第2話

 ハルの家への移動中、俺は色々見たかったのだが、ハルががんとして腕の中から出してくれなかった。出ない方が良いらしい。何だろう、すごく嫌な予感がする。黒球に頼りっぱなしだが、もしもの時は頼むぜ。

 そんなことを考えている間にハルの家に着いたらしい。普通の木の家だ。


「うち、ここ。しゃべっちゃダメ。」


 話すと問題なのか。首を縦に振っておく。ハルに抱えられながら家の中へ入る。居間があり、奥に台所がある。台所からハルと同じ茶髪ロングの女性が顔を出した。ハルを見て目を見開いている。


「ただい「ハル!」ま。」


 その女性はハルに近づき、俺ごとハルを抱きしめた。ハルとは違う花の匂いがする。


「ただいま。」

「良かった。無事で。おかえりハル。」

「うん。これ、拾った。」

「まぁ、まだ小さいのね。」

「飼ってもいい?」

「良いけど、お世話するのよ?」


 話はついたようだ。食事の用意に戻る女性を見送る。ハルと俺は居間の食卓机でのんびりする。俺はハルのひざの上に後ろ足で立ち、机に手を置いて尻尾を振っている。


「母親か?」

「うん。」

「これからどうする?」

「ごはんたべる。ぺこぺこ。」


 考えてみればこの姿になってから何時間も経っている。ハルのように腹がへるはずなのだが、俺は空腹を感じない。ハルに告げると顔を傾げ、「生きてる?」と聞いてきた。生きてるから今ここにいるんだっつーの。そうこうしているとハルの母親が台所から声をかけてくる。


「ハルーもう少しかかるから汚れ落としてきなさいねー?」

「うん。水浴び行こ?」

「いかねーよ。」

「汚れてるよ?」


 俺は男だっつーの。何を当たり前みたいに誘ってんだよ。って、自分の体を改めてみると、せっかくの白い毛が土で汚れてしまっている。このままではマズイ。水浴びコースである。


「体の汚れをおとせ。」

「……ずるい。」


 黒球が汚れを落としてくれたが、ハルがジト目で見てくる。仕様がないのでハルもキレイにしてあげると母親を手伝いに行ってしまった。ケモ耳親子と飯なんて夢みたいだなと思いつつ出来上がりを待つ。色々あって気疲れしたみたいだ。飯まで目をつぶり伏せておこう。


「起きて?」


 ハルに揺すられ、目を覚ます。日が暮れ、食事ができたらしくハルに抱えられ食卓へ連れられる。木の簡素なテーブルにイスが4つ。木の皿にスープや野菜の炒め物などが盛られている。ハルの母親が席につき、ハルを待っていたようだ。

 ハルが俺を膝に抱え、席につき食べ始める。


「その子は何が食べられるのかしら?」

「食べる?」


 ハルの母親が聞き、ハルが俺に木の実を差し出してくる。正直、食欲が全くない。料理の匂いはおいしそうなのだが。断るのも何なので、食べようと口を開けると、口の前にあった木の実から光が漏れ、俺の口の中に入っていく。味も何も感じない。光とともに木の実が消え、親子二人は驚いていた。


「まぁ……不思議ね。」

「食べたの?」


 と、聞いてくるがよくわからない。食べた気がしないのだ。数回同じことを繰り返し、この体での初食事が味気ないものとなり落胆した。

 俺はハルの膝の上で丸まり、しばし考える。ハル親子が俺を気にかけ、撫でたりしてくれるがどうにもならないだろう。ハルが明日の予定を伝えてくれる。弓と矢を直してもらいに行くらしい。

 ハルが寝るまで他愛もないことを話し、抱き枕替わりになってやると案外早く寝たようだ。余程疲れていたのだろう。


「……寝れん。」


 ハルが寝静まってしばらくして、俺はぼやきつつ壁に掛けられたハルの弓を見る。静かすぎて目を閉じていても眠れなかった。今まで車の走る騒音やエアコンの音などに慣れていたのだから、ここまで静かなところでは眠れないのは自然なのかもしれないと思うことにした。

 ハルの弓はハルが握りやすいように調整された1メートルほどの長さの木製短弓だ。寝る前に小さな動物を狩った話をしていたから覚えている。弦がほつれ、一部にヒビが入ってしまっている。明日はこれを直すんだな。


「直す、ってできるのか?」


 っと、疑問を口にしてしまった。ハルが寝ているのを思い出し、顔を見ると寝息を立てていた。セーフだな。そんなアホなことを考えていると、黒球が弓の前に移動し高音を鳴らし始めた。

 俺は虚脱感に襲われ、弓がどうなったのかを確認する前に気を失った。


—————————


「起きて、弓が変。」


 俺が起きたのは日の出を少し過ぎた頃、ハルに揺り起こされた。ハルの母親も俺を見ている。

 弓ってなんだよと思いつつ見てみると、そこには黒く弦のほつれもヒビも無い、どう見ても昨日は無かった弓があった。呆然とする俺にハルが聞いてきた。


「黒くなった。答えて。」

「すいません、私がやりました。」

「……。」


 ハルの母親は無言で見守っているが、顔が真剣だ。俺は素直に謝った。

 謝った俺をハルはすぐに許してくれた。母親は思案顔であったが。ハルは良い弓になって、うれしそうだ。ひと段落かと思っていると、ハルの母親が聞いてきた。


「この弓は、あなたが作ったのね?」

「作ったというか直ったらいいなと思っただけです。」

「……それだけで、これほどの弓ができるかしら……。」

「気絶してたのでワカリマセンごめんなさい。」

「あぁ、責めてるわけじゃないから安心して?」


 と撫でてくれた。ハルは黒弓を手に取り引いてみるが、少し勝手が違うのか四苦八苦している。見かねた母親とともに家の外の木に試し打ちに行くらしい。俺もついていった。

 家の裏手には開いた場所があり、盛り土の前に的が立ててある。ハルの練習の後が残った的に向け、ハルは矢を射ろうとしていた。弓を頑張って引いているが、腕がぷるぷるしている。母親が後ろで教えていた。


「ハル、肩が上がっているわ。あと肘で引きなさい。」

「ぅ……ん!」


 風きり音もたてず放たれ、的にすら届かない矢を見て、ハルは残念そうだ。母親もため息をついている。


「まだその弓を引くには筋力が足りないわね。」

「うん……でもがんばる。」


 そうして再度引こうと構えるハルに、ぉぉ、向上心いっぱいだなと感心していたが、作った側としては何とかしてやりたい。


「引けるようにならないか?」


 黒球に言うと、ハルと弓を赤い燐光が覆った。ハルの母親の耳がピクっとしたのが見えた。ハルも突然燐光とともに軽くなった弓に驚きながらも弓を引く。今度は腕の震えはないようだ。

 そして放たれた瞬間、ハルの周辺にはが起きた。爆発音とともに的が、そしてが爆ぜた。うん、着弾までが早すぎるね。それになんつー威力だよ。

 俺たち全員が放心していると、爆発音を聞いた村人が走ってきた。


「大丈夫か!?……なんだこれは。」

「……練習?」

「何をしたらこんな……。」


 その後、村人にはハル親子が謝り、騒ぎが収まった。

 そして今、俺はハルに頬を引っ張られている。


「いひゃいれふー。」(痛いですー)

「ダメ。」

「ゆうひれー。」(ゆるしてー)

「ダメ。」


 と、取り付く島もない状態だ。一歩間違えば惨事であったため、俺は謝るしかないわけだが。ハルが昼食作りに呼ばれ、やっと解放された。頬伸びたんじゃなかろうか。

 一人で頬を揉みほぐしながら、丸まり考えることにする。黒球は俺の発言をそのまま実行してくれるようだ。何度か感じた脱力感が代償なのだろう。火や水は出せても、矢などの物は出せない…弓が作れたように、材料を用意して試してみるか。弓を引いていたハルのように強化もできる。使う場所さえ間違わなければ大丈夫だろう。

 一応、断っておくかと台所に行く。


「ハル、盛り土のところに行ってくる。」

「ダメ。」

「……なんで?」

「ダメ。」

「……ハルは一緒に行動したいのよ、ね?」

「うん。」

「……わかったよ、飯の後で練習だ。」


 なぜかハルの許しがでない。さすが母親だな、ハルの思考がわかるらしい。ハルの食事が終わるまでハルの膝で丸まりつつ、練習メニューを考える。何かこじんまりしたものであれば、ハルにも周りにも迷惑にならないだろう。土は大量にあるしな。


「食べ終わった、行こ?」

「おう。」


 再度、盛り土前である。良い感じに吹き飛んでるな。周りを確認して問題なし。


「土で泥団子作れ。」

「土遊び?」


 ハルの疑問はもっともだが、無視して結果を確認する。俺の目の前には5センチほどのツルツルの泥団子がある。ちょっと出来が良すぎませんかね、黒球や。まぁ、良いか。ハルがまじまじと見ている。

 食べないように言い、持たせてあげると嬉しそうにしていた。喜んでいただけて何よりだ。土があれば泥団子ができる。

 氷の団子も試してみると、5センチほどの氷球ができた。ハルが興味を示したので持たせてあげると、驚いていた。そら、冷たいだろうよ。


「色々できるみたいだな。」

「他には?(ワクワク)」


 つぶやいた俺にハルが寄ってきた。なんだろう、ハルのキラッキラした瞳が怖い。

 目をそらした俺は、吹き飛ばした的の残骸に目をとめた。


「あの木をこっちに。」


 と言うが、何も起こらない。あれ? 範囲があるのか。少し近づいてもう一度言うと、今度は目の前に転移してきた。どうやら5メートルが範囲のようだ。覚えておこう。ハルと俺の間に、泥団子と木片を置く。


「浮かせろ。」

「ひゃぅ。」

「あ、すまん。」

「……え? え? なんで? 地面、あれ?」


 主語が無いと、全部浮くのか。気を付けないとなぁ。ハルは焦ると文字数が増えるんだな。しばらくして慣れてきた様子だったが、ハルを降ろしてあげる。残念そうにしないの。

 浮いた泥団子と木片を動くようにイメージしても動かなかった。やはり言わないとダメなのか。


「撃て。」


 何気なく盛り土に向かい言った後、見事に埋まった泥団子と深くまでめり込んだ木片を見て、ハルがジト目で寄ってくる。

 頬を引っ張られながらも、盛り土などを直しておく。忘れちゃダメだよね。



 その後、練習で泥だらけになった俺たちはハルの母親に怒られた。

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