第25話 各国の思惑(5)

 軍事パレードではない。


 ファンファーレも無ければ入場の宣言もない。

 暗い口の向こうから響いてくる靴音だけが、彼らの入場を物語っていた。

 まず最初に入ってきたのは、その連邦と属国により――教化圏の約三割の面積を占める帝国だ。


 現皇帝を選出しているプルセン王国。

 その名代として現れたのは、皇帝シグムントの姪であり、かつてプルセン王家と対立していた帝国騎士団で総長を務めた女傑エリザベートである。


 齢六十を過ぎてなお少女のような可憐な体つきの彼女に場の全員が息を呑む。


 彼女の母御はウドと同じくエルフ族の出身であり、彼女自身はハーフエルフである。長寿であるエルフの血を受けて、その人間としての年齢に反してこのような若々しい姿をしている。


 根っからの武人であり政争の場を嫌う彼女が、どうしてここに現れたか。


 聴衆たちの歓声に眉をしかめながらも、彼女は教皇席に最も近い、向かって左手の席に着座する。


 そんな彼女に遅れて入ってきたのは、まだ幼さの残る顔つきの青年であった。

 誰だ、誰だと、皆が口を揃えて呟く。


 俺もまた、その少年の顔に見覚えがなかった。

 有名諸侯の面影も感じとることもできない。


 そんな中、その青年の後ろにひっそりと歩み寄り、その肩を叩く男が現れた。

 見覚えのない青年に変わって、その顔に皆が驚いた。厚い眼鏡をかけた細身の長身、青い髪をした男は、ハーナウ伯の家臣として知られた男ライムントである。


 数年前にハーナウ伯に疎まれて出奔、行方知れずと聞いていた。

 だが、まさか皇帝直属の臣下となっていたとは。


 ともすると、そんな彼に親しげに話しかけられている彼は何者なのかと場が騒ぐ。

 ラインムントに促されるままに、男はエリザベートへと近づくと、その隣に座る。ライムントを差し置いて第二位の席に座り、また、それをエリザベートが認めたことからも、いよいよ只者ではないということは分かった。


 帝国ばかりに気をかけている場合ではない。

 そうしているうちに、次、大陸第二の勢力を誇る、ローラン王国が続く。


 ある種の熱気に包まれていた会場を黙らせたのは――妖怪、と、国内外で専らに嘯かれている男、宰相コランタンであった。


 彼は、教皇会議というハレの場にも関わらず、ぐるりと首を回して一般議席の者たちを見渡すと、無言の圧力を場にかけてきた。


 一国を預かるものの威厳という奴だろう。これだけのことを思うようになせる人間は、大陸ひろしといえども指折るほど居るだろうか分からない。


 そんな彼をたしなめるような咳払いとともにその背後に立ったのは、彼の付き人ことアルマンだ。

 静まり返った場ににこやかに手を振った彼は、コランタンと共に議席へ移動した。

 しかし、移動した席は、先に入っていたフランツが座っている場所ではなかった。


 彼らが座ったのはエリザベート達が座る中央席の右翼から、中層席を挟んで左翼の最前列である。


 本来であれば、北の大国ことユラン王国の議席である場所だ。

 どうしてそこに彼らが座すのか。


 慌ててそちらへと向かったフランツとともに、議場の話題はそちらへと移った。

 アルマンに事情を問うフランツ、だが、彼はただ穏やかに微笑むばかりで、何も答えない。ともしている内に、西海の果ての国アヴァロンの騎士がやって来たかと思えば、イスパル海軍の将校が次々に着座していく。


 帝国の後ろの席に我らがベルツ公が着座する頃には、いよいよ中央議席は各国の首脳で満たされていたが、その時になっても、場はローランの起こした突然の席替えにより騒然としていた。


「んだあれ、どういうつもりだ、コランタンの奴は」


「ユラン王国の席に移動して、席次にしたら随分下じゃないか。どうしてあんな場所に好んで座る」


 教皇からの距離が言ってしまえばそのまま、大陸内での国の発言力のようなものだ。大陸第二の大国であるローランは、当然、帝国同様あるいはそれに次ぐ位置に座るべきである。


 このように各国の目のある場であれば尚の事、自らの威信を示さねばならない。


 そのはずだ。


 ただ、こういう事にとんと無頓着であるコランタンなら、そんな形骸的な威信などというものよりも実利のある違う目的を優先する。


 何かしらの目的があって、ローラン――コランタンは、議席の場所を変えたのだ。


 ざわめきも収まらぬ中、いよいよ満を持して教皇が現れる。

 どの国の代表にも負けぬ威勢を発した彼は、聖職者にしては華美に過ぎる宝飾に包まれた礼服をまとっていた。


 まるでその袖についた金銀の細工を打ち鳴らして、音楽でも奏でているような、そんな優雅に過ぎる足取りで近づくと、隣に侍っている従者の手を借りて、議長席へと登る。


 皺深いその顔。

 その太い線の中に隠された、二つの瞳を見開いて眼下の諸侯を一瞥する。


 現教皇は海猫派と呼ばれる、地中海の海運系組織を後ろ盾に持っている。

 また、彼にしても会派の幹部である。


 海運系というだけあって、彼らに帰依する信者たちはどうにも荒くれ者が多い。また、会派に属する神父たちも、荒っぽい奴らが多く、こと政争については、会派の内外問わずによく名の聞く奴らだったりする。


 そんな会派の長ともなれば、その威圧、先ほどのコランタンにも劣らない。

 各国の代表はおろか、一般席の参加者までもがその眼力に恐れをなして黙りこむ。


「皆、よくこの場に集ってくれた。天上の主も、皆の信心を祝福しておいでだろう」


 再び目を閉じたかと思えば、すかさず飛び出る徳に満ちた言葉。

 それに安堵したのか、席をきったように、場に歓声が漏れた。


「これより教皇会議を執り行う」

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