最終話 不死者がために昇る太陽
馬車の上にマルクは荷物を積み上げていた。
そんなことは、下っ端のユッテなんかにやらせればいいだろうと、俺は言ったのだが、どうしても、と、彼はそれを譲らなかった。
「いやぁ、しかし、名残おひいなぁ。せっかくいい酒、いや、いいまひなのに」
「リヒャルトお前またそんなしこたまに呑んで。帰りが馬車だからって調子に乗って、違う意味で酔っても俺は知らんぞ」
「らいじょぶだよルドルフ。僕ぁ、まだ、全然いけるくちだよ、よいのくちだよ」
すっかりと出来上がっているリヒャルト。
この男、かれこれこの一週間、この街にある酒という酒を呑んで回ったというのに、まだ呑み足りない様子だ。
酒好きのアホな同僚の言動に俺は溜息を吐いた。
救国の英雄がこれでは、涙の帰還も締まらないな。
まぁその総大将が、締まらない顔をしているのだから、大差ないかもしれないが。
グスタフの帝国軍への引渡しや街の修繕作業、グスタフが勝手に改造し使役した死体の際埋葬と、とにかくなんやかんやで、かれこれ俺達はあの事件の後、一週間オランに滞在した。
ようやく街が元の状態に戻り、新しい司教が到着し、グスタフが護送されたの確認したことで、本日晴れてお役御免、公国に戻ろうかと支度をしている所である。
だというのにだ、もうすっかりと、太陽は天井に昇りきっている。
これから出発するのかと疑いたくなるような時間である。
「あぁ、駄目だ、微妙に届かない。ルドルフ、ちょっとこっちに来てくれないか」
「だから素直にユッテの奴にやらせとけって言ったじゃねえかよ」
馬車の操縦席の上に立ち、ずり落ちそうになっている荷物を抑えているマルク。
軍隊勤めの身と言っても、自分の体重とそう代わらない荷物を、荷台に乗せるのは骨が折れる。
そこは適材適所、力自慢で背の高い奴に任せればいいのに。
といっても、ここいらの子供達に英雄として持てはやされ、引っ張りだこなユッテである。
「やだぁ、ユッテねえちゃん、いっちゃやだぁっ!!」
「ずっとここにいてよ、ユッテねえちゃぁあん!! せっかくなかよくなったのにぃ!!」
「悪い悪い、なっ、謝るから、泣き止んでくれよ。姉ちゃんも次のお仕事があるんだ。分かってくれよ。またそのうち、遊びに来てやるから、なっ?」
この通り、帰ると聞いた街の少年少女達から引き止められて囲まれて、涙涙のお見送りをされている最中である。それでもマルクの奴の命令とあれば、荷積みの手伝いに行くだろうが。
そこはお優しい我等が大将、気を使っているのだろう。
「ルドルフー、頼むよ、助けてくれよー」
「だぁもう、しょうがない奴だな」
近くにウドの姿もなく、ウチの第二の力自慢の姿もない。
しかたなく、俺はマルクが待つ馬車の方へと向かった。
すぐさま、ずり落ちて来そうな荷の下に回り、マルクとえいやとそれを押し上げる。何かと荷物の多いヒルデの鞄だ。いったい何を入れているのか知らないが、旅なのだ、もう少し、軽装になるように工夫することは出来なかったのか。
ふうと、溜息をつくまもなく、また、マルクが次の荷を持ってくる。
大きな大きな樹の箱である。どうにも中には藁が詰まっているらしい。こんなものを、わざわざ公国から運んできた覚えはないだけに、俺は首を傾げた。
「なんだこれ、いったい中に何が入ってるんだ」
「うぅん、リヒャルトの私品だからね、やっぱりお酒なんじゃないの」
「ふざけんな。一人だけ酔っ払っておいて、俺達にこんなもん持ち上げさせるきかよ。面倒くさいし、もうこれ全部割っちまおうぜ」
「いや流石にそれは勿体無いでしょ。けど、確かに、大きいよね、この荷は」
俺たちもアホを見習って、それを減らすことに協力しようか。
そんな馬鹿な思いが過ぎる。
馬車などそうそう長距離を乗って移動したことはない。
加えて、ここまでの道のりは、かなりの悪路である。男三人、揃いも揃って、全員馬車酔いとは避けたいものだ。
「今回は、また、助けられたね、ルドルフ」
急にマルクが話題を変えた。それは、あの日、俺がウドに頼んでマルクを戦場から遠ざけたことを言っているのだろう。
前にも言ったとおり、別に俺が好き好んでやっていることだ。
「別に、改まって礼を言われるようなことをした覚えはないけれどな」
「それでも、君はまた、僕の背負うべき罪を被ってくれた」
「ギブアンドテイクだろ。だから礼を言われるこっちゃない。お前はお前が目指している不殺を貫けばいいんだよ、聖者殿」
それで収まりがつくマルクでないのを俺はよく知っている。
はたして、俺がこうして彼の汚れ役を引き受けることが、いい事なのかは分からない。逆に彼を苦しめているだけかもしれない。しかし、それでも。
「好きでやってることなんだ。俺は、不殺なんてたいそれたことを、平気な顔して言っているお前が好きなんだ。だからまぁ協力させてくれよ。お前の志を貫くのをさ」
「うん、分かった」
マルクは小さくう頷いた。
彼はまた、今回も、掲げた不殺を遂行した。
その名声はまた人々に、彼の虚像を植えつけることになるだろう。
しかし、俺は知っている、この男の心意気を、生き様を。
それを俺が誰にも笑わせなくする。
それだけのことだ。
「それより、君こそ言いのかい、ルドルフお父さん」
「それはやめてくれって前にも言っただろ。なんだよ、お父さんって」
ルド、ルド、と、下で声がした。
振り向いて視線を操縦席の下へと向けると、マヤがこちらを指差していた。
その顔からは初めて会った時にびっちりと顔に付いていた、トカゲ病特有の鱗が見られなかった。
彼女の傷を治したときに、どうも、トカゲ病の原因となる臓器について、一緒に直してしまったらしい。臓器が治ったと途端、すぐに病状が回復した辺り、凄い生命力を秘めている子供だ。
「ルド、こんな所、居た。ヒルデ、手伝え、呼んでる」
「あの馬鹿に手伝う必要のある作業はないだろうよ。大丈夫だいじょうぶ問題ない」
「ルド、サボり魔、ろくな大人じゃない、って、ヒルデ言ってた」
「ろくな大人ってのは余計なことは一切しないものさ。ヒルデのアホに吹き込まれたのか知らんが、真に受けるところがお子ちゃまだな。ほれ、それより、ちょっとこっちこい」
手を差し出すと、マヤは素直にそれを握り返した。
そうして、ひょいと馬車の操縦席へ跳び上がると、彼女は俺の隣に立った。
「もうちょっとしたら、公国に向けて出発だ。お前は、目を離すとすぐにどっかに行っちまうからな。もう、ここでじっとしていろ」
「コウコク。こうこく、は、どこ、ある?」
「俺達の故郷だよ。昨日説明しただろう。お前も一緒に行くんだ」
街の住人たちとの協議の結果、マヤのことは、俺達で預かることにした。
何人か、彼女のことを引き取りたいと申し出る者も居るには居た。
しかし、その度に、彼女は嫌だとその申し出を断った。
どうしても、一人であの集落で生きていくと。
そんな状況で、彼女を放って置くことも出来ない。きっと、現状が分かってなくてダダをこねているのだろうと。
それなら、俺達と一緒に公国に来るかと、言ってみたのだ。
すると、予想外にも、それならかまわない、と、マヤは俺達に返事をした。
そうなってしまうと後には引けない。
かくして、公国魔法部隊のメンバーが一人増えることになってしまったのだ。
「なぁ、本当によかったのか。別に無理して着いてこなくっても」
「やだ!! いく!! ルドたち、いっしょ、いい!!」
「即答かよ。姉ちゃんといい、お前といい、本当アグレッシブなのな」
言葉の意味は分かっていないのだろう。褒められたのだと勘違いをしたマヤが、可愛らしいえくぼを作って俺に微笑んだ。
まぁ別に、来たいなら来ればいいさ。面倒くらい、なんとか俺が見てやる。
「こらっ、マヤ!! ルドルフを呼んで来いって言ったではありませんの!! 何を二人でそんなボケっと馬車の上で呆けていますの」
口うるさい奴がウドを連れてやって来た。圧縮魔法を使わされているのだろう、ウドの手には大量の荷物が、袋に詰められて握られていた。
哀れウド、ここでヒルデに捕まったか。
ヒルデの出立準備は長引くからな。
「ルドルフ、ちょっと私の部屋まで来てくれませんこと。どうにも荷物が多くって多くって、どうしたものか考えあぐねえていますの」
「そんなもん俺に任されても困るって。というか、今日出立ってのは、昨日のうちには決まってたことだろうよ。どうして準備をおろそかにしたんだ」
「いや、それは、あの、だって。私にもやることが」
口ごもる。どうせ、直前までユッテの奴と食い歩きでもしていたのだろう。
で、すっかり忘れてこの調子か。
まったくしょうのないやつめ。
とにかく人手が必要なのよと言った彼女。
そんな彼女に向かって、ひょいとマルクが顔を出す。
「悪いヒルデ。もうちょっとだけ、ルドルフの奴、僕が借りても問題ないかな」
「マルク様。えぇ、それはもちろんですけども」
顔を真っ赤にして、早くも自分の言葉をヒルデは撤回したヒルデ。
あきれた早さだ。
と、その時、俺をか、マルクをか、それともヒルデをか。俺達を探している様子の、エゴンが通りかかった。俺が操縦席に立っているのを見て、嬉々としてこちらに向かってくる。
「皆さん、こちらにいらしたのですか。お早いご支度ですね」
「本当にお早かったら、こんな所には居ないよ。まったく、昼前には出る予定だったのに」
誰のせいでこんなことになったのだろうか、という、台詞を、ヒルデはその威圧感で、俺の口から出るのを阻止した。
自分が出発の時間を遅らせていると、そういう自覚はあったのか。
「エゴン、何か用だったか。それなら手早く頼む。もう一日もずらしたくないんだ」
「いえ、たいした用ではないのです。ただ、貴方達が去られる前に。どうしても、もう一度、お礼を言っておきたくって」
「お礼ならこっちが言いたいくらいだ。もう使うあてはないだろうからって、この馬車を供出してくれてよ。おかげでまたあの長い道のりを、歩いて帰らなくて済む」
冗談でもなく、それは本当に感謝していることだった。
ディーター卿が死んだことにより、所有者不在と成った馬車である。それこそ、今回の補填に、どこぞの貴族にでも売り払えばよかったものを。それを、エゴンは鶴の一声で、俺達を送るのに使うのを村の皆に納得させてくれた。
これは感謝しても感謝しきれない。
流石は商売人の血を引く男だ、交渉が上手いよ。
そんな交渉上手な彼が俺の手を取る。
「ルドルフさん。ありがとうございました。最後に、ヨハンナさんを葬ってくれて」
「おう、なんだそれ、誰から聞いた」
すかさず俺から顔を背けた女の顔を、俺は目によく焼き付けた。
ったく、お節介め。
「彼女も、故郷の地に帰れて本望だったと思います」
「別に俺がやった訳でもないんだぜ、このチビ介が、なにかとうるさくて」
「家族、一緒に居る、これ大事。ねえ、ばあ、とう、あに、皆、一緒、あそこいる幸せ」
同じ言葉を、彼女にせがまれて、ヨハンナとエミルを鷲の巣に埋めに行った日にも聞いた気がする。確かにその通りだ、家族は一緒に居なくっちゃいけない。
だのに、あの場所から出て行くということは、なんなんだろうね、まったく。
お父さんなんて、周りに揶揄されている訳だが、娘の気持ちはよく分からないよ。
改めて、深々と、エゴンが俺達に頭を下げた。
いいよいいよそんなの、と、謙遜したマルク。
すぐに、エゴンは顔を上げると、今度は彼へと駆け寄って行った。
「貴方は、そうやって、感謝されている方がらしいですわ」
「あん、なんか言ったか、このお節介女。らしいってなんだ、らしいって、そんな恩着せがましいことを、誰がするかよ。男の矜持ってのが分かってねえんだから」
「何ですの」
「何だよ」
「喧嘩、駄目、二人、仲良し」
誰が、と、子供の仲裁に本気で切れる大人が二人。目を剝いて、驚いたマヤ。なんだか今にも泣き出しそうな顔をみせたので、俺と、ヒルデは急いで肩を組んだ。
「うそうそ、仲良し、私たち、本当はとっても仲良しダヨ?」
ぎこちなく、誤魔化すように言った台詞だったが、お互い、息はぴったり合っていることだけは分かった。
腐れ縁だと、きっとそうだと、俺は思うのだけれどもね。
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