第5話 魔法。


「雫ちゃん? 入りますねー。」

「どっ どうぞー。」



流されるままお風呂に来てしまった。


準備があるからと、メアさんはるんるんしながらバタバタと行ってしまってから、私は軽く身体を流して、ホットタブに浸かっていた。


すごく嬉しそうに全裸の彼女が登場。


ものすっごい身体!

私もDカップはあるんだけど……Hくらい…? いや。もっとかも。

腰、細!

内臓入ってますか?


私、

けっこうスタイルいいって自負出来るほどの身体はしてると思っていたけど、こんな身体見せられたんじゃ……湯槽から出られない…。


「いい子で待っててくれたんですねー。 ほら! 最新のエステ機器を用意しましたよー♪ぜんぶ私のオリジナルモデル♪」


こ…れは………。


なんだかガンの手術でも始まりそうな機器を、両手いっぱいに抱えてやって来た女神ヴィーナスのような美女。るんるんだ。


「これがオゾン発生機で、これがCo2で、こっちはスキンスクライバーで……」

「……えーと…分かんないです…。」


説明がとんでもなさそうなので早めにギブアップしておいた。


「ですよねー。でも大丈夫! 今からこれらと私の手を駆使して、雫ちゃんをジュリア=ハインツより美人さんにしてあげます!」

「じゅっ ジュリア=ハインツ? ハリウッド女優…でした…よね?」

「そうですよ? デビュー前から私のお得意様で、友人なんです。」


……………ハリウッドNo.1女優が?嘘でしょ?


「他にも、エルザ=フォーダム、シンシア=マルロイ、セリーヌ=ジョンソン、エマ=ウェスト、まだまだ…いっぱい私のお得意様です♪

詳しくは、施術カルテ見てみて下さいね!」


…………………何者?


「……わたしなんか…洗ってる場合じゃ…」

「私が洗ってあげたいの! 雫ちゃん、本当に綺麗ですよ? 私、綺麗なものが綺麗でいないのって、我慢出来ないんです!!」


……肩で息してる。

凄まじい情熱は伝わったわ。


「じゃぁ手始めに軽ーく、スキンスクライバーで汚れを落としましょっかー♪ 寝ててくださいねー♪ ふん♪ふん♪ふーん♪」



***



「…私のエステの真骨頂は、本来バリニーズにあります! そうっ!オールハンド! ふふふふー。やっぱり雫ちゃんのお肌ってたまんないですー! 食べちゃいたいですー!すっべすべー。じゅるっ。 あっ。ヨダレ出ちゃった。」


……この調子であれから

撫でられ擦られ揉みしだかれ、ぐわんぐわんぎゅいんぎゅいん二時間は経つ。

言動もだんだんと、何かのマニアックス感を帯びてきた。やっぱり危ないひとなんじゃ……。


「はーい♪ ずいぶんと体型が変わりましたねー。それでは、メイクに移りましょー♪」


まだ?!


「…あの…さすがにメイクなんて、私には似合わないん……」

「うっさい!! この私が綺麗なんだって言ってるでしょ! つべこべ言わない!! 過去にジュリアにしか綺麗って言ったことないんだからね!!あなた、黙って、ついてくる。OK?」

「お…OK…。」


…うっさい?

人格が変わってる?


でもやっとお風呂場からは出られる。

服を着れることがこんなに待ち遠しいなんて。



***



ここがお店か……。意外と広い。


裏口から入ったけれど、資材倉庫があって、そこを抜けるとシャンプー台がずらりと並ぶ店内に。


なんだか分からない機器が壁や天井から生えていたり、酸素ボンベ?みたいなものが置いてあったり。


待ち合いスペースもブースで仕切られていて、座り心地の良さそうなふかふかの一人がけソファ。ひじ掛けには10インチくらいのモニターとカバーオールタイプのヘッドフォン。

あっ。このソファ。エアーマッサージ機なんだ。

パーソナルスペースにすごく細やかな配慮をしてあるのね。


向かい側はミニバーになってる。

けっこう本格的なお酒も用意してるみたい。

すごい。カウンターの下はワインセラーなんだ。

セラーが地下に埋まってて、電動でボトルが上がって来るのね。私はホテルでいろいろと学んで知っているけれど、マスターはお酒、好きなのかもしれないな。


シャンプー台の向かい側は、本格的なメイクスペース。

エステ台も物々しいのが鎮座している。

こっちはメアさんのエリアね。


こっちもいろんな機械が置かれているけど、ほんと。ハリウッド女優が来てるっていうのも、嘘じゃなさそう。


「雫ちゃん?こっちにかけてー。」


メアさんはすっかり臨戦態勢みたいだ。

観念しよう。


「目を閉じていて下さい。10分で終わります。」


10分? それくらいでいいの?

今までが時間すごかったから、覚悟はしてたんだけど…


「今から魔法を見せてあげます。目を開けたら、目の前に居るのが本当の雫ちゃんですよ。」


魔法なんて……

私は私。昔と変わらない、腐って汚れた19歳の、私だ。


「それではAndiamoいっちゃおう♪」



***



「…ずくちゃん? ……雫ちゃん?」

「……ん?………あ。寝ちゃってました…。あまりに気持ちよかったので。」


正面で私を見ていたメアさんにお辞儀をした。

メアさんもお辞儀を返す。


………ん?

メアさんじゃない……誰……?


「ふふふ♪ はじめまして雫ちゃん。それが本当のあなたよ?」


お辞儀をしたメアさんの後ろからメアさんが…

……鏡だった!


えっ。ええぇ? ええぇぇぇ!?


メアさんじゃなくて、私?!


えっ! ほっぺたつねってる!

私!!


なんて……なんて…

なんて綺麗なの?!


信じられない!!


たかだかメイクだと思っていた。

そんなに変わるはずがないと思っていた。


19年の月日のいやらしい汚れた私は、いったいどこに消えたの??


やだ。

やだ。

涙が……


流したくない。

消したくない。

これが夢でないのなら

消えないで!


「雫ちゃん? すっぴんって日本語、知ってますか?

すごくいい言葉ですよね。

英語にも、イタリア語にも、フランス語にだって、そんな言葉、ないんですよ。

メイクをしない、なんにも飾らない、“素顔のままが美人”のひとに贈られる言葉なんですよね。

私は、何もしてないんです。

ほら、ファンデーションやシャドウや口紅だって、なんにもつけてないんですよ?

ただ、あなたが元々持っているお肌や骨格のかたちや色素を、最高の状態で引き出してあげただけ。

見て? これがあなたの本当の姿。

19年間ずっと頑張って来た雫ちゃん。

こんな綺麗な女の子、世界に何人も居ないです。

私が保障してあげます。

あなたは、世界でたったひとりの綺麗な女の子。

忘れないで。」


……嬉しい?

……嬉しいの?

この涙は、嬉しいからなの…?


私が、綺麗だって。


綺麗だって…………


嬉しい!!



「……ありがとうございます…。ありがとう…ありがとう…」


メアさんの胸にしがみついて泣きじゃくった。

本当、ここに来てから、私はおかしい。


胸がひどくあたたかい。




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