第26話 各国の思惑(6)
教皇の威圧に屈しなかったのは、帝国の女傑エリザベート、イスパルの海運相オラシオ、ネデルの獅子こと総督フレデリック。
そして言わずもがな、ローランの前宰相コランタンだ。
ベルツ公とギルボルト宰相などはすっかりとその威圧に屈してしまい、暫く言葉を失っていた。
流石に我に返ったハーフェンに肘で小突かれたが、まぁ、良い笑いものだろう。
もう一人、なんのこっちゃという感じで、物怖じどころか瞬き一つしなかった奴がアヴァロンに居たが、奴はまぁ、ただのアホなだけだ。
出鼻をすっかりと教皇に握られて始まった会議だったが、それも最初の内だけ。
教皇のありがたいご説法が終わり、各国の報告が始まるころには、喧々諤々、遠慮も思いかんばりもない、汚らしい罵詈雑言が飛び交う国際会議の場と化していた。
「アヴァロンが抑える西海の海峡だが、近年海賊の横行が特に目立つ。奥亜州との交易には西海航路しか使えぬことを知って、貴国この事態を放置していると思われる」
「放置しているだなどと。我々もあの海域の整備には苦慮しているところだ。そもそもイスパルはあれこれと色々な事に手を付け過ぎなのだ。そんな蜘蛛の巣のように海上に網を張ってどうするというもの」
「近年、ポーラ国境付近での小競り合いが多い。地方領主の軍隊が介入する事態にもなっている。国境線については、以前の会議において教皇の前で誓願を立ててこれを侵さないと、双方取り決めたはずだが、どうなっているのかパトリック将軍」
「国境付近での紛争については原住民であるモル族によるものだと説明を聞いている。王国臣民及び、王家の関与もなければ、我々王府に過失はないと考えて」
「民衆を煽り指揮する貴国の軍人を見たという報も入っているのだが」
「アイゼンランド公国としても、帝国側の発現を補足させていただく。我が軍の麾下にある魔法部隊の調査報告によると」
「出たな魔法部隊」
「聖者マルクかなんだかしらんが、余計なことをしてくれる。どういう権限があってそのようなことをするのか」
「だいたい魔法使いを軍隊に取り込むなどと言うのが間違っている」
「では、教皇の異端審問官はどうなるのか。彼らも魔術兵装でもって」
どいつもこいつも、足の引っ張り合い。
引っ張れば自分の袖も破ける。
そんなような、些細な粗のつつき合いばかりである。
教皇会議の大半が、こんなどうしようもない、各国間の上げ足取りに終止するのは、なんというか、国家の最高機関の長が集まった場にしては酷いもんだ。
まぁ、明確な会議の目的が有るわけでもないのだから、そういう文句の言い合いになるのは仕方のないことだが。
しかし、ポーラの奴らも懲りんな。
ユラン王国との国境争いも大変だろうに。
「流石に聖者マルク様を掲げられたら厄介だわな。大陸全土を巻き込んだ災厄を納めた大英雄だ。どうしてそれが、アイゼンランドに納まったか、不思議でならない」
「そうだな」
商売人の風をしたイスパルの手のものが、それと知っていて皮肉を言ってきたのに対して、俺はそっけない返事で応対した。
何も知らないのに、勝手なことを言ってくれるよ。
聖者なんて呼ばれているが、アイツが世界を救ったのも、こうして周りに担がれる形で表舞台に長らくその姿をとどめているのも、それなりの理由があってのことだ。
もちろん公国に居るのもそういう利害を考えてのこと。
お前らの思惑で、アイツを測ってくれるな。
国の趨勢や栄華とは別の所に立って、奴はこの世界を見ているのだから。
それ故の聖者だ。
といっても、分からんだろうな。
当人の人となりを知らなければ。
「無能将軍のニコラウスには過ぎたものだな。あの男の呪いは、アヴァロン軍の中にあってこそ有効に発揮できる」
「まったくだな」
アヴァロンの魔法文官が不服そうな顔で言う。
まるで理にかなわない、とでも言いたげだ。
だが、アヴァロンだけは、あの大英雄様は身を置くことはしないだろうよ。
有史より千年以上の時が過ぎ、こうして教会という大きな存在の下に集まる機会こそあれ、人が国という陣営に分かれて国土を争う時代である。強力な力は、その器の意思を無視して、国の思惑に対して従順であることを求められる。
そんな中、逆に無能・無害なニコラウスだからこそ、マルクは安心して彼に身を委ねているのだ。聖者面してにこにことしているが、どこぞの国に自分の力を自分の意と異なる所で使われるのは、まっぴらなのだ、アレは。
そしてそれについては、俺も、フリッツも、同じだ。
もっとも、それよりも、あの無能の癖にお人好しが過ぎるニコラウスの奴を、放っておけないというところが大きいのだが。
アレは、俺達が居ないと、まともに将軍なんてできないだろうしな。
「しかし、さっきから妙なものだな。コランタンの奴、一言もしゃべりやしない」
そう呟いたのは、俺の後ろに控えていたエッボだ。
両脇の二人は、まったく相手にしていない。
俺も、こいつらも、さっきから気にしていることを、わざわざ口に出していうのがこいつのまずい所だ。
そんなのわかってるよと言うのも面倒なのだ。
エッボの指摘が今更なのはともかくとして。
コランタンが会議が始まって以降、まったくといって発言をしていないことは事実であった。
確かに不気味この上ないことである。
ただ、それにはもちろん、発言しないに足る理由があった。
「帝国もだがローラン王国もそうだ。どうも最近、国内に王政に対する不穏な気風が蔓延している。それに乗じての軍備拡大はどうなのだ? 条約違反ではないか?」
イスパル海運相オラシオが矛先を向けたのは間違いなくコランタンに対してだ。
だが代わりにその矢面に立ってみせたのは――。
その隣に座っている青年だった。
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