2日目 PM


 目が覚めたのは頭痛のせいだ。

 その原因が何かというと、大音量で流される80年代特有のやたらポップなディスコ・メロディのせい。パイオニアのオーディオからエンドレス再生される『フィジカル』は、ヴォリュームを最大まで上げられていた。割れひずんだ音が、部屋に存在する有機物と無機物を震わせる。


 これじゃ、どれだけ悲鳴を上げても絶対外に聞こえない。もっとも、口にボールギャグを噛まされる今の状態じゃ、どっちにしろまともな声なんか出せやしないけど。


  ワニ革の靴並に胸の悪くなる部屋だった。フリルを使いまくればシックになると思ってる典型。

 重たげな装飾を持つアンピール様式の天蓋付きベッドへ徹底的に不釣り合いな、壁を飾る幾何学模様の現代絵画。フローリングに敷かれたちまちました伝統模様のキリムと、その上に鎮座するル・コルビジェのパクリっぽい寝椅子。


 黒い革の座面をぎしぎし言わせながら寝返りを打ち、ミセス・プラムはこちらに顔を向けた。長い付け爪で飾られた指で摘まむのはミドリ・アレキサンダー入りのサワー・グラス。「お目覚めね、ベイビー」


 口を封じられ、恐らく旦那のものだろうズボン吊りを何本も使って雁字搦めに縛り上げられた人間から、返事は求めていないんだろう。俺は寄越したかったし、出来ることなら飛びかかって、そのでぶでぶした頬に一発二発、往復ビンタでも食らわせてやりたかったさ!


 代わりに俺がした事といえば、微妙に凹んだベッドのマットレスの上で身を捩らせ、精一杯の呻き声を上げるだけ。どれだけぴょんぴょん跳ねても、結局シーツへちょっと皺を作るだけの結果に終わったけれど。


 まあ、例えこのBDSM的なパーツがなくなったとしても、この拷問部屋から逃げ出す事は至難の業に違いない。

 今までは見ない振りをする必死の努力を続けてきた。けれど、どう頑張ったところで、ベッド脇に控える筋肉もりもりの巨体は視界に入ってくる。それが3人となれば、もう絶体絶命。


 彼らの顔はあくまで冷ややかで、興奮の兆しはそれほど見られなかった。唯一身につけた色違いのブーメラン・パンツの中身からも、それは窺える(嫌でも目線に来るんだよ、その馬鹿デカいモッコリが!)

 でも男なんか、その気になれば愛情や欲情抜きでいくらでも勃起できる生き物だって事なら、俺はよーく知っている。そうじゃなきゃ、刑務所で同性間のレイプが多発する訳ないだろ。


「心配しないで、彼らはベテランよ」

 太ももをタプタプ揺らしながら擦り合わせるから、スカートがパンストの折り返しまで捲れ上がっている。媚態と言うよりか醜態に近い姿を晒しながら、ミセス・プラムはお構いなし。意地汚く手放さないグラスの縁を嗅いでいる。

「すぐ気持ちよくなるし……病みつきになるわ」


 冗談じゃない。何故あんたが毎回、違う男を相手に遊興へ耽ってられるか、訳を知ってるか? もう二度と彼女のところに行きたくないって、担当した店員に必ず泣きつかれるからだよ!一人なんか、肛門括約筋を4針も縫う大怪我を……


 芋虫みたいに身を縮ませ、懸命に離れようとするが叶わない。伸びてきた何本もの腕に押さえ込まれる。奴らが乗り上げてベッドが体の下で軋む度、恐怖が心臓を貫く。


 ボタンが飛んでいくほど盛大にシャツを破られたのなんか序の口だ。力任せに身体をひっくり返され、うつ伏せの状態じゃ息も出来ない。顎をたらたらと伝う唾液が冷たく感じるのは、俺がカッカしてるせいだろうか。


 ケツに当たった固い感触に精一杯暴れれば「動くと怪我するぞ」と低い命令口調。すぐさまビリッと悲惨な音が天蓋に吸い込まれる。

 パンツごと切り取られたお気に入りのヒューゴ・ボスは、惨めったらしい布切れと化してヒラヒラ床に消えた。

 で、その原因を作った巨大なケイバーのナイフは、俺の首筋にひたりと当てられる。これ以上抵抗すればただじゃ済ませない。男は言葉よりも雄弁に、そう宣告する。


「ああ、思った通りね」

 椅子に肘をついたミセス・プラムが、髪を振り乱し身を乗り出す。もう口紅はとっくに取れているのに、それでもひび割れた唇は分厚い舌でべろべろと舐め回された。

「あなたは最高に素敵な身体をしてるって、私は分かってた。その泣き顔も、とってもキュートよ」

 こんな事のために、週に2回ジムで個人トレーニングを受けてる訳じゃない! それに、な、泣いてなんか……!


 頭を押さえつけられてるから、背後の状況はさっぱり分からない。けれど微かにマットレスが振動し、何となく察してしまう。

 決定的だったのは、宙を飛んだ赤いブーメランパンツが寝椅子の背もたれに引っかかったことだ。脱ぎたてのそれを手に取ると、ミセス・プラムは布に顔を埋め、満足げな吐息を漏らした。


 絶体絶命とはこのことだ。男にケツを掘られる事なんて死ぬまであり得ないと思ってた。万が一、億が一のことがあったとしても、こんな無惨なシチュエーションでアナル・ヴァージンを散らす羽目になるなんて。

 いや、そんなプライドの損傷だけで済めばまだマシだ。これから先、人工肛門のお世話になりながら一生を送るなるなんて、笑うに笑えない。

 若くてハンサムで有望で未来あるこの俺が、おばさんの手慰みで人生を棒に振るなんて。


 首筋を掠める刃なんて構うもんか。全身の筋肉へ力を漲らせ、渾身の抵抗を示した。くぐもった唸り声が、オリヴィア・ニュートン=ジョンの可憐なさえずりを凌駕する勢いで。


 びくともしない男達の手の下、惨めな足掻きを見せる俺を、ミセス・プラムはどう捉えたか。

 手を叩きながら彼女が発したのは、ブルース・リーの怪鳥音にも似る、高揚しきっ鋭い笑い声だった。

「その調子よ、もっと頑張りなさい! ……グッと来るし、それに、見直したわ。ただの甘ったれた坊やじゃなかったのね!」

 もう後ろ手に固定された手首は折れそうだし、圧を掛けられた背骨もミシミシ言ってる。

 ここまでか、ここまでなのか? 神も仏もソニー・クロケットもあったもんじゃない。



 いっそのこと、悪魔にでも縋った方が、よっぽどご加護がありそうだった。



 窓ガラスを突き破って飛び込んできたリトル・デビル・ガールズ。

 ヒーロー着地で床に片膝をついた後、二人の目は一瞬にして周囲の状況を把握した。それでもう、世界は彼女たちのものになる。バーバリアンズは全てを血の海に変える。


 駆け出したメイが1歩、2歩、3歩で跳躍する。肩車でも強請られたかと思ったか? 俺の前で膝立ちになっていた男は、自らのパンツに突っ込んでいた手を引き抜く暇もなく、頭をホールドされる。

 首の骨が折れる鈍いサウンドエフェクトに合わせ、ニュートン=ジョンが歌う。「さあ、けだものになりましょう、私はアニマルになりたいの」


 巨躯が俯せに倒れ伏すまで、待つ必要もない。奴の半分もない小柄な身体は、弛緩した肩を蹴りざま間合いを縮め、掴み掛かろうとした男へ一閃。

 跳ね上げるように抜き打たれた刀がきらりと輝く。宙を飛んだ両腕が、スプリンクラーのように血をまき散らしながらキリムの上に落下した。


 恐慌を来したミセス・プラムが、寝椅子から転げ落ちる。それまで全裸のワニ革靴男にグロッグを突きつけていたダイアンが、「動くな!」と一喝。

 次の瞬間響いた銃声に、男は股間を押さえて絶叫した。助けられる側の俺すらも、思わず口の中の丸いプラスチックを飲み込むような悲鳴を上げてしまった。


 身を丸めてその場でのたうち回り、この世のものと思えない泣き声はまさしくアニマル。

 一向に頓着することなく足で頭を蹴飛ばし、ダイアンは憎々しげに唇を歪めた。「あー、ちくょう。ぜんぶ吹きとばしちゃったわ」


 それからすたすたと寝椅子まで歩み寄ると、四肢を縮め、隠れたつもりでいた艶のない金髪を鷲掴む。

 他人に痛みを与えることには興奮するくせに、自分が対象となったら、とことん弱いらしい。泣き叫びながらも、結局ミセス・プラムは押しつけられ肌を焼く銃口の熱に耐えきれず、床を這う。


「ひざまづいて、これを舐めな」

 フローリングへ飛び散った、もはや元の形も分からない肉塊を、透き通りそうな細い指がさし示す。

 涙で縞模様が出来るほど流れ落ちたファンデーションを目にしても、無垢な乙女の残酷さは揺るがない。安全装置を外して、乱れた髪の張り付くこめかみへ銃を突きつける。


 ミセス・プラムはそろそろと屈み込む。小さな女の子がアイスクリームを舐めるみたいに、短い舌が突き出された。まだ温もりを保っている、ついさっきまで愛しのマッチョマンの肉体の一部だったものへ触れようと……

 途端「さっさとしな!」と再び怒鳴りつけられるんだから堪らない。再び襲ってきたパニックに促されるまま、餌をがっつく犬みたいに床へ顔を擦りつけた。


「そう、くちをあけて。よくかむんだ。チューインガムみたいに」

 命令に従う女傑を見下ろし、悦に入った風でむふ、とこぼされるダイアンの笑みは、仕込んだ芸をこなす飼い犬を見る時と同じもの。将来が楽しみだ……これは半分皮肉。


 お仕置きの間にメイはオーディオを止め、ズボン吊りを刀で断ち切った。痺れた俺の腕を揉みながら、心配そうに顔を見上げてくる。

「おそくなってごめんなさい。お泊まりデートにいってるとおもって、うごくのがおくれたの」

「いいんだ、いいんだ……」

 まぁるい頭をぽんぽんと撫で、ふらつきながらベッドから降りる。

「ダイアン、もう行くぞ」

 持ち上がる尻に片足を掛けたまま、ダイアンが振り返る。「ヤらなくていいの?」

 血と涙と鼻水と唾液と、こてこてのファンデーションまみれになったミセス・プラムの顔を見て、俺は頷いた。

「一刻も早く、ここから出たいんだよ」

 それで特にむずかる事もなく、拳銃はホルスターへ滑り込まされた。


「ボス、おしり破れてる!」

「ダイアン!」

「ほんとのことじゃない!」

 俺の手を掴みながらぶんぶん振り回すダイアンを窘め、メイがため息をつく。

「ボスがぶじでよかったわ」

「ボスにはあたしたちがついてる」

 そう口にするダイアンの言葉に、迷いは一つもない。ちんまりとした鼻を突き上げながら胸を張る姿は、まさしくこの世界の未来。輝ける宝物だ。

「たとえおしりをほられても、あたし、ボスのことすきよ」

 彼女たちがこれから先のアメリカを作って行くんだぜ。全く、頼もしい限りじゃないか!



 スースーするケツを気にしながらタクシーを拾うって羞恥プレイをさせられるのか心配していたら、そこは有能なバーバリアンズ。案内されるままガレージに赴けば、ダクトテープで縛り上げられた運転手と、黒いフォードのセダンが控えていた。


 車はパルメット・ベイの高級住宅地を抜けて北へ。盗むんじゃない。明日にでも店まで引き取りに来てくれたら、ちゃんと返すよ。出来たら俺が、アンダルシア・ビューティとベッドを温めてる頃に来てくれ。


「今日はこのまま、家へ帰ってもバチは当たらないよな」

 後部座席にちょこんと腰掛けた二人へ、ミラー越しに同意を促す。

「ゆっくり風呂へ浸かりたいよ……マルーン5のアルバムでも聞きながら」

「あたし、ファンダメント・シニアにいいつけてやる」

 スマートフォンでクリフと話をしているメイを横目に、ダイアンはまだ憤懣やる方ないと言わんばかり。

「鬼ババアのだんながのりこんでこないように」

「そうだな……」

 いくら何でも、親父の名前を出せば市長秘書もそれ以上の攻勢を仕掛けてこないに違いない。夫を性的スキャンダルで失職させるうえ、三行半を突きつけられるなんて、絶対に避けたいはずだもんな。


「クリフ、はなしは、あしたでいいって」

 スマートフォンの通話終了ボタンをタップしながら、メイが頷いた。

「ボスはゆっくりしてね。だって、三日もつかまってたんだもの」

 思わず踏んだ急ブレーキに、シートベルトで押さえつけられていた後部座席の身体がつんのめる。

「ボスあぶないー!」

「み、三日?!!」

 ダイアンの喚きへ被せる勢いで、思わず声を裏返らせてしまう。

「嘘だろ、そんなにも……」

「だから、ごめんなさいっていったじゃない」

 メイがおずおずと口を開く。

「クリフ、きのうからずっとなきっぱなしだったわ」


 素敵なエステラ、マイルールに厳しいエステラ。彼女は昨夜、俺を待っててくれたんだろうか。スマートフォンに着信履歴は? いや、彼女は去るもの決して追わない。そういえばiPhoneはどこに……くそっ、駐車場か、それともプラム家に置いてきたか。


 後ろから聞こえるクラクションの多重奏へ「うるさい!」と一言。こうしてなんかいられない。一気に体中へ駆け巡ったアドレナリンが、耳や鼻から噴き出してしまいそうだ。



 制限速度なんか完全に無視してゴールデン・ビーチへ。たどり着いた頃には、辺りもすっかり夕暮れに染まっていた。

 藍色の夜気をかき分けるようにして、あの可愛い仮の宿のドアまで駆けつける。スケッチブックの張り紙はなかった。汚れたドアマットを照らす黄色い電球が、まるでよそよそしい。


 ブザーを鳴らして、扉をドンドン叩いて。しまいには追いかけてきたバーバリアンズも混じって、虐待された子猫みたいな声を上げる。

「エステラ、すまない、本当に悪かった! 頼むから話を聞いてくれ!」

「ミス・パウエル、あけてください! ボスはわるくないの、みんなわたしたちがわるいの!」

「おねがい! ボスのはなしをきいてあげてよぉ!」

 いい加減、ご近所さんの窓辺で、こちらをちらちら窺う影が見え始める。


 粘りに粘った20分間。そして、ドアの向こうにふっと灯った明かり。奇跡だ……一度見限った男へは絶対に振り向かない不滅の女神が。バーバリアンズもほっと息をついた。ああ、お前らのおかげだ、俺の天使たち!


 現れたエステラは、やっぱり美しかった。ぴったりしたTシャツに強調される上半身の曲線美。長い髪はポニーテールに結ばれているけれど、凍り付いた川みたいに動きを止めている。

 その表情だけ見る限りなら、彼女は怒りなど欠片も感じているようには思えなかった。

「街から走ってきたみたいな顔ね、大丈夫?」

「ああ、エステラ……」

「心配しないで、私は気分を害してなんかない」

 俺が突入しようとするのを阻むよう、ドア枠にそのしなやかな手がそっと突かれる。綺麗で、どこまでも静かな赤土色の瞳が、俺の両隣へ控える二人に落とされた。

「でもね。こんな小さい子を盾に使うのは、率直に言って虫酸が走る。他人に尻拭いを手伝わせて、自分一人じゃ何も出来ない男のことを、世間では甘ったれのお坊っちゃんって言うのよ」


 それは最高裁判事の出した宣告。覆すことはもう不可能。

 こちらの返答も待たずにばたんと閉じられたドアを、俺は成すすべなく見つめることしか出来なかった。


 あっさり幕を下ろした茶番に、肩すかしを食らったご近所さんの影も消え失せた頃、メイがぽつんと呟く。

「ボス、あたしたち、もしかして、わるいことしちゃった?」

「してない」

 惨めさと、微かに漂う濁った水の臭いに、鼻がひくひくする。それでもこの事実だけは、はっきりさせておかないと。

「二人とも、何一つ悪くない。俺がドジをこいたのさ」

 普段あんなにもおてんばぶりを見せるダイアンが、ぽんぽんと膝を叩く手は、とてつもなく遠慮がちで、そして優しかった

「ボス、いこう」

「そうだな」

 二人の背中に手を当て、そっと促しながら、頷いてみせる。レディの心配顔には笑顔を。それが大人の男の役割ってもんだから。


 耳を澄ませば聞こえてくるのは、そよぐ街路樹の葉擦れと笑いさざめく男女の声。俺の代わりに発掘パーティーから連れてきたんだろうか。よくよく見れば、中庭へと続く石畳には、この前来たとき見かけなかった大型バイクが停まっている。

 楽しむがいいさ、幸福な王子様。俺みたいに、可愛いツバメへ目玉をほじくり返されないよう、せいぜい気をつけるんだな。


 路肩へ斜めに突っ込むよう駐車された俺の車へ乗り込んでも、しばらくの間バーバリアンズは口を噤んでいた。

 俺ももっと、洒落た冗談でも飛ばしてこの場を明るくするべきなのに。身体はしんしんと冷えきり、口から出たのはチェリーのガキみたいな一言だった。

「腹減ったな。何か食いに行くか」


 ミラーの向こうで、二人は顔を見合わせた。

「ボスはなにがたべたい?」

 メイが探るような上目遣いを見せる。きっと今度こそ、俺は歯列矯正した歯をきらめかせるような、とっときの笑みを浮かべることが出来ていたに違いない。

「今日は自棄食いだ。おまえらの食いたいもの、何でも好きなだけ奢ってやるよ」

「じゃ、あたし、TGIフライデー!!」

 元気よくそう答えたのはダイアンだった。暗闇の中でも分かるほど、その飴玉みたいな瞳が期待で輝いている。

「ビッグメックスバーガーたべて、コーラのむんだ! それにサンデーも!」

「サンデーはだめ。いっつもおなかいっぱいで、たべられないじゃない」

「今日は特別だ。メイ、お前は食べたい物ないのか?」

 しばらく熟考を重ねた結果、メイはぽつりと、ひどく厳かな口振りで答えを導き出した。

「バッファロー・ウィングがたべたい」

「メイったら、いっつもそればっかりなんだから!」

「すきなんだもの、ほっといて! ……ボスはなにをたべるの」

「そうだなあ。向こうでメニューを見ながら考えるか……ジャックダニエルズ・ステーキなんかどうだ」

「「かんぺき」」

 重なる二人のはしゃぎ声へつけられる、トルクの伴奏。


 目指すはしめて50ドルちょっとのディナー。なんて安上がりなんだろう。クラブで女子大生を引っかけたって、もうちょっと高いところへ連れてかないと、キスの一つもさせてくれないぜ。


 うちのお姫様たちは、見えない物を見ようなんて思わない。相手を焦らして、限界がどこか見極めようと企んだりなんか夢にも考えない。大事だよと言った分だけ、いや、お釣りが大量に出るくらい、俺を大事にしてくれる。

「あ、ボス。ごはんのまえに、ユニクロいかなきゃ」

 ちっちゃなあんよでシートを蹴りながら、ダイアンが口を開く。

「なんだ、服に血が付いてる?」

「そうじゃなくて」

 もじもじと、メイはしばらくの間、プリーツスカートから覗く丸っこい膝を擦り合わせていた。

 人を刀で三枚におろすのは平気だけど、実のところ、アジア人はとってもシャイなんだ。

「おしりがやぶれたままじゃ、おみせの人にわらわれちゃうわ」

 その時になって、俺はようやく、レザーシートと直に触れ合ってるケツと、一物が出し入れされる予定だったスラックスの穴の存在を思い出した。


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