第10話 Replace



 僕と1088が話し合った翌日には、早くも「AIロボットから人間への大政奉還」のニュースが報じられていた。


 昨日あまり寝ることができず、気だるさを感じた僕が会社に休むと連絡を入れると、RH05はあっさりと認めてくれた。1088から情報が伝わって来ていたのかもしれない。


 僕はベットの中で、色々考えた。


 ふと「それならロボットをもっと量産して、会社にドンドン送り込めば、人間なんか要らないんじゃないか?」という疑問が湧いた。


 その答えを1088から聞く機会はもうないだろうが、恐らくそれはこういう理由だろう。


 ひとつはどれだけロボットを作っても、結局ロボットたちは同じような欲求を持つことになる。それは同じことを繰り返すことになるだけだ。


 それなら、もうちょっと能力を落としたロボットを作って、人間と変わらないレベルの能力を持たせればいいのにとも思ったけど、それは無理だろう。


 ロボットたちは常に「進化」を求められているし、求めている。ダウングレードなどありえないのだろう。




 次の日からの僕の仕事は目が回るほど忙しいものとなった。


 会社に残された人間たちは、昔の同僚などに片っ端から連絡を取り始めた。もうとっくに別の仕事に就いてしまっている者も多かったが、ベーシックインカムで細々と生活している者もいて、彼らの多くは復職を希望した。


 結果として、元の六割程度の人間が会社に帰ってくることとなったが、ロボットたちのお陰で、以前より格段に効率的になっていて、業務自体に支障はなさそうだ。


 僕はと言うと、人間たちスタッフの統括を任されていた。一応肩書は「社長代行」だ。


 この僕が。


 笑ってしまう。


 実際にはロボットたちは一斉に会社からいなくなったわけではなく、人間が復職するに従って彼らは会社から去っていった。


 1088は最後まで会社に残って、僕をサポートしてくれた。それに彼を含めて管理職に就いていたロボットたちは、今後も当面は会社をサポートしてくれると約束してくれた。


 情けない話に聞こえるかもしれないけど、僕の本音を言わせてもらうと、それが一番の心配事だった。彼らのお陰で会社の売上は伸び、業界首位すら脅かすほどになった。


 彼らがいなくなってしまえば、元の木阿弥になってしまうんじゃないか、それが怖かった。でも1088は「大丈夫ですよ。いつでも何でも相談に乗りますから」と僕を勇気づけてくれたので、その心配はなくなった。


 約一ヶ月ほどで、会社からロボットたちはいなくなっていた。気がつくと、人数は減ってしまったけど、ロボットたちが来る前と変わらない日常に戻っていた。


 他の会社でも同じことが起こり始めていた。会社を去ったロボットたちは、大学や民間の研究所に入るもの、海外に出て社会貢献活動に勤しむもの、自ら会社を立ち上げ新しいサービスを提供し始めたもの、様々だった。


 やがて「参政権」を主張するものが現れた。彼らの主張は選挙権ではなく被選挙権だった。つまり議員に立候補したいと言い出したのだ。


 当然現役の議員は猛反対した。当たり前だ。誰だって身に降りかかる火の粉は振り払いたいものだ。そう言えば、課長もそうだったな、と僕は思い出した。


 課長がその後どうなったのかは分からない。僕は敢えて連絡を取らなかったからだ。理由は聞かなくても分かるだろう?


 さて、話を戻そう。現役議員は猛反対したが、それを世論は許さなかった。ロボットたちの進出がほとんどなかったメディアは、一斉に「世論の声」として、ロボットたちの被選挙権を訴え始めた。


 やがて押し切られる形でそれは認められ、内閣は総辞職、衆議院も解散し、選挙が始まった。


 長らく「どうせ投票しても何も変わらない」という認識が僕らのものだったので、あれほど盛り上がった選挙を見たのは初めてのことだった。


 ロボットたちは論理的に、具体的に、計画的に、自分たちがやるべきことを訴えていった。国民にとって良いことばかりではなく、耳が痛いことも平然と言ってのけた。


 人間の議員たちは相変わらず「助けて下さい!」「なんとかして下さい!」を連呼するだけだった。もしくは誰もが「それは無理だろう」と思うような公約を掲げて、国民に甘い夢を見させようと試みていた。


 結果として、選挙はロボットたちのためにあったと言っても良い程の、結果となった。テレビで当選者の一覧が報じられていたけど、ほとんどが同じ顔をしていて、思わず同僚たちと笑ったものだ。


「区別がつかねーな、こりゃ」


 僕の隣で吉永が苦笑いしていた。


 僕も苦笑いし、テレビの画面を眺めていると、同じ顔をしたロボット新米議員の中に、覚えのある顔を見つけた。


 1088だった。そうか、彼も立候補していたんだ。頑張れよ、僕も頑張るから。


 その後約一年に渡り、ロボットたちの政治が行われた。ロボットたちは、僕たちの会社で行ったように、合理化を行い、不正を正し、停滞していた社会機能を蘇らせ、ほとんどの人が恩恵を受けるようになった。


 このまま僕たちの生活は良くなっていくのだろう、と思いつつも、少し不安もあった春先。突然、流れが変わった。


 テレビが、雑誌が、ネットが一斉にロボット議員を追求し始めたのだ。「このままでは社会全体がロボットに乗っ取られてしまう」というのが主な主張だ。


 何を今更。


 僕を含めて多くの人はそう思っていたが、毎日流されるその情報は、やがて「世論」として形成され始めていた。ロボットたちを議員へと押し上げた世論が、今度はロボットたちを迫害しようとしていた。


 思えば、ことが性急過ぎたのかもしれない。人間はそんな急激な変化に対応できるほど強くはない。いつだって人間は「前の方が良かった」と思ってしまう生き物なのだ。


 このことに僕はショックを受けていたが、一番思う所があったのはロボットたちだったようだ。人間社会をより良くしていくことが彼らの目的であり、原動力だった。


 それが否定されたのだから、彼らがショックを受けたのも当たり前だ。彼らに「ココロ」というのがあるのかどうかは分からないけど、そういうのに近い感情はあったはずだ。


 彼らはそれから程なくして、一斉に議員を辞職して、二度と政治の舞台に立つことはなかった。




 最後に、僕のことも少し話しておこう。


 会社に戻ってきた人間は、始めは「仕事があるだけで嬉しい」と言っていたが、すぐに元通りになった。つまりは権力争いが起こった。


 そういう人たちにとって、僕のような「社長代行」なんて肩書の若造は邪魔者だったに違いない。僕も僕で、ある程度人間を復帰させた後、何をしていいのか分からなくなっていた。


 ロボットたちの助言で、ある程度仕事はできたが、自分で事業を切り盛りしていけるほど、僕は優秀じゃない。やがて「社長代行」なんてポストは、ただの窓際ポストとなって、僕の仕事は完全になくなった。


 いたたまれなくなった僕は会社を辞めた。幸運なことに、1088が僕の報酬を桁違いに上げてくれていたおかげで、退職金も合わせると、もう一生働かなくていいほどのお金があったので、僕は完全にリタイアを選ぶことができた。


 今はこうやって、ネットに過去の出来事を綴ったりして、のんびり暮らしている。


 1088とは実は今でも親交がある。議員を辞職した後、南極で溶けてしまった氷山などの修復を行う研究をしているらしい。先日電話で話したけど「とても充実している」と言っていた。結構なことだ。


 人間の手に戻った政治は、相変わらず足の引っ張り合いをしているだけだけど、もはや政治に頼らなくても、社会の基盤を支えてくれているロボットたちの手によって、安心して暮らしていける世の中になった。


 それでもまだまだ多くの問題はあるし、解決していかなくちゃならないことも多い。


 でも、ま、そういうことも、なんとかなるもんだ。

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