第24話 各国の思惑(4)

 思わぬ誤解によってよもや会議の前から一触即発という事態ではあったが、結果として、エッボが俺に襲い掛かってくることは無かった。


 彼にしても、まだ、会議も始まっていない内に、正体を明かしてまで俺と揉め事を起こすきはなかったのだろう。

 靴先は相変わらず俺の方を向いていたが。


 そうこうしている内に、リヒャルトとユッテ、ヒルデとヘルマが現れる。

 すぐにも、議席は人で埋まっていった。


 太陽もすっかりと昇り切ったくらいだろうか。

 いつもだったら、昼飯の心配をし始める頃だ。

 その時間にもなると、議場はすっかりと人で埋め尽くされて、人がすり抜けることもできなくなるような状態になっていた。


 相変わらず中央議席には、一足早く入ってきた、フランツしか居なかったが。


「いつになったら始まるんだよいったい」


 過去に数度参加した経験から言わせて貰えば、これくらいの人の入りになった頃合いには、教皇は別として、そろそろ、各国の代表達が議場に現れていたものだ。


 まぁ、各国の思惑で開始時間が遅れるなどということは普通にある。

 別段気に留めるような事ではない。


 だが、早くからここに来ている民衆からすれば、待てる時間にも限度がある。

 早く始めろだの、教皇を出せだのといった、教会に弓引くような言葉こそ飛び交わない。だが、それはそこ、一様にいつ始まるのかという不安が民衆の心に浮かんでいるのがはあった。


 そんな中、早くから会場に来てまでして、各国の間者の様子を確かめに来た俺達。

 いつまでたっても始まらぬ会議に、うんざりしているのは彼らと同じだったが、目的は十分に果たせていた。


 帝国側十一名。

 ローラン王国三名。

 イスパル王国八名。

 アヴァロン六名。

 他、教会の手の者と思われる者が七名。


 ポーラやネデルなんていう国の者達の姿も見える。

 北の大国については、流石に内紛でこんな会議に参加している場合ではないか。


 まぁ、奴らが出張って来るとこちらも大変な目に合う。

 合わないほうが都合がいい。


 ただ、この調子だと使節の方も欠席だろうがな。


「まさかその帳尻合わせで開催が遅れてるってことはないだろうな。奴らが会議に遅れるのは今に始まったことじゃないだろう」


 だよな、だよな、と、合わせてきたのは俺の隣に座っている親父。

 一見するとただの商売人という感じだが、実際のところ、こいつはイスパルのスパイだ。しかも、要人暗殺だとか、妨害工作などということを得意とする手合だ。


 服の袖からのぞかせている、サソリの刺青がそれを示している。


 イスパル王家直属の暗殺機関、サフランの蠍、の構成員である。


 驚いたね。とっくの昔に、俺の顔など忘れられたと思っていたが、会場に入って、俺を見るなり、すぐさまこちらに駆け寄って来るのだもの。


 帝国時代の主な妨害工作相手。

 とはいえ、未だに根に持たれているのがなんというかね。


 対してその反対側、左手に座っているいかにもな魔法文官という男。

 水色をした制服を来て、堅物そうな厚いメガネをした男は。興味ない風を装って、先程から俺に向かって制服の下に隠している魔術銃の照準を合わせてきている。


 こちらはイスパルの要人ではない。


 巨人の神々を崇め奉っていた北海の海賊達の血を色濃く受けた白い肌は、アヴァロン人によく見られる特徴だ。


 それでなくても、生真面目で、面白くない性格をした奴らの多いアヴァロンの民。実際、それと察せられるような決定的な証拠は見ていないが、この容貌はまず間違いなく、その出身だろう。


 こちらも、俺が席に居るのを見るなり、すぐに寄り付いてきた。


 それは俺の顔を察してなのか。

 それとも、この隣に居る男を見てなのかは知らない。

 だが、なんにせよ、迷惑この上ない限りである。


 面白いことが一つだけある。

 この男たちが、俺の後ろに座っているエッボを歯牙にもかけなかったことだ。


 すっかりと各国の間者達に相手にされず、思わず苛立っているのが若い。

 そんな感情すらまともに御せない彼を、あえて無視して流す周りの奴らも奴らだ。


 まるで取り合っちゃいないという感じ。

 こんな奴が一人で何をしようが、こちらの仕事に関係がないというところだろう。


 帝国の間者と言ってもあの国は広い。

 そしてその組織構成も複雑だ。


 帝国議会はその中でも中の下の組織ではあるが、所詮は軍には属していない組織だ、人材には限りがある。

 それこそ、こんな食い詰めた地方の民のような人材を、人海戦術で投入するのは得意だが、両隣のようなそこそこに教育した間者を造るのは不得手なのだ。


 侮られるのはまぁ仕方ないことと言っていい。


 逆にそういう相手だからこそ、目をつけられずにことが運びやすい。

 素人集団だからこその長所というところでも有る。が、それにこの、先程から貧乏ゆすりが止まらない坊やが、気づいていくるかと言えば――それは怪しいだろう。


「本当に早くしてくれないもんかね。俺ぁ、退屈で寝ちまうよ」


「主が見ておいでですよ。そう程なく教皇様が参られるでしょう」


「つい一時間前にもそんなこと言ってなかったっけか。まったく、いったい何で揉めているんだか」


 本当にな。

 大国側の都合で開始時刻が遅れる、早まる、次の日に延期する。


 その手の事は教皇会議にはつきものとはいえ、それに耐えられるかはまた別だ。

 この様子なら、一度この場を離れて、どこかで飯でも食ってきたほうがいいかもしれん。


 こんな上席である、そんなことをしようものなら、戻ってきた所でよそ者が座っている。別に話など聞いちゃいないから、取られたってかまやしないのだが……。


 やれやれ。

 こうして敵国のスパイとはいえ、まだこうして暇をつぶせる話し相手がいる分、俺は恵まれているのかもしれないな。


 いよいよ会場のざわめきも大きくなってきた頃、ようやく入場扉が厳かに開いた。


 それまでの不満に満ちていた声色が一転して、高い歓喜を帯びた音に変わる。

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