第4話 交渉成立。


「暮らす…? 私が? あなたたちと…?」


泣き慣れてないせいか、泣きながら上手く言葉に出来ない。

なんとかしゃくりながら呟いたけれど、伝わってるのか分からない。

マスターは、そんな私を知っているのか、細やかに説明を始めてくれた。


「雫にはどうやら帰る場所がないのですね? 今日食べることさえ不確かだ。

家を追い出されてからはずっと、公園を転々と野宿しながらやって来たんですよね?幸いにも僕たちは、住み込みで働いてくれる優秀なハウスキーパーを募集中なんです。店の受付や経理もしてもらえるならありがたいです。なんせ僕もメアも、普通に働いたことがなかったものですから、そういうところにまったく疎いんですよ。あんまりやりっぱなしなので、今年の頭に、税務署にひどくおこられちゃいました。店のほうも、予約制にしているのですが、よく順番を飛ばしたり、忘れたりしてお客さんに怒られてるんですよ。」


後ろから抱きしめてくれてるメアさんの手に力がこもる。

あぁ。メアさん。カルテ見るのまた忘れたとかなんとか言ってたな。


「家の食事もね。メアが頑張って作ってくれてるんだけど、受付をしたり経理もしたりしながらですので、メアに負担がかかりすぎてるんですよね。雫は、料理、得意ですよね? アルバイトで長くホテルの厨房に居たし。」


そんなことまで知っているのか…。

誰にも言うことはないし、今では家もないから、せいぜい食べれる草やキノコの選別に使っていた宝の持ち腐れスキルだけど。


「それに、雫は経理も経験ありますよね?医療事務や、ホテルの予約受付も上手くこなせる。」


言葉もない。

もしかすると、私より、私に詳しいんじゃないだろうか?


「そういう訳で、雫はこの店にとっても、僕たちにとっても、この上ないほど魅力的な逸材だと思うのですが?

もちろん、給料は充分にお支払いします。

君の生活に必要なものはすべて揃えます。

この部屋を好きに使っていただいてけっこうです。

休みも相談に乗ります。

どうですか?

僕たちを助けてやっては貰えませんか?」


……この上なくいい条件…。

このひとたちにとってではなく、私にとって有利な条件ばかり…。

どうしたらいいの…?


「もちろん決めるのは雫、君ですからね。君が嫌だと言うなら、僕たちは諦めるしかないんです。」


素性も知れない。得体も知れない。

今日初めて出逢って、とんでもない秘密を見てしまって、死にかけて、助けて貰った。

びっくりするくらいたくさん詰まってて、すぐには返事が出来ない。


「それでいいですよ? それが普通です。なので良ければ試しに一週間、僕たちと一緒に暮らしてみませんか? 」


いちいち心が読まれていて驚く。

でもそれなら……


「…じゃぁ一週間。私なんかで良ければ使ってみていただけますか…?」

「やったー!! きゃーっ!雫ちゃんありがとう!」


後ろからメアさんに羽交い締めにされる。

いいな。こういうの。

嬉しいのかも。

分からないけど。


「交渉成立ですね。じゃぁまずはお風呂でも入ってゆっくりして下さい。メア?洗ってあげて貰えますか?」

「喜んで!マスター!」


えっ?……洗ってあげてって?


「ちょ ちょっと待ってください! 私、ひとりで洗えますよ? 身体も大丈夫みたいですし…」

「やだ!一緒に入るの!」


やだって……。かわいいけれど。


「ははは。雫はよっぽどメアに気に入られたみたいですね。こんなメアを見るのは久しぶりです。

雫? メアはね。本国イタリアやアメリカでは有名なエステティシャンなんですよ。しかも、カリスマが付くほどのね。彼女の手にかかった女の子は、みんな有名女優になってしまうんです。この店のカルテを見たら驚きますよ? こんなにひっそりとやってるのに、いまだに世界各国からメアの奇跡の技を受けに、この店に訪れているんですから。」


メアさんが…?

この、子供なんだか大人なんだか分かんないようなひとが?

嘘でしょ?


「本当ですよ雫。 一度、全身くまなく試して貰ってみなさい。雫は元がすごく綺麗だから、メアが触ればハリウッド女優なんかよりも美しくなりますよ。」


嘘でしょ?

まぁ、当分お風呂入ってないし、背中を流して貰うのは助かるけれど。


「…じゃぁ…お願いします。」

D'accordo了解!」



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