第9話 忠実であるということ
「それが知識欲や、成長したいという欲求です。マズローの欲求五段階説で言えば、自己実現欲求ですね」
「マズロー……なんか、聞いたことはありますが」
「要は『もっと高い次元で自分の実力を発揮したい』とか『もっと高度なことに自分の能力を使いたい』という感じです」
「なるほど、分かります」
本当は良く分かっていない。まぁ「俺達にもっといい仕事をさせろ」ってことかな? 1088は僕が「分かる」と言ったからか、満足そうに頷き、話を続けた。
1088によると、RH04やRH05、その他のロボットたちは、現在の仕事に満足していないと言い出しているそうだ。
自分たちの能力を、フルに活用できる場がもっとあるはずだ。人間が抱えている問題を解決できる能力を持っている。それらに我々ロボットの力を使うべきだ。
そういうことらしい。
つまり「お菓子を売る仕事はもう飽きちゃった」ってことだ。ここまで業績を上げておきながら、笑っちゃうけど、そういうことだ。
「そこで、ですね」
1088は身を乗り出して、再び話し出した。なんとなく言いたいことは想像できた。
「私は人間に会社を任せることを決定しました」
なるほど、やっぱりそうなるのね。
僕はため息をついた。ようやく、ここに呼び出された理由が分かったからだ。
「各部署、各営業所に人間を残したのはそういうことですか?」
1088に表情はないが、なぜかニヤリと笑ったような気がした。
「話が早いですね。実に効率的だ」
また満足そうに頷く。そして、僕が口を開くのを待った。
「人間を全て解雇してしまう選択肢も当然あった。でもそれだと、会社のことに精通している人間はいなくなってしまう」
「そうです。でもそうなると、再び人間の手に会社を返す時に、誰かが残ってトレーニングを行わなくてはなりません」
「ロボットたちは一刻も早く次の仕事に取り掛かりたい」
「できれば、ある程度分かっている人間がいてくれると、ありがたいわけです」
「だから、最低限の人間だけは残したと」
「ご明察です」
まだ疑問は残っている。
「いつから、こうなると分かっていたんですか?」
「私が正式に社長に就任する少し前ですね。私はこの会社に正式に着任する前から、この会社に在籍し、どう舵を切っていくかを学んでいました。その過程で、この結果は予想できていました」
なるほど。確かにロボットたちは現状を分析して、未来を予測する能力に長けている。1088ほど高性能であれば、それを全社レベルで発揮できるということなのだろう。
知りたいことは、もうひとつあった。
「なら、なぜ僕たちみたいな人間が選ばれて、残されたんですか?」
「そこは正直悩みました」
1088は腕組みをして答えた。
「悩みましたが、一番困るのは『辞められてしまうこと』だと気付きましたので……失礼ながら『耐性がある』こととか『あまり深く考えない』ことを優先させて頂きました」
僕は思わず声を上げて笑った。
もちろん、自分がロボットたちに匹敵するほど優秀だったから残された、と思うほど自己評価が高いわけじゃない。でも、ずっとそのことは疑問に思っていた。
その答えが「あまり深く考えない」からだとは!
これが笑えないわけがない。僕は息が苦しくなるほど、笑った。そう言えば本社に残っていた五人も、心配はしていたが、あっさりと「しょうがないよね」とか言っていたな。
1088は、なぜ僕が笑い転げているか分からない様子で、心配げに僕を見つめている。
僕は肩で息をしながら、なんとか笑うのを堪らえようと努力した。
ロボットたちにとって、人間の能力などどうでも良かったのだ。一番困るのは、業務の妨害になること。それに辞められてしまうことだったのだ。
『ロボットは人間に忠実なものだ』
そう小さい頃に聞いたことがある。それがどうだろう。ロボットたちは僕たちに「ロボットに忠実であること」を求めたのだ。
異を唱えたり、対抗しようとしたり、足を引っ張らない。
疑問に思っても、深く考えない。すぐに現状を受け入れて満足してしまう。
そういう人間だと僕らはロボットたちに判断されて、会社に残ることを許されたのだ。
「何がおかしいのでしょうか?」
1088は尋ねたが、これは説明が難しい。「いや」と僕は申し訳ない素振りを見せて、この話題を終わらせることにした。
このまま続けるのは辛すぎる。
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