第4話
「それで?」
リクオは尋ねた。
「それでおしまいさ」
龍は答える。
「おしまいじゃないだろ?ミサキは谷に降りてどうなったんだ?」
うーんと唸ったきり、龍は答えない。リクオを無視している、というわけではなく、答えあぐねている様子だ。
「その続きは私が話すよ」
女が言った。
「ミサキさんは、谷に降りて龍神様に出会った。龍神様は病に倒れ瀕死の状態だった。ミサキさんは一生懸命看病したけど、龍神様は自分が余命幾ばくもないことを知ってた。龍神様は、残った命をすべてミサキさんに託し、宝珠となった。ミサキさんは龍に変化し、その力で自分の分身を作り、龍神様の代わりとして今でも村を守ってる」
「どういうこと?」
リクオは聞いた。
「彼女が言ったとおりだよ」
龍は答え、女は微笑む。
「ちょっと待って!」
リクオはうつむいて座り込んだ。
「頭整理するから、ちょっと待って」
念押しにもう一度いう。こんがらがる頭を抱えながら、リクオは一番重要と思われることを確認した。
「ミサキって人は、今でも龍として村を守ってるって言った?」
「言ったね」
龍と女はハモって頷く。リクオは深呼吸すると、龍と女を交互に指差し、確認をした。
「龍とミサキさん?」
「私の説明、そんなに難しかった?」
女は困ったような顔をする。
「親が親だから、子供も阿呆なのかもね」
龍は呆れ顔だ。
「だって、信じられなくて……」
リクオは恐る恐る龍を指さした。
「じゃあ、あんたがおれの母ちゃん?」
「そういうこと。彼女も私の一部だけどね」
龍は長いひげをゆっくり揺らしている。
「でも、なんで……」
「龍になったのかって?龍神様に時間がなかったからね。選択肢はなかった」
そうなのか、としかリクオは言えず、次の言葉が出てこない。龍は、そんなリクオを優しい目で見つめていた。
「それにしても困ったね」
龍が言った。
「縄でもないとここから出口にはいけないよ。出口はずっと上の方に小さい穴が開いてるだけだからね。龍神様なら迷い込んだ者の願いを叶えられたんだが、私には無理だし……」
へー、とリクオは答える。なんだかいろいろ聞きすぎて、沸き起こるショックも残っていないのかもしれない。
「リクオ、大丈夫?」
女がたずねる。リクオは大丈夫だと頷くと、龍の胸元へ進む。
「どうした?」
龍の問いに、リクオは、へへ、と笑って、抱擁で答えた。龍はあまりに大きく滑らかで、手を伸ばしてもつるつるとすべってギュッとできない。リクオは少しだけ残念に思った。
「変な子だね」
龍は、そう言いはするものの、リクオを無理に引き剥がすことなどもせず、静かにされるがままに抱かれている。
しばらく夢見心地で龍を抱いていたリクオだったが、龍の側に光るものを見つけた。
「これなに?」
リクオがそれに触れた途端、リクオはまたしても意識が無くなってしまった。
「誰だ?」
目を覚ますと、龍がいる。
「誰って、おれだよ。リクオだよ?」
「リクオ……。ミサキの息子か?」
龍は顔を寄せてリクオをまじまじと見る。
「母親に似てるの~」
龍はそう言って、ホッホッホッと笑った。
「あんた、だれ?谷にいた龍とは違うのか?」
リクオは恐る恐る尋ねた。龍は、すまんすまん、とまた笑う。
「わしは、お前たちの言うところの谷を守る龍。ミサキを龍にした龍じゃな」
「あんた、死んだんじゃないの?」
「体はな。魂は宝珠に留まっておる。リクオ、宝珠を触ったんだろう?」
「言われてみれば、なんかキラキラした玉に触ったな」
リクオはうなずいた。
「おれ、死んだの?」
「大丈夫、生きとるよ。ただ、これからどうするかはお前が決めなければならん」
「どういうこと?」
「谷の村人は龍の子孫。龍の血を引く者が宝珠に入ったら、何かを捨てねばならんのだ。そのかわり、その捨てたものの大きさに見合った願いも一つだけ叶えられる」
「そうなのか」
リクオは少しだけ考えて、ニッカと笑った。
「龍神様、おれ決めた」
「早いな。もういいのか。決めたら取り消しは効かんぞ?」
ああ大丈夫だ、とリクオは大きくうなずいた。
「おれ、人間をやめて、母ちゃんの代わりに龍になる。宝珠の力もいらない、強い龍に」
すると、リクオは宝珠から抜け、その体はどんどん変化する。その一方で、ミサキの分身は煙のように薄く薄く身が解け、龍であった母も、人の姿へと戻っていく。
母は叫んだ。
「リクオ、何やってる!」
「あ、母ちゃん。おれ、代わりに龍になるからさ。母ちゃんは村に帰ってくれ」
「やめろ!お前を代わりにするために、私はここにいたんじゃない!」
「んー、でも、もう決めちゃったからね」
すっかり大きな龍へと変化したリクオはそう言うと、前足でそっと母をつまんで持ち上げた。
「母ちゃんに会えたら、なんかもうスッキリしたしさ。ありがとね、母ちゃん」
そう言ってニコリと笑うと、やさしく息を吹きかけ、手を離す。
「リクオ!」
母は叫ぶが、それもむなしく、龍となったリクオの息吹に乗せられ、あっというまに村へと届けられてしまった。
村人たちは、驚きと歓喜の声を上げ、リクオの父を呼んでいる。
母を村へ届け終わると、リクオは、村へ向けて大きく息を吐いた。自分のことで流す涙がないよう、みんなからリクオの記憶を消すために。
村が繁栄するよう祈りを込めながら。
そして、残された宝珠を強く握った。宝珠は少しずつヒビが入り、しまいにはピシッという音がして粉々に砕け散った。すると、宝珠から、一陣の風が吹き、谷を上っていった。
「リクオ、感謝するよ」
そのとき、どこかで聞いた若い女の声が聞こえ、新たな風が巻きおこった。二つ目の風は、一つ目の風にあっというまに追くと、二つの風は寄り添うように、天へと上っていった。
風が天へ戻っていったのを見守り終えると、リクオは、大風の吹く穴にどっしりとその身を埋めた。穴は、龍となったリクオの体に、驚くほどピッタリとハマり、不快な風の音は止んだ。静かだ。
リクオは目を閉じ、眠ることにした。なにしろとても眠かったのだ。
水が湧き出る音が聞こえる。それは、心地よい子守唄のようだった。
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