不自由と自由と乖離
第41話
キィッ
物音で目が覚めた。
何かを求め黒い前足を伸ばした。
何を求めたのだろう。とても大切なモノだった気がする。
「……痛っ。」
軽い
薄暗い部屋を丸机に置かれたランプの光が照らしている。部屋の入口は1つ。窓は無い。簡素な造りの机が入口の横に置いてある。
寝かされていたベッドには枕が1つ。生活感は無いが、誰かの家なのだろう。ベッド横のテーブルには水差しが置かれていた。
「少し苔が生えた石壁に囲まれた部屋、か。」
体を起こそうとしたところで自身の異変に気付いた。腹がベッドから離れない。
後ろ足の付け根から足先の感覚が無いのだ。まるで炭化したかのような黒いカサブタが後ろ足の付け根を
「足……踏みつぶされた時か。」
実感がわかない。俺の足はどこへ行った? ここにあるはずの、動かそうと思えば、おもえ、ば。……痛覚も触覚も無いのか。
歯を食いしばる。
「おい、黒球。」
こんな状態の俺から、いつも通り吸いやがって。
天井付近を漂っていたバレーボール
……こいつ、小さくなったか? まぁ、そんな事より俺の脚だ。
「俺の脚を治せ。」
黒球は動かない。
「俺の脚を元に戻せ。」
黒球は動かない。
「俺を歩けるようにしろっ!」
黒球は、動かなかった。
魔力が足りないのかもしれない、指示が悪かったのかもしれない。そう思うことにした。
黒球を呼び寄せる。覆いかぶさろうとするが、ずり落ちてしまう。悔しい。
こちらを
「俺の移動を補助しろ。」
黒球が黒いドーナツへと変形していく。
いそいそと浮き輪を装着したキツネというシュールな
ときに、黒球よ。なぜ腰ではなく脇にくっつく? これでは浮き輪に詰まった奴みたいだろ。尻尾が地面に着かないように微調整しやがる黒球を、手首のスナップだけで叩きながら言う。
「放せ……はーなーせー。」
俺の
このチャンスを逃す俺では無い。
頭と前足を
「よし、抜けぐぇっ!」
次は頭を――そうは問屋が
ヒトであれば酸欠で意識を失うだろう、
今度こそ俺の願いが通じたようで、胴体と尻尾を黒球は覆っていった。
漂う黒い
「また動けなくなった……。」
上手くいかないものだな、と思う。しっかりと前足を固定され動かせない。各部を動かしてみても尻尾を地面に強く押し付けると腰が持ち上がる程度。
……せめて後ろ足の代わりになってくれればなぁ。こんな
「仕様がないな、ゴロゴロしていよう。」
はぁ、考える事を放棄する。時間を空けて再度考えてみよう。それまでは休憩だ。
ベッドの上で寝そべり、少し開いた入口を見る……星空が覗いていた。
ん? 開いていただろうか。閉まっていたはず? っと自問しているうちに外から
「トルーデー起きたよー! 何か変な動きしてるー!」
というお褒めの言葉が聞こえてきた。ありがとうよ、でも
――――――――――
「……で、動けなくなったと。話せるほど頭良いのに、そういう所は抜けてるのね。」
「お前に言われるとくるものがあるな。」
「どういう意味?」
「
「うぐっ……。まぁ、言い聞かせるなら『後ろ足の形になって脚として移動を補助しろ』とか言い様があるでしょ。」
私服姿のトルーデの言う通りに指示してみると、あっさりと黒い後ろ足に収まった。……なんか負けた気が―――倦怠感のせい、という事にしておこう。
水差しがゆっくりと浮遊し、トルーデの手に近づいていく。無言のまま目で追っていると、水差しをこちらに向けて聞いてくる。
「ちょっと癖のある水だけど飲む?」
「いや、いらない。今のはトルーデの魔法なのか?」
「『魔法』ではないかな。こういう『工芸品』だからね。」
「へぇ……面白いな。初めて見た。」
「もふもふ、サラサラ。」
「……さっきから、よく飽きないな。」
「こんな毛並みは一生、お目に掛かれないもん。」
「まぁ良いけど。」
「ごめんね。その子、柔らかいモノ好きだから。」
トルーデが金茶色の髪に垂れた犬耳の女性兵士――今は私服だが――なのに対し、ボサボサの白髪に赤目そしてピンと立った三角耳の変た……もとへ、
「で、話す魔獣がいるのは重要な事だろ? どうして助けてくれたんだ?」
「あなたとアルフ君が結界前で
「アルフって誰だ?」
「え? あなた……えっと、もしかして契約してないの?」
「ん?」
どうも従魔でなければ街へ入れないらしく、いつの間にか尻尾の付け根に着けられていた指輪で証明するらしい。アルフという少年が俺の主人かと思っていた、とトルーデは言う。
容姿などの特徴を聞いても良く分からないが、去り際の容姿が黒く変色していったというトルーデの言葉が……なぜか気になった。
――――――――――
「私の事は覚えてて、アルフ君の事を忘れるって……本当に忘れたの?」
「ウソを言う意味が無いぞ。」
「まぁ、そうなんだけど。そうなるとアルフ君はちょっと気を付けないと、かな。」
「ん?」
「あ、私たちが守るからね。もし会ったら不用意に近づかないでね。」
トルーデは俺の頭をなで、エラを残し外へ歩いていった。……こいつを連れて行ってくれ。エラを見ると、アブナイ顏で俺の尻尾に頬ずりしている。マジで何なんだコイツ。
「で、いつまでやってるんだ?」
「あー、モフモフー。」
「自分の尻尾があるだろう?」
「私のはこんなにしっとりヒンヤリじゃないもん。」
「知らん。お前は俺が怖くないのか? 魔獣だぞ。」
「トルーデがあんなに砕けて話すくらいだもん、怖くないよ? モフモフだし!」
「
「さいです、さいですー♪」
はぁ、万が
尻尾を左右に振って相手をしてやり、
まず、今いる所はトルーデの別荘らしい。
ニブルデンバの兵士様は
尻尾に重さを感じ横目で見ると、尻尾に飛びついたエラが
二つ目、アルフという少年。
俺の主人と間違われたほど俺と仲の良い奴がいたらしい。この世界へ来てから、いくつかの村へ寄り、会った人を思い出す。
森で矢を射られた……ハル。
開拓村には綺麗なお母さんがいた……ハルのお母さん。
村に入れず迂回した後、爺さんに会った……覚えている。街の門前まで一緒だった。
…………
今まで気にならなかったが、所々記憶が曖昧だ。
アルデールの街でカミラさんと一緒に誰がいた?
誰もいない村でメイ以外に誰と話した?
ニブルデンバ近くで崖から落ちる前に誰を見た?
見聞きした物については思い出せる。数名、思い出せない。何か大切なことを――
キーン、キリキリ
「――いってぇ!」
「わひゃぁ!」
黒球から高音が発せられ、俺の頭を痛みが襲った。すぐに治まったが……あれ、何を考えようと―――まぁ、いっか。お座りの姿勢で床を見ると、エラが床に仰向けになっていた。
「床で寝てると風邪ひくぞ?」
「キツネが急に払い
「すまんな。頭が少し痛かったんだ。」
ベッドに伏せると、エラは俺の横に座った。耳の後ろから背中を撫でる手が心地良い。慣れているのか、それともエラだからなのか。時折、耳を動かすと指で
静かな夜だ。
月見も良いが、波の音を聞きながら
――――――――――
キィッ……30分ほど経ち、なるべく音を立てないようにトルーデが帰ってきた。
俺が起きていない事を見て、ゆっくりと歩いてくる。
「エラ、どう? 様子は。」
「寝たみたいだね、まだ疲れてるのかな。少し頭が痛いみたい。」
「少し聞いてみたけど、ニブルに戻らないと資料が無いって。しばらくは……ね。」
「そう、お
「うん。」
寝ている俺を挟んで、そんな会話がなされた事を俺は知らない。
俺を
――――――――――
翌朝。
昨晩の頭痛がウソのように、俺は快調だ。気力十分、毛並み良好そして
横で舟を
砂浜の粒子の細かい砂が、そして海が日の光を反射し
入道雲が
漁師だろうか、数名がボートのような木造船の周りで作業している。
ベッドで眠り姫どもの
頭を
「えへへ。えーっと、早いんだね……。」
「お前らは遅いな。もう日の出は過ぎてるぞ?」
「あ、トルーデ! 今日?」
「昼からだから大丈夫だって、それよりエラは良いの?」
「……。」
その後、エラの絶叫が漁師たちの耳に届き、「
寝坊したエラとともに漁師たちの元へ行く。
俺は逃げたが、ほんの数秒でエラに
もちろん抵抗した。しかし
く、ろ、きゅう、助けろよ! ……トルーデに水を落としておく。
俺は悪くない。
鍛えられた肉体の漁師たちと対峙し、急にいじけたエラの代わりに話をする。俺に少しでも隠れようとするエラを責める気には、なれなかった。
―――――――――
「……で、何で他の漁師みたいに海に出ないんだ?」
「だって、一人だと怖いんだも……。」
「はぁ。」
俺はエラと
詳しく聞いてみると、小さい時に
克服しようと潜った時は、足が地面から離れ動けなくなり、心配をかけたそうだ。
……何やってるんだか。
「今も克服したいのか?」
「そりゃあ、ここで釣っても皆の
俺はエラから離れ、砂浜に戻る。エラは追いかけてこようとしたが、魚が掛かったため
砂に前足で絵を描く。マリンウォークやシーウォークのためのヘルメットを。
海底でも呼吸するための管があり、半球上の透明なヘルメットで視界も確保できるように。
まぁ、細部は口頭で説明するんだが。
「よし、砂を加工して作ってくれ。半球の部分は透明だぞ。
高音が鳴り始める。相棒の承諾を得た。この高音が鳴り止めば完了だろ……う。
…………
……
――――――――――
釣り始めて1時間ほど経った。昼食の材料は無い。
漁師のおじさんたちに作ってもらった釣竿を握りしめ、必死に
……多少、お見せできない顏になっていようとも。
「うりゃぁ! やった、1匹目♪ 見て見て釣れたよ……って寝てるし。良いなぁ、気楽で。」
連れてきた
逃がさないように目の細かい
っと、その時、砂浜の方から、
ザザザ、ギュリギュリ! という聞いたことの無い音がした。
振り返ると、キツネさんの横の砂浜に流砂と思しき
私は今にも流砂に
トルーデほどではないにせよ、私にだって出来る事がある。助けなくちゃ。
そして―――
「わ、私の非常食ー!」
―――私の心境がそのまま声になった。……泣きたい。
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