第8話 社長面談



 本社の社長室には、以前は重厚な扉が付けられていたはずだが、いつの間にか取り外されて、通路との境はなくなっていた。


 僕は何処をノックして良いのか分からず、少し戸惑ってしまったけど、すぐに中から「どうぞ、入って下さい」と声が聞こえた。


 「失礼します」とだけ言って中に入ると、豪華なデスクが置かれていて、そこに一体のロボットが座っていた。


 敢えて「彼」というが、彼は一脚の応接用の椅子を手で指して「どうぞ、こちらにお掛け下さい」と柔らかい物腰で僕に勧めてきた。


 彼は手慣れた手つきでコーヒーを淹れると、僕に差し出して、自分も椅子に腰掛けた。その優雅な動作は、今までのロボットたちとは一線を画するものだった。


 彼は自分を「RH1088」と名乗った。


 管理職型ロボット「RH05」が登場してからも、次々と新しい機種が登場して、今の最新機種は「RH87」になっている。


 ただ業種によっても異なるらしいので、数字が上の方が性能が高いというわけでもないらしい。現にRH05はバージョンアップを受けながらも、今でも僕の上司だし、04シリーズは僕の同僚だ。


 それにしても1088とは、数字を聞いただけで凄そうなナンバーだ。まぁ、社長ってからには、それなりのものは求めれるのだろうけど、彼はその数字に見合うだけの性能を手に入れているようだった。


 外見はあくまでもロボットだが、物腰といい、人間と変わらない発音といい、とてもロボットとは思えなかった。僕が1088のことを、うっかり「彼」と呼んでしまうワケだ。


「藤田さん、今日はわざわざお越しくださって、ありがとうございます」


 1088はそう切り出すと、今日僕を呼び出した理由を語りだした。


「我々は先代の経営陣から、事業の効率化を求められ、AIロボットを投入して参りました」


「藤田さんも、もうご存知だとは思いますが、各部署、各事業所に1名ずつ残して、全てロボットに置き換わりました」


「我々の予想通り、事業は格段に効率化され、もはや業界ナンバーワンの地位を手に入れるのも時間の問題です」


「このプロジェクトを通じて、我々AIロボットは格段の進歩を遂げました」


「藤田さんに、こういうことを言うのは大変心苦しいのですが、我々の能力はすでに人間のそれを大きく上回っております」


「良い商品を作り、良い販売ルートで、良い広告を行い、最もコストの掛からない方法で、最大の利益を上げ、一番効率的な投資をする」


「このことにおいて、人間は我々に絶対に敵いません」


「もう一度言いますが、それは我々が短期間でここまで進歩したからできたことです」


「しかし……」


 ここで1088は一旦言葉を切った。僕の目を真っ直ぐ見つめて、しばらく微動だにしない。


 僕はテーブルの上に置かれたコーヒーに口をつけた。以前、食堂で年配の社員にもらったコーヒーよりも、美味しい気がした。


 1088は手を膝の上で組み直して、話を続けた。


「しかし、最近会社の一般業務に従事しているロボットたちから『不満』が生じ始めています」


 僕は思わず耳を疑った。ロボットが不満だって?


 1088は僕の表情から悟ったのか、ごもっとも、というように深く頷いた。


「そうなのです。不満です。我々ロボットには感情はないと思われているかもしれません。しかし、決してそうではありません」


「もちろん、人間のように複雑な感情は持っていません。そこに達するには、我々はもう少し進化しないといけないでしょう」


「我々の持っているのは、人間で言う所の『欲』の一部です。人間の根源欲と言った方がいいでしょうか」


「もちろん、プログラムにより、その大部分は禁止されています。食欲や性欲は元からありませんしね」


「その中で、我々が進化する上で不可欠な欲があります」


 僕は1088の言葉に聞き入っていた。


「それが」

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