第6話 おかいものラプソディ。その1


「やぁ。終わったみたいですね。」


しばらく、メアさんの大きな谷間にたっぷりと涙を染み込ませたあと、マスターがやって来た。


「マスター。 柴木様をおひとりにお任せしてしまいましてすみませんでした。」


メアさんが私を胸に抱いたまま礼をする。

そうか。予約のお客さんが居たんだ。わたしなんかのために、メアさんの手を独り占めしてしまってたんだな。申し訳ない。


「雫?大丈夫ですよ?柴木様は元々僕の担当なんです。君が気を遣うことはありませんよ。」


そうだった。心を読めるんだった。

でも、前より嫌じゃない。

マスターなら、なんでも許せる気がする。

メアさんのふかふかの胸の中で、なんだかじんわり心地いいあたたかさが身体の奥から来てる。

なんかこう、お腹の下からじわじわーっと…なんて言うかな…?……じっとしていられない。そんな不思議な感じ。

この気持ちは、なんなんだろう…?


「マスター? 雫ちゃん、見てあげて下さい♪」


突然、メアさんが私をくるっとマスターのほうへ向けた。

やだ!

えっ?…恥ずか…しいの…かな…?


おどおどと、マスターを見る。

マスターはにっこり笑って


「すごく綺麗ですよ雫。メアがベタ惚れしていたのも頷けます。とても素敵ですね。メア。ありがとう。相変わらずいい腕です。」


メアさんは、私ごとふるふると首を大きく振って


「マスター! 私は何もしていないです。雫ちゃんがすごいだけです。そのような賛辞はどうか、雫ちゃんだけにお願いします!」


メアさん……。

やだ。また涙が。


「ははは。本当に君は雫のことが好きなんでしょうね。そんなに他人に一生懸命なメアは初めてです。良かったですね雫。」


メアさんが私を後ろから抱きしめ、後ろ頭にキスをした。

あったかい。


姉妹が居たら、こんな感じなのかな?


お腹の下のじわじわが強く苦しくなってきた。

胸がすごく熱い。

なんかまた泣きそう。

私、ほんとに変だ。


マスターが微笑んで見ている。

そして、ひとつうなずいて、口を開いた。


「メア?今日はもう店じまいにしますので、雫を連れて、彼女の生活に必要なものを揃えてあげて下さい。」

「きゃ!本当ですか?!雫ちゃんとデート出来る!やったー!マスター!Grazie di cuore心から感謝します!!」


飛びはねて喜ぶメアさん。かわいい。

マスターは仰々しく胸に手を当てて


Pregoどういたしまして♪」


と、嬉しそうに微笑んだ。



***



「雫ちゃん?どうですか?」



るんるんとしたメアさんに連れられやって来たのは、メアさん専用のクローゼット。

さっきからメアさんは、着の身着のままだった私のために、自分の服をあれこれと鼻歌混じりにフィッティングしている。

だけど………。


「……胸がゆるゆるで、ウェストが少しキツいです…。」

「あらごめんなさい。もう少しゆったりしたもの、探してみますね。ふん♪ふん♪ふん♪」


……無いんじゃないかな。


どうやらメアさんの服は、基本的に黒のドレス?チックなものが多い。

っていうか、

ゴシックなドレスしか見当たらない。

まるで19世紀の魔女のような。

バッグやコサージュ、ちいさな小物に至るまですべて黒1色。


このひと…なんだろう……

正体は死神かなんかなんだろうか…?

そういえば、マスターが僕たちは化け物だって言ってたし。

黒い綺麗な翼見ちゃったし。

まぁ、そのおかげで知り合えた訳だけど。


っていうか、

こんなドレスが普段着?

他に服、見当たんない。

休みの日とか、寝るときとか、どうしてるんだろ?

まさか、裸?


「雫ちゃん。これならどうですか?少しおとなしくなっちゃって物足りないけれど…」

「あぁ。マキシなら…………え?」


喪服?!…じゃないか。

胸に赤のレースがあしらってある……ほとんど胸、隠してなくない?

それにこのウェストまで伸びたスリット……パンツ見えるよね…?


「はい♪着せますねー。よいしょっ。きゃぁ!やっぱりかわいい雫ちゃん!最高!じゅるっ。あっヨダレがっ。」


メアさんは真っ赤な顔して大喜び。

身長も手足の長さもメアさんと一緒くらいなので、丈は問題は、ない。

でも……


「……あの…。胸、ぶがぶかで乳首見えてます…。スリットも、パンツはいてないのでどうだか分かりませんが、その…見えますね。私はこれで歩いても、特になにも問題はないですが、メアさんにご迷惑おかけするんじゃないかと…。」


と、言った刹那、メアさんに抱きしめられる。むぎゅ。


「雫ちゃん! なんて優しいの?自分の心配よりも私のことを先に思ってくれるなんて……。大丈夫です! 雫ちゃんのおっぱい、私が責任を持って底上げしちゃいます!!」


………なんだろう。なんだか、自分のDカップに自信を無くして来た…。おかしいなぁ。私、けっこう大きさも形も自信があったんだけど…。


「少しだけ我慢しててくださいね。じゃぁおっぱいを…よいしょっ!…よっ…えいっ…やぁっ…んしょっ!…………」


そして

どこをどうやればそうなるのかまったく分からない、メアさんの神がかりなオペレーションの結果、私の胸は見事にHカップに進化を遂げ、吸血鬼のナイトウェアのようなマキシワンピを、さも私にあつらえたかの様に着こなすことが出来た。


「ほらかわいい♪ 雫ちゃんセクシーですよぉ! ほんと、食べちゃいたい!じゅるっ。」


……本気じゃないだろうか…。

紅紫の綺麗なメアさんの瞳が、一瞬艶やかな緋色にきらめいた。

それか…同性愛?

まぁ、メアさんならこの身体くらい、いくら差し出してもいいな。

だって、こんなに綺麗なんだもの。

私じゃとても敵わない。


「そんなことないですよ雫。」


不意に後ろから声が。

マスターだ。


「マスター。素敵でしょう?雫ちゃん。もぅ、こんなに可能性を秘めてる人類は久しぶりです!すっごい嬉しい!」


人類は…って…。

どんどんメアさんのイメージが人間離れしていく。


「…ふふ。雫にはまたゆっくりと説明しますね。とりあえずこれ。これを渡しておきます。」


カード? 黒い…。

にこやかにマスターが続けた。


「店のクレジットカードですよ。一応雫に預けておきます。それで大抵のものは買えると思いますので、好きなものをなんでも買うといいです。」

「…はい。私はクレジットカードを持ったことがないのでよく分からないですが、お預かりします。何から何まで本当に申し訳ありません。必ずお返ししますので。」


深く礼をした。

本当、見ず知らずの他人にここまでして貰っているのだ。

必ず借りは返さなきゃ。


「本当にいい子ですね雫は。借りだなんて思わないでいいですよ?」


頭をくしゃっと撫でられる。

あたたかい手。

そんな私をメアさんが羨ましそうに見ている。かわいい。

知ってか知らずか、マスターはメアさんに向き直って


「メア?雫をよろしくお願いしますね。君もおいで。」


と、両手を軽く拡げると、待ってましたとばかりにメアさんがマスターの腕の中に飛び込む。

しっぽがパタパタと見える気がする。


「はいっ!マスター!! 私が命に代えても雫ちゃんを守り抜きますっ!!」


…生命の危険が伴うのかこの買い物は?


ひとしきりすりすりすりすりと、マスターの胸にほおずり終えたゴシック死神美女は、私に腕を絡め、ごきげんに私を引きずって歩き出した。


「いいお買い物にしますよー♪」


そのはりきりぶりに、一抹の不安が過ったが、あまりにもかわいいので黙ってついて行くことにした。




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