第9話 おかいものラプソディ。その4
「これがしゃおろんぽー?」
「そうですよ。しゃおろんぽー。はい。」
「あちあち。」
「気をつけて下さい。かじると中から熱いスープがこぼれてきますので。」
「へぇぇぇ。ふーふーふー。」
「ふふふ。」
中華街の真ん中辺りにある小さなお店。
ここは以前、1年ほどアルバイトでお世話になったお店だ。
店主の
「おいしーい!! なにこれ?! びっくりするほど美味しいんですけど?!」
「でしょう? この中華街ではいちばん人気のお店なんですよ。私も1年ほどここで勤めてたんです。」
「じゃぁ雫ちゃんなら作れちゃうってことですか? すっごーい! 今度おうちで作って下さい!!」
「ふふ。いいですよ。 いつでも作ります。」
「やっふぁー!!」
口いっぱいに小籠包をほおばって、小躍りしてるメアさん。
ちょっと待って。6つぜんぶ食べちゃったの?
1個けっこうな大きさあるのよ? 私でも2個食べたらお腹いっぱいになるのに。
「おー。いーい食いっぷりだなー姐さん。今日は俺のおごりだ。いっぱい食ってくれよ。……しかし、どこの女優さんが来たのかと思ったら雫ちゃんだもんな。驚いたよ。ほんとに女優になったのかい?」
奥から嬉しそうに趙さんが出てきた。
「
「何言ってんだよ雫ちゃん。そんな他人行儀なこと言うなよ。淋しいじゃねーか。そんなことより、どうだ?もう一度帰って来ねーか?うちの息子も喜ぶし、雫ちゃん居なくなってから売上だってガタ落ちだったんだぜ?客だって、雫ちゃんはどこだ?辞めたのか?ってみんなうるさくってさ。ほんと、いつだって帰って来ていいんだからな。」
「大人……。ありがとうございます。でも今はもう仕事が決まっていまして……。」
「そっかー。残念だなぁ。まっ 時々はこうして顔を見せに来てくれよ。……ところでその姐さんは雫ちゃんのお姉ちゃんかい?」
追加の小籠包を口にいっぱい詰めこんだメアさんが、突然顔をあげた。
「お姉ちゃんっ?! そ そうれふっ うちの妹がお世話にっておりまふっ」
めっ メアさん?!
趙さんがにこやかに
「そうかそうか。やっぱりなぁ。雫ちゃんも美人で評判だったんだけども、お姉ちゃんも負けず劣らず美人さんだなぁ。美人姉妹とはこのことだ。お姉ちゃんはやっぱり女優さんなのかい?」
「美容関係のお仕事をしておりまして…うちの雫は、そんなに評判だったんですか? その…お話を聞いてると、看板娘的な…。」
趙さんが一転、得意気に
「おうよ! 無愛想でにこりとも笑わねーんだけどな。この界隈では美人で働き者の店員だってほんとに評判だったんだ。観光客でもリピーターになってくれるほどさ。辞めるって言った時はほんとみんな淋しがってたんだよ? ほんとはずーっと居てもらって、うちの息子の嫁になってもらえたら…なんて思ってたんだけどよー。」
「あらあら。そうだったんですねー。雫がねー。ふふふ。」
メアさん、満面の笑顔で小籠包にかじりつく。
ってか、それ何個目ですか?!
軽くなんか食べて…の域をはるかに超えちゃってるよね?
「でもなんだ。ちゃんと笑っててなんか安心したよ。一時はほんとに笑えないのかと思って心配だったんだよ?」
「………私は……笑ってますか…?」
「あぁ。笑ってるよ。お姉ちゃんを見てる顔が、おだやかだ。家族って、いいもんだろ?」
趙さんは本当に嬉しそうにメアさんを見て、私の肩をぽんっと叩いた。
相変わらずメアさんは小籠包に夢中でかじりついてる。
口紅がすっかり落ちて、口のまわりは豚の脂でギトギトだ。
私はテーブルに備え付けてるウェットティッシュで、メアさんの口を拭いてやりながら、趙さんに笑って言った。
「はい。素敵です。」
そう口にしただけで
少しだけ世界が綺麗に見えた。
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