第7話 おかいものラプソディ。その2



「こうやってお買い物に出かけるなんて、ほんと久しぶりです。うきうきしちゃいますね♪」


店を出て数分で国道に出る。


相変わらずメアさんは私の腕に絡みつき、足どり軽く、スキップをするように風を切っていく。


しかし、突然前触れもなくその足が止まり、私はつんのめりそうになった。

そんな彼女が口を開いた。


「そうそう雫ちゃん?私、言っておかないといけないことがあるんです。」

「はい。何ですか?」

「私、これでもけっこう有名人なんです。」

「でしょうね。分かります。」

「だから…本当は普通にお買い物もあまりしたことがないんですよね。」

「そうでしょうね。とても目立ちますし。」

「そうなんです!なぜだかすぐに私だと分かってしまうみたいで…。」

「……はぁ。…そうでしょうね。」

「だから、今日はひみつ道具を用意しましたー♪」

「………そうですか。何を…?」

「じゃじゃーん!サングラス~♪」

「………………はい?」

「サングラスですよー。サングラスー。これさえかけていればもぉぉ。ばっちりです!」

「…………………はぁ…。…なるほど…。」


……こんなに綺麗でかっこいいひとなのに……


中身が外見にまったくついていってないんだな

……なんか愛しくなってきた…。

私が護らなければ。


「はい♪雫ちゃんにもおそろいを用意しましたよ!どうぞー!」

「…ありがとうございます。」

「ふふっ。姉妹みたいですね!じゃぁ先を急ぎましょうか♪」


夕暮れの街に、彼女の少し調子の外れた鼻歌が響く。

私は、少し彼女よりも前を行くように、歩くのを早めた。



***



「いらっしゃいませ。」


広い店内に、凛とした声が響く。

清廉された店員の対応。

一見して、私なんかが入ってはいけない場所だと分かる。


私たちが入ると、店内にいた他の客から、少しのざわめきが起こる。

そりゃぁそうだろう。

時代感すら無視してる、全身黒ずくめのゴシック様式な二人だ。身構えないでいる方がどうかしているだろう。

そんな中、メアさんは躊躇なく店の奥まで進み、一番偉いひとらしき人に声をかけた。


「あなたがオーナーですか?」


頭からつま先まで黒い死神美女に、いきなり声をかけられたオーナーらしき人は、少し佇まいを直しただけで、にっこりと微笑んで言った。


「私がオーナーでございます芽愛メア様。 本日は当店をお選びいただき誠に光栄にございます。どうかなんなりとお申し付け下さいませ。」


………バレてるじゃん。



──!!


店内に短く悲鳴が上がる。

声の方を振り向くと、どうやら先に居た上品な感じの女のひと二人連れだった。

すぐに上気した顔で二人がメアさんに詰め寄る。


「もしかして、Miracolo・Neroミラコロ・ネーロのメアさんですか?!」


ミラコロ・ネーロ?

なんだか分からないけどバレバレじゃないの。

メアさんは少し眉間にシワを寄せてから、にっこりと二人に微笑んで言った。


Buona sera.こんばんわCome staごきげんいかが? あのお店は二年前に閉めたんですのよ。ごめんなさいね。」


その言葉に、二人は手を叩いて飛び跳ねた。

それはまわりの客にも伝染して、店内が歓声で溢れる。


急いでケータイをかけ始めるひと。

写真を撮り始めるひと。

動画を撮るひと。


すごい反応。芸能人並みだ。


最初の二人もケータイを手に、どうやら動画を回しながら、興奮ぎみにメアさんに近寄る。


「やっぱり芽愛さんでしたか! 来日されてらしたんですのね?! 今はどちらでお仕事を? あなたの大ファンは日本にもたくさん居て、みなさんあなたの復帰を心待ちにしているんですよ?この店内に居るみなさんも、あなたに出逢えたことをこんなに喜んでいます。」


そういえば、カリスマだって言ってたもんな。

あれは本当なんだ。


にしても……すごい騒ぎになってきた。

店の外から中を覗きこんでるひとたちもいる。きっとケータイで拡散されたんだろう。

このままじゃちょっと危ないかも。

私が何とかしないと……。


「メアさん? 出ましょう。」


私は、客に囲まれ身動きがとれなくなりつつあるメアさんの手を取って、強引に店の外へ出た。


外もすごい騒ぎ。

次から次へ、ギャラリーがギャラリーを呼んで、 店の外にどんどん人が集まりだしていた。このまま人目につく大通りを逃げたら余計拡大してしまうだろう。


「メアさん!少し頑張って私についてきて下さいね!」

「えっ? えぇ!分かりました!」


この界隈なら私の庭だ。

今日までこの街でホームレスをしていたんだ。どんな路地でも知っている。


メアさんの手を牽いて、すぐに向かいのビルの間の狭い路地に入り込む。

この辺は小さな商業ビルが密集している。

ひとがやっと通れるくらいの路地がたくさんあるんだ。

後ろから追いかけて来る声がどんどん遠くなっていく。

マキシワンピじゃぁ走りにくいけれど、贅沢は言えない。

それより、メアさんのゴシックドレスはもっと走りづらいだろう。

一心に逃げていたが、メアさんが気になって一度振り返った。すると


「あははは!」


笑っていた。

さも楽しげに、無邪気な笑顔で、美しい黒い髪をなびかせて。


私もなんだかおかしくなって、笑った。


すっかり暗くなった夜の街を、ふたりで、手を繋いで、

笑いながら、走った。

こんなに声を出して笑ったのなんて何年ぶり?

ううん。なかったかも。

楽しい。

こんな気持ち、久しぶり。

メアさん。ありがとう。







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