第5話 RH05



 周りの環境が激変した時、人間はどこまでそれに対応できるのだろう?


 思えば大学に入学した時だって、今の会社に就職した時だって、僕の生活は大きく変わっていった。


 でも、今のそれは、今までのとは全然違う。不安になりながらも、希望もあった当時とは異なり、今は不安と絶望が入り混じったような状態だ。


 エクセレントマートの吉田さんが『RH04』に置き換えられてから二週間が過ぎた。エクセレントマートの他のスタッフもドンドンとRH04へと変わっていき、人間のスタッフは数えるほどになっていた。


 そして僕の会社も同様だった。


 あれから数日置きにRH04は増えていき、その変わりに人間の営業所員は減っていった。


 気がつけば営業所には、僕と課長の二人しかいなくなっていた。僕の隣の席でも、前の席にも、RH04がデスクにつき、相変わらず軽快なリズムでキーボードを叩いている。


 僕と課長以外の最後のスタッフが会社を去った後、営業所へのRH04の配置は突然止まってしまった。そういうわけで、もう数日も営業所内で人と会話をしていない。


 そろそろ心が折れてもいいんじゃないかな?


 僕は毎日そう思っていたけれど、意外と自分がしぶとい人間なんだということに気がついた。こんな状況で仕事を続けているのなど、正気の沙汰ではないとつくづく思う。


 けど、毎朝出社して、お得意先を回って、帰社して報告書を作って、家路につく。人との接触は減ったものの、やっていることは以前と何も変わらない。


 それよりも気になることが二つあった。


 一つ目は「なぜ、自分が解雇されないのか?」ということだ。僕より優秀な人間は、営業所内にもたくさんいた。むしろ、営業成績だけみれば、僕の方が下から数えた方が早いってくらいだった。


 野村係長が辞めた後、少し頑張って中くらいにはなったけど、それでも飛び抜けて優秀というわけではない。


「課長が残ってるのは、分かるんだけど」


 思わずデスクで呟いてしまい、慌てて口を閉じる。


 もう一つの気になることは、その課長のことだった。


 入社以来抜群の営業成績をおさめて、何人もの社員をふっ飛ばして、今の地位になった課長。いつでも自信満々で、周りの目などきにせず、だから部下からの信頼は薄いけれど、それすらも気にせず、数字をひたすら追い続ける。


 その課長の様子が変なのだ。いつもはギロッとした目で所内を見回しているのに、最近は下の方を向いてばかりいる。RH04から営業報告を受ける時にも、どこかたどたどしく、余裕がないように見える。


 課長から「今日は特別な取引先を回るから、一緒に来い」と言われたのは次の日のことだった。


 課長の運転で営業所を後にしたが、僕はどこか居心地の悪さを感じていた。だって、こんなことは入社以来初めてのことだからだ。


 ハンドルを握る課長はさっきから一言も口を開かない。気まずさに、何度か姿勢を変えたりしていると、やがて営業車は、あるスーパーの駐車場へと入っていった。


 そこは郊外型の巨大なスーパーマーケットで、エクセレントマートの三倍以上の大きさもあった。立体駐車場のスロープを、グルグルと登っていく。


 今日は平日ということもあってか、二階にも三階にも空きスペースはあったのだけれど、課長はそれを無視して営業車を走らせる。


 やがて最上階に着いた。車はほとんど止まっていない。駐車場の端の方に車を止めると、少しだけ窓を開けて「タバコ、吸っていいか?」と初めて話しかけてきた。


 僕はタバコは吸わないけど、そう気にする方でもないので「どうぞ」と返事をして、僕の方の窓も少し開ける。


 課長が普段タバコなんて吸っている姿は見たことがないけど、吸う人だったんだな。


 そう思ったが、スーツのポケットから出したタバコは、封さえ切られておらず、どうやら買ったばかりだったようだ。タバコに火をつけると、課長はふぅっと煙を吐き出して少しむせた。


 いつもの睨むような目でタバコを見て、灰皿に消してしまった。なんだ、やっぱり吸わない人だったのか。


 イライラした様子でハンドルを指で叩いたり、またスーツのポケットを探ってタバコを出そうとしたりしていた。


 どこかおかしい。それに気まずい。


 僕は「用件は何でしょうか?」と尋ねようかと思った。いくら勘の鈍い僕だって、こんな所に連れ出されて「取引先周り」なんて言葉を信じるわけがない。


 ちょっと悩んだ後で、ようやく言おうとした時、課長の方から口を開いた。


「本社の方でRH05の採用が検討されているらしい……」


 RH05。つまり今営業所に大量に配属されているロボットの後継機種というわけか。ちょっと前に04が出たばかりだというのに、もう新型が出るのか。


 スマホよりもモデルチェンジが早いですね、と僕は言おうとしてやっぱり止めた。課長の顔が今までよりも険しくなっていたからだ。


「RH05は管理職にも対応できるモデルらしい」


 ほぅ……?


「上は全部署にRHシリーズを配置していく考えのようだ」


 へぇ……?


「つまり……」


 つまりそれは、課長すら置換えられる対象となったということだ。課長の額に脂汗が滲んでいる。課長はその後、徐々に饒舌になっていき「このままでは会社がロボットに乗っ取られる」「今手を打たないと、取り返しの付かないことになる」などと言うことを、熱く語り始めた。


 僕は黙って聞いていたが、要は「自分がクビになるのが嫌だ」と言ってるのだと理解した。何を自分勝手なことを、と思うが、まぁそりゃそうだろう。誰だって、自分の身に掛かる火の粉は振り払いたいものだ。


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