第3話 replace
「疲れた……」
ありきたりだが、営業所に戻ってきた僕には、そんな言葉しか出てこなかった。
試食会は大成功だった。
郊外の中規模スーパーマーケットの一角を借りて行ったものなので、それほど大盛況になる予定でもなかった。しかしその日は、たまたま近くの小学校が運動会の代休となっていたそうで、スーパーの中は子供でごった返していて、当然グミの試食は列をなすほどになった。
子供たちは試食用のグミを行儀よく受け取っていたが、その内の一人が「美味し〜い!」と叫んだ途端に、奪い合いの展開になり「ちょっと多いかな?」と思っていた試食用のグミは、あっという間になくなってしまった。
一部には泣き出す子供もいたりして、困り果てた親たちは、販売用のグミに手を伸ばした。
品薄商法的な展開になったが、結果としては販売用グミも完売。スーパーの店長からも感謝されるし、数字は伸ばせたし、ということで、今日は言うことなしの一日だった。
ま、その分疲れ果ててはいるけど。
営業車からグミの空箱を引きずるように降ろすと、外はもう真っ暗になっていた。ユルユルになっていたネクタイを締め直しながら「ただいま帰りました〜」と営業所の扉を開ける。
営業所の中はしんと静まり返り、一瞬みんな帰っちゃったのかと思ったほどだった。実際には全員残っており、デスクについて書類を片付けていた。ただ、いつもは仕事をしながらでも、誰かが喋っていたり、コピー機が動く音がしていたりで、騒がしいものだ。
だけど、この日はとても静かで、まるでお通夜のような感じだ。
僕は田村さんがクビになった日のことを、思わず思い出してしまった。あの日もこんな感じだった。
おずおずと自分の席につくと、あの時と同じように、隣の吉永に何があったのか訊いてみた。吉永は険しい顔で少し躊躇していたが、僕の方を見ないまま小さい声で囁いた。
「今度は……今度は野村さんが……」
続きは聞かなくても分かった。僕の視界の左斜め前、野村さんの席には例のロボットが座っていたからだ。
ロボットは軽やかなリズムで、パソコンのキーボードを叩いていた。そんなことをしなくても、ケーブルを繋いでパパっとやれるんじゃないかと訝しげに思ったが、今はそんなことはどうでもいい。
隣の吉永が不意に「すみません、明日の準備をしに倉庫に行ってきます」と立ち上がった。そして「おい、お前も手伝ってくれ」と僕を指差す。
いや、僕も仕事があるんだが、と思ったけど、どちらにしてもこの状況では何も手に付かない。大人しく吉永に連れ立って倉庫へと向かう。
「どうなっちまうんだろうな、俺たち」
倉庫に入るとしばらく無言で荷物を整理していた吉永が、やっと口を開いた。
「あのRHなんとかってロボット、もう野村係長だけじゃなくって、田村さんの担当エリアまでカバーしているらしいぞ」
「えっ、そうなの?」
「取引先との関係で、問題になったりすることもまだあるらしいが、それでも俺たち二人分の仕事をこなせるって、どうなんだよ」
「うーん……」
「俺たちも、田村さんや野村係長みたいに、その内お払い箱になっちまうんだろうな」
「うーん……」
「俺もお前も、入社して三年、四年だっけかな? まぁとにかく、まだまだこれからってところだ。クビになるなんて、冗談じゃねぇよ」
「うーん、だよなぁ」
「どうしたらいいんだろうなぁ?」
「うーん……」
「お前、さっきから『うーん』しか言ってねぇじゃねぇか」
そう言って吉永は苦笑いしたが、どうなるかって聞かれても、正直な所、僕には全然分からない。
吉永の言うとおり、このままだと人間の社員がロボットに置き換わっていく、という流れになりそうだった。それくらいは、僕にだって分かる。
でも、だからと言ってどうしたらいいのかと聞かれても困る。二人分の仕事をこなせちゃうロボット相手に、何ができるっていうんだ?
僕たちはしばらく倉庫の整理をした後、残っていた仕事を済ませて会社を後にした。
吉永も心配していたが、結局のところ「頑張るしかねぇってことか!」という結論に達した。そうだよな。これは僕たちがどうこう出来る問題じゃない。僕たちは僕たちでやれることを頑張るしかないのだ。
次の日は昨日の疲れもあってか、少し寝過ごしてしまった。遅刻と言うほどでもないけど、出社時間ギリギリに営業所に滑り込んだ。
ふぅ、と息をついて、課長のお小言を覚悟していたのだけれど、自分の席に目をやった瞬間、そんな心配事すら吹っ飛んでしまった。
隣の吉永の席には、吉永ではなく、あの「RH03」が座っていた。
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