後日談
リクオはふと目覚めた。起きてみると、眠る前にはぴったりだったはずの穴がきつく、しっぽがムズムズする。
「かゆいな~」
リクオは壁にしっぽをこすりつけ、岩肌でボリボリと掻く。かゆみも治まり、ホッとしたのもつかの間、力が強すぎたのか、ガラガラっという音ともに壁が崩れ落ちてしまった。
リクオは、瓦礫だらけになった穴から、そっとしっぽを引き抜く。それ以上の崩壊はなく、穴はふさがり、風の音もしない。
「うーん、これはこれで大丈夫かな」
リクオは、これで良いことにした。
そして、はたと気づいた。自分の仕事がなくなってしまったことに。
とりあえず、穴の中でただただぼーっと一週間ほど過ごしてみた。お腹も空かないので、目を覚まして、寝るだけ。
こんな日常を後どれくらい過ごすのか、とリクオはふと考え、ゾッとした。リクオは、とりあえず外へ出ようと、天井をつたって、地上へつながる穴を抜けた。
風が吹き抜け、龍となったリクオのたてがみを揺らす。久々の外の景色は、とにかく眩しく、目を開けていられない。それに、龍の大きな体は動くには何かと不自由なので、小さめのトカゲになってみた。
そして、息を大きく吸って、雲を呼び寄せると、ぴょんと飛び乗って、南へ山を3つ下る。
「みんな元気かな~」
リクオは、雲から村を見下ろした。村のみんなは今日も元気そうに動いている。といっても、上空高いところから眺めているので、大人の大きさもトカゲになったリクオの掌くらいの大きさで、動いているおもちゃのようだ。
「あれ?」
女性が赤ん坊を抱えているのが見える。どこの家に赤ん坊ができたのだろう、と無意識に前のめりになったリクオは、手を滑らせて落ちた。
どうしていつもこんなことになるのだろう、と落ちながらリクオは思うが、自分のうっかり加減を嘆いてもしようがない。
ここに来たように、雲を呼び寄せて乗ろうと試みたが、トカゲサイズでは思ったように雲が集まらず。困ったリクオは、息を吸って吐く動作を繰り返し、なんとかふんわり落下することができた。
と思ったが、落ちた先の藁葺の屋根が抜け、またさらに落ちる。
ぼすん、と誰かの布団に落ちた。
「重いわ。こら、なにをしとるか」
布団の中から聞き覚えのある声がする。リクオは、どうするべきか、どう答えるべきか悩み、固まってしまった。
「相変わらず、あわてん坊じゃな、リクオ」
「ばばさま!おれが分かるのか?なんで忘れてないんだ?」
リクオは驚きのあまり、トカゲの姿で返事した。
「これでも昔は巫女をしていたんじゃ。お前の術にかかるほど落ちぶれとらんわ」
ばばさまは、よっこらせと布団から起き上がり、リクオを掌につまみ上げた。
「元気にしとったか?」
「ああ、さっきまで穴で寝てたんだ。目が覚めたときに穴が塞がったし、暇だから来てみた」
ばばさまは、そうかそうか、と目を細めた。リクオはばばさまに尋ねた。
「ばばさま、なんで寝てるんだ?具合でも悪いのか?」
「いい年じゃからの。寝込むこともあるわ」
そんなもんか、とリクオは思うが、ばばさまの顔色はなんだか冴えない。ばばさま、と言いかけたとき、玄関の引き戸が開いた。
「おはよう、ばばさま。具合はどう?」
「ミサキか。変わらずじゃ」
ミサキの声に、リクオは慌ててばばさまの布団に潜り込む。
「誰か来てたんじゃないの?話し声聞こえたけど」
ミサキはそう言いながら、囲炉裏の火を起こし、ばばさまの食事の準備を始める。
「トカゲがおったからの、話しとったんじゃ」
「トカゲと?」
冗談だと思ったのだろう、ミサキは、ふふ、と笑う。
リクオは、ばばさまの布団の中で迷っていた。出るべきか、出ざるべきか。
隠れてしまったからには、もう出ないほうが良いのだろうが、久しぶりにミサキを見たい気持ちもある。ウズウズそわそわしているリクオを、察したばばさまは布団から抜き出し、また手のひらに乗せてくれた。
「ばばさま、ありがと」
リクオはささやく。ばばさまは返事はしないものの、リクオに優しい顔で頷いた。ドキドキしながら、リクオはミサキの背中を見つめる。と、ミサキはぱっと振り返って尋ねた。
「今誰か喋った?」
リクオの心臓がはねる。
「いや、私じゃないね」
ばばさまはしれっと答えた。
「そう、誰かの声が聞こえた気がしたんだけどな……」
ミサキはまた食事の支度へ戻る。
「ミサキ」
リクオの背をしわくちゃの指で撫でながら、ばばさまが言った。
「トカゲにもご飯をよそってやってくれんかの」
「え、トカゲに?」
ミサキはびっくりしたようだったが、いいわよ、と小皿に料理を取り分け、ばばさまとリクオにそれぞれの膳を運んでくれた。
「大したものじゃないけど、召し上がれ」
ばばさまの隣でリクオは粥をふうふう冷まして頬張る。なにが面白いのか、ミサキはそんなリクオの姿をじーっと見つめ、尋ねた。
「美味しい?リクオ?」
「うん、うまい!」
そう答えて、リクオはハッとした。
「えと……、母ちゃん……?」
「なに?リクオ?」
ミサキの口元はにっこり微笑んでいるが、目が笑っていない。
「もしかして、バレてる?」
恐る恐る問いかけるリクオに、ミサキは笑顔で問いかけた。
「ばばさまにすらバレてるのに、どうして母親の私に分からないと思ったのかな?」
「え、でも、俺のこと忘れるように風も起こしたし、大丈夫かなって思って……」
笑顔のミサキを見ていると、リクオは落ち着かない気持ちになって、なんだか心臓までバクバクする。
「そう。私が、リクオのこと忘れると思った?」
えと、あの、と答えに詰まるリクオとミサキに、ばばさまが笑って言う。
「ミサキ、追い詰め過ぎじゃ。言いたいのはそんなことかい?」
「それは、違うけど……」
「意地を張ってつまらん言い合いなんかに時間を使うな。時間は有限ぞ」
少し沈黙した後、ごめん、と呟いてミサキはリクオに腕を広げた。
「お帰り、リクオ」
「母ちゃん!」
リクオはトカゲから人の姿に戻り、ミサキの胸に飛び込んだ。
リクオはその後一週間ほど村に滞在したが、ひとまず塞がって入るものの、大穴の様子も気にかかるので、再び谷に戻った。谷に戻った後も、一人の暮らしに飽きればたまに村に戻ったり、村からミサキや父ちゃん、リクオの弟妹が遊びに来ることもあった。彼らが死んだ後も、リクオは一人龍として生きたが、彼らの子孫がリクオに会いに来ることもあり、今でもそれなりに楽しく暮らしているという。
村では、龍に会えると長生きできるとして、いまでもリクオを大切に扱い、共に時を刻んでいる。
龍の子 まよりば @mayoliver
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