まるくまるく
あるまたく
黒、狐、奪
第1話
「ん?」
これが、俺の最後の言葉になった。バイト帰りに空を見上げ、つぶやいた一言。
まさか、最後になるとは思わなかったんだ、はぁ。
「で、ここはどこだよ……。」
周りの景色が一変した。ついさっきまで住宅街だったはずだ。それが今は静かな森で青空が少し見えている。周囲には雑草が俺の目線ほどまで伸びている。
おかしい。おかしすぎる。周囲を見回して、それに気づいた。
「鼻……と、なんで尻尾?」
白い、先端だけが黒いファーのような尻尾があった。動く尻尾が追い打ちをかけ、しばし呆然としてしまった。……俺が動かしたいように動くようだ。
「……はぁ。」
ため息を吐き考える。何がどうなっているのかと。バイト帰りにいきなり森の中に来た。なるほど、意味が分からん。周りを再度見るも木々が見えるだけ。
静かだなと、どうでも良いことを考える。
「へぇ……手も小さいな。耳もだよなぁ。」
しばし自身の確認をした後、立ちあがる。二頭身の狐っぽい姿なのに、二本足で立てるようだ、って当たり前か。
「ん? なんか踏んでたか……指輪?」
立ち上がった際、肉球に当たって気づいた下敷きにしていた指輪を観察する。外側には模様も何もない白い指輪。内側に模様があるが良し悪しが分からない。
模様に触れても、においを
「とりあえず……はめとくか。」
指輪なのにな、と思いつつ左前足に装着する。すると指輪がゆっくりと光に包まれ前足に吸い込まれていった。訳が分からず
「!?……と、なんだこれ?」
今の今まで何もなかった目の前に半透明の黒球が現れ浮いていた。
いきなり目の前に現れたことに驚き、後ろに下がると黒球が近寄ってきて、目の前で浮遊する。
なるほど。1メートルほどの距離からは近づいてこないようだ。
「意味分からんな……触って大丈夫なのか、これ。」
と言いつつ黒球に触れてみる。ひんやりとしたビーチボールのような球だ、としか思えなかった……黒いけど。
「まぁ、いいや。害もなさそうだし、はぁ。」
色々なことが起こりすぎて考えることを放棄し始めていた。
とりあえずここにいても何もなさそうなので、当てもなく森を歩き始める。黒球はふわふわとついてくる。少し進むと雑草が顔に当たり顔をしかめる。
「草邪魔だな……。」
何も考えずつぶやいた声に呼応し、黒球からキーンという高い音が一度だけ鳴った。思わず黒球を見たがふわふわ浮いているだけだ。目線を前に戻し、それに気づく。
「え?……はぁ?」
目の前の草が左右に倒れ、幅30センチほどの道ができた。進みやすくなったけど、なんだこれ。それに少し気だるい。
「お?……靴か。」
開けた前方に落ちていた片方だけの
「持っていくには大きいんだよなぁ。」
大きさ。片方とは言え、自身の胴体ほどもある靴を持ち運ぶなど、たとえ花の匂いがしても嫌だ。悩んでいる俺の言葉に反応した黒球から高音がした。
靴の下に黒い円ができ、靴が沈んでいく。トプンっと靴が沈みきると黒い円も消えていった。
「ん?……消えた? いや、入れたのか?」
浮いている黒球につぶやくが浮いているだけだ。さっきよりは疲れないな。黒球の反応が音だけなのか、実験してみよう。
「今入れた靴を出せ。」
黒球に向け指示する。すると、目の前に現れた。間違いない。この黒球は俺の言葉に反応する。そして少し疲れる。ものを移動させたり運んだりできそうだ。
「靴の持ち主はっと……マジか。」
もうため息もでない。黒球から高音が鳴ったからだ。草が倒れ道が伸びていく。
「あっちか、行ってみるかー。」
靴をしまい、黒球に次は何を言ってみるかを考えながら歩く。
草に木、土があって食べ物と言っても腹は減ってないし、じゃあ水か?
つぶやいてみよう。
「水……あぶねー。」
1リットルほどの水球が降ってきた。思わず飛びのく。地面にぶつかり水たまりができた。一応成功である。
実験を続け、火ならばマッチ程度の火が、落とし穴ならば地面に半径20センチ深さ30センチ程度の穴ができた。風ならば草がなびく程度の風が吹いた。色々できそうだ。疲れるけど。
「ん? 人……か?」
しばらく歩いた先の木の上で弓を構える人がこっちを見て……って矢をつがえようとしている。立ち止まり、少し考える。
「まさか撃って、俺って今やばいか?」
自分が動物っぽいこと、矢の向き、目線を考え、ぼーっと人を見据える。弓から放たれた矢が迫る。あっと声も出せないままでいると、視界を黒球が覆った。カーンと甲高い音を立て、矢が弾かれる。木の上の人は目を見開いている。冷や汗が今になって出てきた。
「ぉぉ、防ぐんだな、死ぬかと思ったわ。」
とりあえず、木の上の人に声をかけるか。通じれば良いのだが。またゴソゴソしている?
「おーい、撃たないで「カーン」くれーって、おい!」
言っている間にも撃たれ、声を荒げてしまう。黒球には傷が無いようだ。撃たれても動かない俺を見て、あちらも何か言っている。
「矢が弾かれた? 魔物? なのかな……動かないけどどうしよう……ぅぅ。」
ふむ、言葉は大丈夫か。本日何度目かのため息とともに、ぶつぶつ言っている人を観察する。
突然、森の中に飛ばされ、矢を撃たれるという刺激的な状況。さらに今も木の上の人とにらみ合っている状態だ。上半身しか見えないが、薄緑色の服を着た茶髪セミロングの少女のようだ。こちらを気にしつつもキョロキョロしている。頭には獣耳がある。尻尾が見えないが獣人なのだろう。
今もぶつぶつと何か言っているが、聞きとれない。
「降りてこいよー。」
と、声をかけるも進展無し。はぁ、とため息をついて考える。何かが周りにいるのかと。
その時、静かな森に木の倒れる音と振動が伝わってきた。木の上の少女は音がした方向を凝視している。
振動が小刻みに伝わってくる。……だんだん大きくなってないか?
「なんかいるんだな。近くの木に隠れながら様子見するか。」
と、近い木に隠れつつ少女の見ている方向を見やると、しばらくして大きな熊が姿を現した。いや、でかすぎだろう。そして黒球よ、お前も隠れろよ。黒球を捕まえておく。
熊は地面や木に鼻を近づけ
こちらに気づく前に逃げられないか、と
木の上の少女はじっとしている。木に隠れながら移動すれば離れられるか? 黒球を持ちながらだと動きづらいな。
「熊があっちに行ってくれればなぁ。」
その時、仄かに黄色く光った黒球から高い音が鳴る。ビクッとしてしまった。
ここで音立てるのかよ、と思った次の瞬間、熊の後方に雷が落ち、稲光とともに大きな音が
「ひっ!? わっわっ。」
そりゃあ森の中で雷鳴ったら驚くよね。あ、落ちそう。
「助けろ。」
黒球に告げると、木の上から落ちそうな態勢の少女が無理な態勢でピタッと
熊は木の上を
十分に離れたのを確認して、少女を見やる。……すごく見られているな。
起き上がって話かける。
「無事か? もう撃ってくるなよ?」
「この辺に村でもあるのか?」
「降りてこれるか?」
俺が聞いても、少女は首を縦に振るだけだ。まぁ、言葉が通じているのは良いことなんだが。怪我でもしているのか、慎重に降りようと四苦八苦している。
「はぁ、降りるの手伝ってあげて。」
少女は俺の前にゆっくりと下降し、地面に降り立つとすぐに座り込んだ。薄緑色のワンピースに弓と矢筒、片方だけの革靴。裸足の方は……やはり足を痛めているようだ。
「足の怪我を治せるか?」
黒球が少女の目の前に移動するも、少女はまるで見えていないかのように俺を見つめている。目の前に黒い球が浮いていれば、そっちを見ると思うんだが。
黒球の高音も少女は気にならないのか、平然としている。
俺がほんの少しの虚脱感に襲われると、少女の怪我の周辺が
緑光がなくなり、きれいな足に戻ったようだ。が、片方の靴がないな。
靴を出してあげると、俺と靴を交互に見て
少女は靴を
「帰るのか?」
「うん。」
「熊は大丈夫か?」
「ううん。」
「……村はどっちだ?」
「あっち。」
「……熊は村のほうに行ったのか?」
「うん。」
「とりあえず村に行っても良いか?」
「うん。」
「よし、行こう。」
「うん。こっち。」
俺が歩くのに合わせて、ゆっくりと案内してくれる。悪いね。足が短いんだよ。
少し歩くと、やはり俺が遅いらしく抱えあげられた。少女に抱えられる日がくるとは、とガックリしてしまう。が、少女は口元がニヤついていた。……うれしいのか、そうですか。はぁ。
少女は春に生まれたからハルという名前らしい。俺を抱えてから返事の文字数が増えて、俺はうれしいよ。はぁ。
「あれが村。」
「……ほぉ。」
しばらくして村の近くまで来たようだ。
高さ3メートルほどの石壁で囲まれた村は、50人ほどが暮らしているらしい。石壁の上で監視している人影が見えている。
ハルが開けてと言えば、門を開けてくれるそうだ。こちらを見つけた人が走り去っていった。開けてくれるのだろう。……開けてくれるよな? と、ハルを見ると首をかしげている……大丈夫だろうか、不安になってきた。
門の前まで近づくと門がゆっくりと開いた。門番と思われる数名が武器を構え、警戒している。
俺たちが入ると門を閉め、ハルの無事を確認していた。
「熊が森から出てきて心配してたんだぞ。」
「うん。無事。守ってくれた。」
「無事か、って誰かいたのか?」
「うん。この子。」
「魔物じゃないみたいだが……まぁいいか。親御さんも心配してたぞ。」
「うん。帰る。」
門番とのやりとりの間、俺は抱えられたままだった。問題ないらしいし、良いのだろう。黒球も相変わらずふわふわと。どうやらハルが気にしないだけではなく、皆に黒球は見えていないらしい。
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