…。慣れないですよ?! この待遇…すごい……。」


メアさんは私の手を繋いで、にっこり笑った。


「私も居ますよ?大丈夫です。今あなたはお姫様なんですから。」


と、繋いだ手を無邪気に振りながら一緒に歩いた。



***



「こちらになります。どうかおくつろぎ下さいませ。ご用がございましたら、表に控えておりますコンシェルジュに何なりとお申し付け下さい。」


到着した部屋は最上階の角部屋。


……………すっごい…………。


まるで、ホテルのロビー丸ままくらいの広さ。

バルコニー?にはプールまで。

もうこれは平屋の高級な家だわ。

部屋も何個あるの??

夜景が…すっごい!


「ふふ。気に入りましたか?」


メアさんがさっそくふかふかのソファに座って、サービスの紅茶に口をつけてる。


「……いいんですか…私なんかこんなところに…?」


メアさんが膨れた。えっ?


「私なんかなんて言わないの! あなただから連れて来たんです!」

「……いや…さすがにホームレスには身分が…」

「もう今はホームレスじゃないもん! 私の妹だもんっ!」

「……メアさん………。ありがとう…。」


なんか、また涙出てきた。

こんな汚い私に、こんなことまで…


「そろそろ呼びましょうか。いいおかいものにしますよー♪」

「呼ぶ? 誰を? おかいもの? ここで?」

「さっきクロードに頼みましたからね。いろいろと用意してくれてますよー。彼のセンスが見ものです♪」


そうしてメアさんは、備え付けの電話の受話器をあげた。


「来てるものからお部屋に通してくださいな。」


待つこと数秒。

ノックの音がして、たくさんのスーツの軍団が様々な品々を部屋に運び込みだした。

みるみるうちに部屋に衣服や家電、壁紙にいたるまで並べられ、まるで総合型高級デパートと化した。


メアさんは私にかわいくウィンクをして、にっこり微笑んだ。


「これが、あなたの持ってるブラックカードの威力ですよ? 理解出来ました? そのカードがあれば、フェラガモでもドルチェでもティファニーでも貸し切りに出来るし、なんだったらスペースシャトルすら買えます♪ 雫ちゃんが欲しいものあったら、言ってくださいね?」


それから、ただただ呆然と、各商品のプレゼンテーションを聞き続けることになった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る