第9話 おかいものラプソディ。その4


「これがしゃおろんぽー?」

「そうですよ。しゃおろんぽー。はい。」

「あちあち。」

「気をつけて下さい。かじると中から熱いスープがこぼれてきますので。」

「へぇぇぇ。ふーふーふー。」

「ふふふ。」


中華街の真ん中辺りにある小さなお店。

ここは以前、1年ほどアルバイトでお世話になったお店だ。

店主のちょうさんと26歳の息子さんが二人で営んでいる。


「おいしーい!! なにこれ?! びっくりするほど美味しいんですけど?!」

「でしょう? この中華街ではいちばん人気のお店なんですよ。私も1年ほどここで勤めてたんです。」

「じゃぁ雫ちゃんなら作れちゃうってことですか? すっごーい! 今度おうちで作って下さい!!」

「ふふ。いいですよ。 いつでも作ります。」

「やっふぁー!!」


口いっぱいに小籠包をほおばって、小躍りしてるメアさん。

ちょっと待って。6つぜんぶ食べちゃったの?

1個けっこうな大きさあるのよ? 私でも2個食べたらお腹いっぱいになるのに。


「おー。いーい食いっぷりだなー姐さん。今日は俺のおごりだ。いっぱい食ってくれよ。……しかし、どこの女優さんが来たのかと思ったら雫ちゃんだもんな。驚いたよ。ほんとに女優になったのかい?」


奥から嬉しそうに趙さんが出てきた。


趙大人ちょうたいれん。すみません。ご馳走になりまして…。こんな…貸し切りにまでしていただいて…申し訳ありません。」

「何言ってんだよ雫ちゃん。そんな他人行儀なこと言うなよ。淋しいじゃねーか。そんなことより、どうだ?もう一度帰って来ねーか?うちの息子も喜ぶし、雫ちゃん居なくなってから売上だってガタ落ちだったんだぜ?客だって、雫ちゃんはどこだ?辞めたのか?ってみんなうるさくってさ。ほんと、いつだって帰って来ていいんだからな。」

「大人……。ありがとうございます。でも今はもう仕事が決まっていまして……。」

「そっかー。残念だなぁ。まっ 時々はこうして顔を見せに来てくれよ。……ところでその姐さんは雫ちゃんのお姉ちゃんかい?」


追加の小籠包を口にいっぱい詰めこんだメアさんが、突然顔をあげた。


「お姉ちゃんっ?! そ そうれふっ うちの妹がお世話にっておりまふっ」


めっ メアさん?!

趙さんがにこやかに


「そうかそうか。やっぱりなぁ。雫ちゃんも美人で評判だったんだけども、お姉ちゃんも負けず劣らず美人さんだなぁ。美人姉妹とはこのことだ。お姉ちゃんはやっぱり女優さんなのかい?」

「美容関係のお仕事をしておりまして…うちの雫は、そんなに評判だったんですか? その…お話を聞いてると、看板娘的な…。」


趙さんが一転、得意気に


「おうよ! 無愛想でにこりとも笑わねーんだけどな。この界隈では美人で働き者の店員だってほんとに評判だったんだ。観光客でもリピーターになってくれるほどさ。辞めるって言った時はほんとみんな淋しがってたんだよ? ほんとはずーっと居てもらって、うちの息子の嫁になってもらえたら…なんて思ってたんだけどよー。」

「あらあら。そうだったんですねー。雫がねー。ふふふ。」


メアさん、満面の笑顔で小籠包にかじりつく。

ってか、それ何個目ですか?!

軽くなんか食べて…の域をはるかに超えちゃってるよね?


「でもなんだ。ちゃんと笑っててなんか安心したよ。一時はほんとに笑えないのかと思って心配だったんだよ?」

「………私は……笑ってますか…?」

「あぁ。笑ってるよ。お姉ちゃんを見てる顔が、おだやかだ。家族って、いいもんだろ?」


趙さんは本当に嬉しそうにメアさんを見て、私の肩をぽんっと叩いた。

相変わらずメアさんは小籠包に夢中でかじりついてる。

口紅がすっかり落ちて、口のまわりは豚の脂でギトギトだ。

私はテーブルに備え付けてるウェットティッシュで、メアさんの口を拭いてやりながら、趙さんに笑って言った。


「はい。素敵です。」


そう口にしただけで

少しだけ世界が綺麗に見えた。



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