第8話 おかいものラプソディ。その3


「あはははははは! ちょっ ちょっと待って雫ちゃん! もぉだめっ! お腹いたいっ!」


絶世の美女が、その容姿に不釣り合いなバカ笑いしながら、お腹を押さえて立ち止まった。両目には涙すら浮かんでる。

手を牽いて先導していた私は、急減速を余儀なくされて、思わずつんのめってしまった。


「…っと。メアさん大丈夫ですか? 少し速すぎましたね。ごめんなさい。」


メアさんはお腹を押さえてうずくまって、大きく首をぶるぶると振りながら


「…いいえ!違うの! もぉぉ すっごい楽しい! 鬼ごっこみたい!あははははは!」


あまりにも無邪気に笑うものだから、私もついつい笑ってしまう。


「ふふ……ふふふふふ。 メアさん泣いてる。ふふふふふ。」

「……雫ちゃん。やっぱりあなたは笑顔のほうが素敵です。 すっごく綺麗。」

「えっ?!」


あわててうつ向く。顔が熱い。

不意にそんなこと言われたら…どんな顔していいのか分かんなくなる…


「……もぅ。うつ向かなくていいの。 顔あげて? あなたは本当に綺麗なんだからもっと誇りなさい。」


うつ向いた私の頬を、メアさんがやさしく両手であげる。

恥ずかしい…とか… 私、そんなこと想ったこともなかったのに……

今はとても、恥ずかしくてメアさんをまっすぐに見れない。どうしよう……


「きゅるるるる。」

「えっ?!」


思わず声が出た。なんだ今のは?

メアさんを見ると……耳まで真っ赤…


「……お腹……空いたんですか…?」


おそるおそる聞いてみた ら。


「………………はい。」


微かに聞き取れるくらいのか細い声で、ひかえめな肯定。

頭のてっぺんから湯気が出るほど赤くなってる。

かわいい!


「…メアさんって……天然にすっごくかわいいですね。ふふふ。外見からはとても想像出来ない。素敵なのはメアさんのほうですよ。ほんと、大好きです。」

「へっ?! ヤだもぅ! 反対になっちゃってるじゃない。 ……でも、大好きだなんて言ってくれて嬉しいです。ありがとう雫ちゃん。本当に。」


私、このひとのこと知りたい。

黒い翼が生えてても、まがまがしいドレスばっかり着ていても、私にはこのひとが死神や化け物には決して見えない。だって、こんなにもかわいいひとなんだもの。

すぐにあわてふためくし、すぐに顔に出ちゃうし、すぐに泣いちゃうし、今だって、私なんかの言葉ですぐにこんなに真っ赤っかになってる。

愛しい。

愛しくてしょうがない。

こんな気持ち……こんな感覚…初めて…。


「……あの……ごはん…食べませんか? その…私の為に必要なもの、買ってもいいのなら…メアさんになにか美味しいもの、食べさせてあげたい…です。………ダメですか?」


ふぎゅっ。

突然、メアさんの胸に顔が押しつけられる。

キツいハグ。


「なっ?! どうしたんですかっ?」

「えーん!雫ちゃんなんていい子なの?! もぉぉぉ! そんなこと気にしなくていいの! えーん! 雫ちゃんがやさしすぎるよー! クソ神様聞いてるの?! クソったれ‼ こんないい子なんであんな酷い目に遭わせたの! Testa di cazzo?!なんて不能なの Vaffanculo!クソくらえ


…後半、何言ってんだか分かんなかったけど、神様にケンカ売ってるんだってのは分かったわ。


「……そんな……私は大丈夫です。元々、なにも持っていないんですから…。それに、雨風がしのげる家に、あたたかい布団と、お風呂まで、何から何までお世話になってしまって、本当に申し訳なくて…。 本当、私は大丈夫ですから、なにか食べに行きましょう。……って…えぇっ?!」


もはや子供のように号泣して、嗚咽し始めた美女は、声にならない声をあげ、私にしがみつきながら首をふるふると振り回してる。


「えぐっ…いい…ひっく…いいんですってば…えっえっ…私は…ひっく…いいの!…えーん!…しっ…えぐっ…雫…ちゃんの…ひっく…必要なもの…ひっく…買ってあげたいのっ!…えーん!!」


…えーと。どうしたら??

あまりにも対人スキルが足りなさ過ぎて、どう言えば分かって貰えるのか分からない。こんなに感情をぶつけられたことなんて、ない。えーっと。えーと。


「分かりました! じゃぁ先になにかかるーく食べてから、私のものを買って下さい! 近くに美味しい小籠包屋さんがあるんです! まずはそれから…」

「…しゃおろんぽー?! 美味しそうっ!!」


食いついた! このまま強引に連れていこう。


「え えぇ。小籠包です! 肉まんの中から熱いスープが出てくるあれです! 美味しいですよー?!」

「ぎゅるるるるー。しゃおろんぽー!! 食べたーい!」

「はいっ。行きましょうしゃおろんぽー!!」

「わーい!!」


かくして、とりあえず小籠包を買いに行くことに。

中華街はほんの2ブロック先だ。

私はメアさんの手を牽いて、中華街へと走った。





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