第48話 宴の終わりと蒼き星(3)
「ルド。この人、誰?」
「誰ってひどいな。おいちゃんじゃないかよ、マヤ」
「若返ったところマヤは初めて見るんだから、そりゃ分からんくて普通だろう」
若くなったフリッツに警戒の眼差しを向けるマヤ。
いつもの調子に近づこうとしたフリッツからさっと彼女は逃げた。
おいおい、信じてくれよ、と、苦笑いを浮かべるフリッツ。
「ほんと。初めて見るから驚いたわ。アンタ、若いとこんな顔なんだね」
そんなフリッツと俺達の間に割って入たのはヘルマだ。
むにむにとフリッツの顔を引っ張ってはいたずらっぽく笑っている。
フリッツの事情をしっているのは隊の中でも古参の者に限られる。
彼が不死の体になった場に立ち会った俺とマルク、そしてウド。
それからその時に隊に居たリヒャルトとユッテくらいのものだろう。
ヒルデが入隊したのもその後だ。
フリッツの頬を引っ張りあげているヘルマと同じように、ヒルデもまた不思議そうな表情でそれを見つめていた。
「知りませんでしたわ。まさかフリッツが私より年下だったなんて」
「人は見かけによらないってことさね」
「それにしたって貴方ひとことも言わないのはどうですの。一応、年長者として敬ってきたというのに、これまでの私の気持ちを返していただきたいですわ」
「あれで敬われてたのかよ」
どうしてかこちらを見てくるフリッツ。
何を求めているのか分からん。
だが、世間知らずのお嬢様の言う礼儀など、こんなものさ。
豪華絢爛な仮面舞踏会の夜も明けて。
教皇会議二日目の朝。
昨日の大捕り物でもってすっかりと公国の回し者と顔の割れてしまった俺達は、誰に憚るでもなく宿屋の前に集まると、今後の段取りについて話し合っていた。
もちろん教皇不在では会議もなにもあったものではない。
同時に、既にコランタンの目的も果たされて、俺達が参加する意義も無くなった。
気が楽といえば楽だが。
まぁ、なんとも締りのない幕切れである。
とはいえ、そこは社交の場。
主催者側はそうはいかない。
教皇捕縛について教会からの説明、また、表向きには宰相を失ったローランから今回の事件についての説明するためにも、この後の会議は開催する運びとなっている。
公国側の問題としてはその場に参加しなくてはいけない、という点が一つ。
もう一つは、勢いで引き受けてしまった、教皇の身柄をどうするかということだ。
「ウドも合流したことだしな、一旦、ここの対応はウドとヒルデに任せて、俺とフリッツで教皇を護送する。問題はないな」
「一人だけ先に帰って楽をしようとして」
「まぁそう言うなよヒルデ。因縁のある俺達にここは譲ってくれや」
ふん、と、鼻を鳴らしてヒルデは顔を背けた。
「おい、拗ねちまったぞ、お嬢さん」
「いいんだよほっとけ。アイツもこっちの事情は分かってるんだ」
「マルク様も貴方も、その魔女の尻を追い回してばかり。いったいなんなんですの。そんなもの放っておけばよろしくてよ」
なんなんだろうな。
こっちが知りたいくらいだ。
ただ放っておくことはできないんだ。
お前たちが生きる今のためにも。
あの魔女を、関わった俺達が裁かない、というのは、できない選択なのだ。
ただ、きかん坊の娘になにを言っても無駄である。
背中に隠れているマヤを抱き上げた俺は、そのまま俺から視線を背けたままのヒルデへと近づいた。
ほれ、と、そんなヒルデにマヤを差し出す。
「こいつのおもりは頼んだぜ」
「嫌ですわ」
「ヒルデ。マヤのこと、きらい?」
「あぁっ、その。違いますのよマヤ。そういうことではなくって」
涙声で尋ねたマヤにあわてて振り返ったヒルデ。
そんな彼女に無理やりにマヤを押し付けると、俺は彼女に背を向けた。
ちょっと、と、後ろから俺を怒鳴りつける声がする。
「という訳だ、行くぞフリッツ。リヒャルト、仕事が終わったからって酒は控えろ。ユッテ、リヒャルトの面倒は頼んだぜ」
「手厳しいね。まぁ、分隊長どの直々のご指名とあればやらない訳にはいかないね」
「お目付け役はまかせな。安心していっといで、ルド」
「ヘルマ。悪いが今日からお前は未亡人だ。あとはよろしく」
「なに言ってんのよ。演技を冗談に練りこんでこないでよね。サブイボ立ったわ」
談笑の飛ぶ中に、待ちなさい、と、ヒルデの怒った声が響く。
俺は振り返らずに、その場に視線を落とした。
宿屋の前に通っている石畳の敷かれた街道。
その隙間に落ちた小さな石つぶを――ただ、意味もなく見つめる。
「いいこと、私達が公国に戻るまで、勝手に居なくなるんじゃありませんことよ」
「おいおい勘弁してくれ、お前までフリッツみたいな悪い冗談かよ」
「ルドルフ」
ヒルデが俺の名を呼んだ。
まるで昔のように。
俺が自分の感知できないどこか遠くへと行ってしまうのではないか、という切ない感情を滲ませて。彼女はそれを俺に言った。
どんな風に言われても返す言葉は決まっている。
「安心しろよ。ちゃんと待っててやるから。というか、頼みの綱の隊長さまが不在なんだぞ。まずは、アイツと合流せんことには、身動きもとれんだろう」
「本当ですのね」
「本当だよ」
本当、という、オウム返しの代わりに、今は、ふん、と、ため息が聞こえてくる。
短くない付き合いである。
ヒルデもまた、俺がそう答えるしかないことを知っているのだ。
信じますわよ。
そう短く呟くと石畳を蹴る足音が辺りに響いた。
どうやらヒルデは理解してくれたらしい。
悪いなヒルデ。
どんなことがあっても、こればっかり、お前を巻き込む訳にはいかないんだよ。
お前がどういう気持であっても、これだけは、な。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます