第6話 ハンコもラってきて
僕と課長の「人間会議」は一時間ほど続いた後「お前に聞いた俺が馬鹿だった」という身も蓋もない課長の一言で終わりとなった。
何度も言っているが、この状況でどうしたらいいのか、なんて、僕に分かるわけがない。むしろ僕のほうが教えて欲しいくらいだ。
会社に戻ると、課長は上司の部長などを相手に「人間でしか出来ない仕事もある」と、今まで言っていたことと真逆のことを、熱弁していたらしい。
その努力もむなしく、二日ほど経った後朝出社すると、課長の席に見慣れぬロボットが座っていた。RH05だろう。
こうして遂に営業所内には、僕以外の人間がいなくなった。それでも僕のやることには、何の変わりもなかった。自分の担当している店を回って、担当者と交渉して商品を置かせてもらったり、販促グッズを配ったり。営業所に戻れば、日報を書いて課長であるRH05に報告する。
ただ、朝礼だけは何故か今でも行われており、それぞれのロボットが仕事の進捗状況を報告し合う。僕はそんなシュールな光景の中、吉永の代わりにやってきたRH04が報告しているのをぼんやりと聞いていた。
でも、これって僕がいなかったら、ネットワーク上で一瞬で終わっちゃうことじゃないの? わざわざ全員が起立して、音声に出して報告しあわなくちゃいけないの?
そういう時は、自分の存在価値が分からなくなった。それでも僕は相変わらずクビにもならず、ロボットたちと肩を並べて仕事をしている。
僕のいる営業所以外でも、同じことは起こっているらしく、本社などもほとんどのスタッフがロボットに置換えられているらしいし。もちろん他の会社でもそれは同じだった。
その日僕は課長のお使いで、本社へとやってきていた。AI搭載の自立型ロボットがこれだけ普及するほどの時代に「本社でハンコもラってきて」という仕事にどれだけの価値があるのか分からないが、仕事は仕事だ。
本社の玄関ドアをくぐると、受付のスタッフも、廊下ですれ違う人々も、確かにそのほとんどがロボットだった。僕自身にセンサーが付けられたりしていることはない(はずだ)が、それでもロボット達の無駄のない振る舞いをみていると、自分も余計ないことはせず、とっとと用事を済ませて帰ろうという気になってくる。
該当の部署に行って、ハンコをもらう。廊下に出ると、五人の人間のスタッフに囲まれた。その内の一人に「藤田君だね。ちょっと話いいかな?」と話しかけられた。
彼らに付いていくと、社員食堂に案内された。この会社の社員食堂は、お昼休み以外でも開いていて、喫茶店代わりに利用されている。
ロボットたちの姿は当然なかったが、彼らは隅っこの席に僕を案内すると、コーヒーを持ってきてくれた。
彼らの中で一番年配っぽい男性が口を開いた。
「君は、第十四営業所の藤田くんだよね」
名前はさっき訊かれた時に答えていたが、部署まで正確に把握しているとは、ちょっと驚いた。
「私たちは、現在本社に残っている唯一の人間スタッフなんだ」
ほとんどが置換えられている、とは聞いていたが、もう五人しかいないとは知らなかった。彼らによると、皆全員違う部署に所属しており、部署毎に最低一人の人間が残されているそうだ。
なるほど、それで僕も営業所の最後の一人になってしまったわけだ。なぜ最後の一人だけ人間を残すのかは分からなかったが、辻褄としては合う。
年配男性が「現状をどう思う?」と訊いてきた。やっぱり、その話か。
それをきっかけに、五人は議論を始めた。「現状は良くない」とか「でもどうしたら?」とか「上層部に直訴しよう」とか「でも上層部が決めたことに反論するのが得策なのか?」とか。
僕はと言うと、黙ってそれを聞いていた。およそ三十分ほど続いたが、堂々巡りの話し合いに僕は少しうんざりしてきた。
僕より少し年上のお姉さんが言う。
「でもま、しょうがないよね。実際の所、何ができるわけでもないし」
皆一斉に頷き「だよなぁ」とため息をついた。
その通りだ、悩んでも結論などでない。なるようにしかならないのだ。
結局のところ、僕ら人間はロボットよりも劣ってしまったというわけだ。劣った人間が、優秀な人間に置換えられるように、人間もロボットへ置換えられる。感情的には、彼らや課長が言っていることも分かるが、これほど論理的なこともそうはない。
まぁ僕や彼らが残されている理由は分からないけど。
営業所に「用事が済んだので、今日は直帰します」と連絡を入れると、ロボット課長は「お疲れ様デす」とあっさりと許可してくれた。
退社時間にはまだ早かったが、ここから営業所に戻れるほどの時間はない。今日の仕事は、他のRH04達に任せてきたので、僕がやることは特にない。
ほら論理的かつ効率的じゃないか。
電車の車窓から見える夕日を眺めながら、僕は呟いた。
本社の社長が退任し、新社長にロボットが就任するというニュースを聞いたのは、それから二日後のことだった。
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