第46話 宴の終わりと蒼き星(1)

「皆、剣を収めろ。我々の負けだ」


 倒れていたパウラを助け起こし、ウド・ユッテ達と合流した俺は、コランタンの生首を携えて、元来た道を辿って黒曜石の大灯台に戻った。


 本来の仮面舞踏会は中断され、黒曜石の大灯台は帝国の兵とローランの兵が小競り合いを繰り広げる場と化していた。

 幸い、まだ、死者までは出ていないようだ。


 コランタンの一喝で、ローランの兵達はその動きを止めた。

 正確には、コランタンの姿に驚いてそれどころではなくなったというところだ。


 帝国兵とローランの兵たちの間を抜けて、俺はコランタンと黒曜石の灯台の屋根へと向う。

 案の定、そこに奴らはまだ居た。


「コランタン様!? そのお姿は!?」


「すまんなアルマン。この通りだ。ワシとしたことがこやつらにしてやられたわ」


 ここを発つ前にヘルマとリヒャルトが抑えていたアルマン。

 そして、異端審問官との激しい戦闘を繰り広げていたルシアン。


 二人は俺がその場を後にした時と変わらず、黒曜石の灯台その上で、それぞれの相手に釘付けにされていた。


 彼らもまた、眼下の兵隊達のように、コランタンの生首を見るや我を忘れ、眼の前の相手との戦いを忘れて、すぐさまこちらの方へと駆け寄ってきた。

 アルマンに俺は手の中のコランタンを投げつける。


 少しの戸惑いも見せずにそれを受け取ったアルマンは、その師の変わり果てた姿を目の当たりにして、ひと目もはばからずに涙を流した。


「コランタン様。どうしてこのようなお姿に」


「これ、こんな人前で何を狼狽える。しっかりとせんかアルマン」


「しかし」


「死んでおらぬのだ。それでよいではないか」


 そう師に諭されてもなかなかに腑に落ちぬのが若さ。

 腕の中のコランタンから視線を上げると、アルマンはこちらを睨みつけてきた。


「おのれ。コランタン様のかたき」


「よさぬか。もう既に決着はついておる。これ以上の争いは不要」


 しかし、と、承服しかねるとばかりアルマンは顔をしかめ、歯を噛み締めた。

 何も手を止めたのは彼ら二人だけではない。


「終わり、だと」


 ルシアンと剣を交えていた異端審問官も、返ってきたコランタンと俺達の姿に、言葉をつまらせ、その手に握る獲物の先を下へと向けていた。


「ルドルフ!! これはいったいどういうことだ!!」


「エッボか」


 公国部隊の面子を差し置いて、俺に駆け寄ってきたのはエッボである。

 天井の争いに関わらず、帝国兵たちを指揮していたらしい。

 彼は、俺の背中を追って壁を駆け上って天井へとやって来た。


 交互に、俺とコランタンの顔を眺めるエッボ。

 コランタンの不死も知らず、事の顛末も知らぬ彼には、いささか、この状況を見ただけで理解できるだけの余裕はなさそうで、しきりに眉をひそめていた。


「安心しろ。もう終わった」


「それは見れば分かるが。しかし、こんなことになって、大丈夫なのか」


「よい。ワシが許す」


 喋った。


 腰から落ちるような格好でその場にエッボが倒れる。

 生首がほいほいと喋ってみせて驚かない方がどうかしている。しかし、この様子では、やはりスパイだなどという職業は彼には向いていないだろう。


 尻もちを付き泡を吹いているエッボは置いておいて。

 俺は、アルマンの方を向いた。


「コランタンの言うとおりだ、話は着いた。悪いが教皇の身柄は、俺たち、アイゼンランド公国で預からせて貰う」


「よろしいのですか、コランタン様」


「よい。こやつらが何処までやるか、ワシとしても見てみたくなった」


 随分と買いかぶられた者だ。

 仮想敵国の宰相殿とはいえ、その言葉は少しくすぐったい。


 ただ、股肱の家臣と言うべきか、彼に尽くして来た者としては面白く無いのだろう。殺意の篭った視線に切り替えてアルマンは俺の方を見てきた。


 貴様、いったい何をコランタンに吹き込んだのだ。

 その視線の意図を要約すると、まぁ、そういう塩梅だ。


 そんな狂信的な彼とは対照的に、落ち着いた様子でコランタンの話に耳を傾けるのは、異端審問官との戦闘を終えて、片手間に露払いをしたルシアン。


「コランタン様がそう仰られるのであれば」


「ルシアン、お前!!」


「信じられぬのか、アルマン。お前の師の仰られること、そのご判断が」


「馬鹿を申すな!! だがしかし、この様な異国の者達にわざわざ命ぜずとも、私たちに命じてくれれば!!」


「アルマン、貴様の死に場所は遠い異国の地か?」


 弟子に問うたコランタンの眼差しは優しい。


 それはこの会議の場で一度も見せたことがなければ、これまで俺が幾度と無く相まみえた彼との場面において一度も見せたことのない表情であった。


 子を思う親の顔。

 弟を案ずる兄の顔。

 師弟の絆が成させるというような、そんな顔。


 この男にも、そんな顔をするような相手が居たのだな。


「どうやら、よっぽどにその小坊主が大切なようだな、宰相殿」


「まぁのう。こんな身にもなってしまったことだ、この男にはワシに代わって、ローランの為にしてもらわねばならぬことがある」


「そんな、コランタン様の代わりなど、私にはまだ」


 当たり前だと笑い混じりに弟子を叱るコランタン。参ったという感じに、赤面したアルマンは面目無さそうに自分の頭の後頭部を掻いた。


 天下の鬼宰相の正体見たりという奴だな。


 まぁ、内と外に顔くらい使い分けられずに、為政者など務まるものではないか。

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