第47話 宴の終わりと蒼き星(2)
「という訳だ。話はおいおい、お師匠さんから聞くが良い。これで手打ちさ」
「待て貴様、手打ちとはどういうことだ」
一人、納得の行かない異端審問官が俺に刃を向けた。
その見えない刃が俺の頬に当たる。
収めた刃に手をかけて臨戦状態に入ったルシアン。
しかし。
それよりも早く、先をUの時に割った棒が、異端審問官の体を押さえつけた。
何本も、そう、幾つもの影と共に。
「神妙にせよ、ディートフリート・ライヒ一等審問官!!」
現れたのは黒衣黒面の異相の集団。
しかしながら、この一等審問官と、遠からざるものたち。
「なっ、これは、いったい、どういう!!」
「貴様の主である現教皇に背信の疑いがある!! これより、貴様は一時的に異端審問官としての資格を剥奪される!! これは、教会の決定である!!」
異端審問官を捉えたのもまたその異端審問官である。
ユッテ達を追って教会にやってきた人影は、件の魔女の息がかかったものでもなければ、帝国や公国・ローラン王国の手のものでもなかった。
それは現教皇の麾下にあるはずの異端審問官たちであった。
彼らは基本的には教皇の命を受けて行動する教会の守護者である。しかし、時としては、その時の教皇さえも断罪せしめる、教会内の憲兵的な立場を持つ。
彼らもまたコランタンとは違うルートから、現教皇とかの魔女との繋がりについて情報を得ていたのだ。
教皇の息がかかった教会中枢においては、捕縛するのも困難と考えた彼ら。
そのい為、教皇の身辺警護が手薄になる、この教皇会議の場を使って身柄の拘束を計画していたのだという。
「かの者はこともあろうか大逆者である白金の魔女と通じ、かの魔女の禁術へ協力してきた疑いがかかっている。もし、これが本当であれば、教会としては看過できぬ事態である」
「そんな。教皇様が、そのような」
「既に非公式ではあるが自供を得ている。どうやら、貴様、知らぬということは、あの男に利用されていただけのようだな」
ディートフリートの手から魔装がこぼれ落ちる。
「騙されただけとはいえ、現教皇の子飼いの異端審問官のお前には、幾つか聞きたいことがある。悪いが拘束させてもらうぞ」
連れて行け、と、リーダー格の男が他の異端審問官に指示をかけた。
棒の先で器用に男の体を起こしあげると、異端審問官達がその手を戒める。
先程までの暴れぶりなど何処へやら。
男は一言も発せずに同僚達に促されるまま、屋根の上から退場した。
その静寂は主人の裏切りを信じられないからか。
それとも、自分の眼の節穴を呪ってのことか。
なんにせよ、あれほど苛烈な人間が、いやに静かなものだ。
それほど、人の心というのは、簡単に壊れるものということなのだろう。
さて。
一人残った異端審問官がこちらを向く。
正確にはコランタンの方をだ。
「コランタン老。此度の貴方の独断先行による行為、我々もおおいに驚いている」
「それはすまんな」
「どうして実行に移す前に相談していただけなかったのか」
決まっている。
先ほど捉えられた異端審問官のように、信頼ならない者がいるからだ。
そう言ってしまえばもめるのはわかっている。さて、それは思いつかなんだと、コランタンは老人のふりをしてその追求をかわした。
まぁ構いません、と、異端審問官。
「ともかく貴方のおかげで教皇を残して関係者は根絶やしだ。教皇の身柄も、アイゼンランド公国に抑えられた。せめてディートフリートについては貰い受けます」
「どうぞ。構わん」
「アイゼンランド。公国魔法部隊といったか。現教皇の身柄は一旦お前たちに預ける。だが、いずれしかるべき手続きでもって、こちらに引き渡して貰う」
「そうしてもらおうか。俺達も、あの魔女の情報さえ手に入れられれば文句はねえ」
俺達に出し抜かれたのが悔しいのだろう、高圧的にそう言い切ると、その異端審問官もまた屋根の上から姿を消した。
喧騒は鳴り止み、将兵たちは静かに闇の中に佇んでいる。
ぎょろり、と、アルマンの手の中のコランタンの目玉が動いた。
こちらを見ているその眼はまた、先ほど、弟子に向けたそれに近い憂いがあった。
「さて、公国の狗よ。そなたは本当にあの魔女を追うのだな」
「そう言っているだろう」
「奴を追うということがどういうことか、知らぬということはないだろうが。失うにはおしい命だ、無謀なことはするなよ」
「ははっ。ローラン宰相に心配されるとはな」
アンタが敵に回らないってだけで、その心配の半分は解消される気がするがね。
まぁ、せっかくの復讐を止めてまで介入したのだ。
志半ばで死なぬようには気をつけるよ。
そんな俺の心情を見透かしてだろうか。
くく、と、コランタンがアルマンの腕の中で笑う。
「まぁ、あの女が生きている限り、いずれまた、道を交えることも在るだろうよ」
皮肉に口元を歪ませてコランタンが言う。
そうさな。
あの女の命あるかぎり、俺達の因縁というのは終わらないだろう。
ゆくぞ、と、コランタンが声を上げる。
その首を抱えてアルマン、そしてそれに続いてルシアンが俺達に背中を向けた。
「そうじゃ、最後にその名を覚えておこう。哀れな魔女の元従者よ」
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