第18話 教会(3)

 肉体的な疲労は完全に回復していた。


 寝ないで行動することなど、それこそ帝国に雇われていた時分なら日常茶飯事。

 苦でも何でもない。


 寝て明日からの教皇会議に備えるか、とも思ったが、どうにも今日の出来事が頭から離れない俺は、パウラが去った部屋の中、窓から漏れ入ってくる月明かりだけが支配した部屋の天井をしばらく眺めていた。


 もう一度、整理して一連の出来事を考えてみるとしよう。


 今回の事の発端は、先のローラン王国で起こった王弟派クーデターである。

 その事件に関わったとされる人物、ラルフ・ヴェルツェル、が、今回の教皇会議に出席する、というのがそもそもの起こりだ。


 彼を始末することを決定した王国中枢部と先代の宰相であるコランタンは、今回の教皇会議を隠れ蓑に、それを実行に移すことにした。


 帝国側としても、むざむざに手駒を殺され、挙句そこから内政干渉についての証拠を掴まれては困る。

 彼を守るべく、帝国側も仕方なく動くこととなり、その属国である公国もまた俺たちをここへと派兵することとなった。


 帝国側は、内政干渉を行った帝国議会から密偵が送り込まれた。ラルフを護衛すると共に、現地で俺たちと合流して、彼の身辺警護を担う方向で動くつもりだ。

 対して、ローラン王国は、コランタンが国王の名代として教皇会議に出てきた。

 おそらく彼の主導のもとで、ラルフの処断が行われるのだろう。


 不可解な点は三つ有る。


 一つは、教皇会議前というのに、コランタンが不穏な動きを見せたことだ。

 ターゲットと目されているラルフではないが、恐らくローラン国民議会の関係者と思われる男を、教皇会議の待合の場で殺害してみせた。


 これの意図がどうにも分からない。


 ターゲットはラルフではなかったのか。


 我々はいつでも仕掛けることができるという、ラルフに対する脅し、か。

 はたまた、ラルフ殺害のカモフラージュ、か。


 いや、とてもそんな意味があるようには思えない。

 しかし、殺害される前の、あの男の素振りから、どうも、何かしらの理由があるには違いない。


 となると、帝国側が恐れているスパイの処分という目的とは、また、コランタン達の狙いが違うという話になってくる。


 二つ目は、コランタンが使った魔法だ。


 目を合わせただけで対象を死へと至らしめる魔法。

 おそらく、そんなものがあるとすれば、禁術あるいは秘術に属するものである。


 そんなものをどうしてコランタンが使えるのか。

 また、どうしてあの場で使ってみせたのかということ。


 また、宰相とはいえ魔術的な素養を持ち合わせていないだろう、コランタンが、どうしてそんな魔法を手に入れたのか。


 それが分からない。


 最後に、教皇側の動きである。

 先ほど俺たちを襲ったあの異端審問官。


 もしここが、国境近くの教会の威光も届かない僻地だったならば、あの男が取った行動は異端者に対する処断、の一言で片付けられる。


 しかし、ここは教皇会議が明日にも開かれるという場所。

 教会の威光の中心地とも言って良いような、そんな場所である。


 そこで独断で騒ぎを起こすようなことがはたして有るだろうか。


 また、理由こそ語らなかったとはいえ、あの男が、何かしらの意図を持って、ミアの殺害に及んだことは間違いない。


 それは正確にはミアではなく、俺も含めた、何かなのだろう。

 そしてそんな俺達の殺害よりも優先して、成すべき密命があることも確かだ。


 教皇側は何かしらの意図を持って、あのような異端審問官を配備している。


 解せない。


「教会側も今回の事件に首を突っ込んでいる、ということか」


 整理はできたが、それぞれの意図を断定するだけの、決定的な情報が足りない。


 コランタンの目的。

 教皇の目的。

 そして、あの謎の魔法。


 いったいどうして、ここまでのややこしい話になると想像ができただろうか。


 情報が必要だ。

 期待できるのはあのいけすかないフリッツだろう。

 抜け目のない奴のことだ、かつての俺と同じで、この街に何人かの情報源を持っているに違いない。


 俺も昔の馴染みの伝手が使えればどうにかなるのだが。

 残念なことにこの街を離れた時間が長すぎる。

 話を聞けるような昔馴染みの知り合いはもうこの世にはいない。


「ただ状況から考えて、クーデターの主犯格である両替商の始末だけがコランタンの目的ってんじゃなさそうだな。何か他にも、俺達の知らない目的があるに違いない」


 まんまと踊らされている。

 そも情報の元であるマルク達が足止めされた時点で、こちらは後手に回っている。


 満を持して戻ってきたというにしては、余りに手際のいいことよ。


 これがあのコランタンの指図だとしたならば。

 むざむざ、奴をこのままローランの政治中枢に戻すのは危険だ。


 この教皇会議でしなくてはいけないことは、そちらではないのか。


 だが、それをおおっぴらにやれば、帝国と王国の全面戦争だ。


「教皇側としては、そうなるのを防ぎたい、って訳で、怪しい輩を狩ってるってことか。なんだかなぁ、すっきりとくる理由ではあるが」


 そんな正義の味方みたいなこと、あの老練で利己的な爺共が考えるかね。


 駄目だ――。

 これ以上は推測の域を出ない。


 整理するにしてもやはり情報が少なすぎる。

 なんにせよ、あの、コランタンのことだ、明日の会議初日で、きっと何かしらの行動に走るに違いない。


「まぁ、むざむざラルフを殺させやせんよ」


 麻のベッドを撫でると俺は目を瞑った。

 明日に備えて、まず、休んでおくこととしよう。


 それしか今の俺にはできない。

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