第4話 困ったときのエクセレントマート!



 心ここにあらず。


 僕は一体どうしてしまったのだろう。気がついたら、いつの間にか営業所を出て、近くのコンビニの駐車場にいた。


 最後に覚えているのは、課長が「吉永の代わりに新しいロボット『RH04』が入ることになった」と短く言っていたことだけだ。


「吉永……なんで?」


 田村さんと野村係長がクビになったのも、それなりにショックだった。でも、二人とは歳が離れていたからか、気が動転してしまうほどではなかった。


 でも吉永は違う。


 特別仲が良いわけではなかったけれど、同期ということもあって、何度か一緒に遊びに行ったこともあったし、昨日のように仕事の愚痴や悩みを言い合う仲ではあった。


 昨日吉永に「どうなるのか? どうしたらいいか?」と訊かれた時は、そう深く考えていなかったけど、実際に吉永がいなくなってしまった今、僕は激しく動揺している。


 でも、このままこんな場所でボケーッとしているわけにもいかない。営業車が置きっぱなしになっているのが課長にバレたら、またお説教タイムだ。


 できるだけゆっくりと営業所へ戻る。営業所の駐車場には僕の車ともう一台、営業車が残っていた。その営業車のトランクを開けて、一人の所員が荷物を詰め込んでいるのが見えた。


「生田さん」


 生田さんは確か野村係長と同期だったはずだ。半年前に子供が生まれて、少し前にはマイホームも建てたとかで「頑張らなきゃな」と張り切っていた。


 でも今は顔に生気がない。目は虚ろで、黙々と荷物を詰め込んでいる。大丈夫なの?


 僕は心配になって、もう一度「生田さん」と声をかける。生田さんは虚ろな目のまま僕の方を見ると、挨拶のつもりなのか、軽く手を挙げた。


 僕も吉永の件でショックを受けていたのだが、生田さんの様子を見ているとほっとけなくなって、色々話しかけてみた。始めは死んだようになっていた生田さんだったけど、話しかけているうちに、少しずつ顔色も良くなってきた。


 「うん」とか「あぁ」しか言わなかったのが、徐々に饒舌になっていくのが分かる。生田さんは元々おしゃべり好きな方だ。まだ、完璧に元通りとはいかないまでも、普通に会話ができるようになってきた。


 生田さんによると、あの『RH04』とかというロボットは、野村係長の代わりになった『RH03』の後継機種ということらしい。詳しいことは分からないが、色々パワーアップされているとのことだ。


 それに加えてRHシリーズで、学習したことなどを共有できるそうで、今では野村係長の時のように、人に付いて学習する必要もなく、導入された日から即戦力になるみたいだ。


 今朝の吉永も、出社と同時に「お暇を頂く」ことになって、席に付くことすら許されなかったらしい。正社員には約一ヶ月前には解雇の通知をしなくてはならないそうだが、それも「自宅待機」ということで、問題ないそうだ。


 ということは吉永も、正確にはまだ解雇になっていないということだ。ちょっとだけホッとしたが、それで何かが変わるわけではないし、僕にできることがあるわけでもなさそうだった。


 僕は生田さんに「頑張っていきましょう」と、自分でも一体何を頑張ればいいのか分からないけど、とりあえずそう言って営業所をあとにした。


 生田さんと話したことで、少しだけ心が軽くなった気がしたけど、営業車を走らせているうちに、それの効果も薄れていって、また僕はどんよりとした気分になった。


「困った時は、エクセレントマート!」


 エクセレントマートのテーマソングの一節を、営業車の中で僕はできるだけ明るい声で叫んだ。


 吉田さんに話を聞いてもらおう。それで何がどうなるわけもないけれど、誰かに話を聞いてもらいたかった。


 エクセレントマートに到着すると、僕は鞄も持たずに車を飛び出した。吉田さんに早く会いたかった。お互い男同士で、相手はいい年したおじさんだし、我ながらキモいと思う。


 でも、こんなに誰かに会いたいと思ったことは久しぶり、いや、もしかしたら初めてかもしれない。


 店内通路を早足で抜けて、従業員用の扉を開く。


「吉田さん!」


 この時間帯なら吉田さんはココにいるはずだ。だけどスタッフルームには吉田さんの姿はなかった。


 吉田さんの代わりに、椅子に腰掛けていたソレが振り返り、僕と目が合った。


「おや、藤田さんジャないですか? どうシたんですか? 息ヲ切らして」


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