第14話 鷲の巣(3)

「しかし、得体の知れないモノか。どう思う、リヒャルト」


「うぅん、直接見たわけではないけれど、ただの不死人とは考えにくいね。普通、その手の輩は、死んでその場で復活するものじゃないか。なのに、復活に一年を要するっていうのは、少し解せないかな」


「だな、俺もそう思う」


 可能性があるとすれば。

 俺の前に現れたグスタフが、本物のエミルだったということくらいだ。

 それならば、最大の禁術にして、本来、使使を、グスタフが使えることについて納得がいく。


「大変だ、大将、すぐに出てきてくれ!!」


 家の外でユッテの叫び声がした。


 戦闘中にも滅多に取り乱さない彼女の叫び声に、俺は老婆から離れるとすぐさま家の外に出た。


 囲まれていた。

 森の中からわらわらと群れを成してこちらに向かってくるのは、安っぽい鎧で武装した男達だ。その装備は統一されておらず、また、手にしている獲物も様々。


 指揮をしている大将がどれかも分からない、まさしく烏合の衆という輩達である。


 盗賊の一団としてはこれほど分かりやすい例はないだろう。


 得物を取り出して、既に臨戦態勢に入っているユッテ。

 その隣に歩み出ると、俺もまた、軍服の上着を脱ぎ捨てて、肩からかけた手投げナイフが収められたベルトを露にする。


 昨日と違って、魔装を施した投げナイフは全部で四十本はある。

 数から言って、充分だが、これを二人で相手するのは苦労する。


「参ったね。人間相手だと、アタシの魔法も使えないし」


「だな。地道にやるしかあるまいよ。しかし、やはりここで俺達を始末しに来たか」


 おそらくグスタフとディーターが描いた筋書きはこうだろう。


 魔女が棲むという鷲の巣を訪れた公国魔法部隊の隊員が、盗賊たちの手により殺された。やはり盗賊の手引きをしていたのは、鷲の巣に済んでいる魔女であった。追って、鷲の巣に向かった公国魔法部隊の面々も、鷲の巣で盗賊に殺された。


 あるいはそこで、マルクが盗賊たちと相打ちになり、この件は解決したと置くのかもしれない。ディーターとグスタフの奴が、いったい何を目的にしているのか、それが分からないことには、何を持ってして落としどころとするかは正直読めない。 


「なんにせよ、安っぽい算段でこっちとしては安心したよ」


「この数を相手にするのは久しぶりだね。わくわくするよ」


 その胸にぶら下げていたハンマーのアクセサリーを外す。

 精巧な銀細工にしか見えないそれは、ユッテの魔装である。たちまち、倍の大きさに膨れ上がったかと思うと、それは長柄のハンマーへと変わる。


 片手でまるで槍でも回すみたいにそのハンマーを振り回すユッテ。

 準備運動完了、と、両手で持ち直すと、その大きな槌の部分を地面に置いた。


 だが――。


「妙だな」


「だね」


 普通、このユッテの準備運動を目の当たりにした兵士は、それでたじろぐものだ。

 当たれば間違いなく即死が見て分かる武器なのである。

 動揺しないほうがどうかしている。


 だというのに。

 今、俺達囲んでいる盗賊達にはそういう反応が一切見られなかった。


「これ見て驚かないとか、ちょっと自信なくすよね。なんだろ、妙なきのこでも食べて、頭がラリってるのかアイツら」


「ベルセルクにしては、最低限の統率は取れてる。それはないんじゃないか。という訳で、リヒャルト。おら、お前の出番だ、びびってないで出て来い」


「えぇっ、ちょっと、勘弁してよ」


 おずおずと、おっかなびっくりにリヒャルトは部屋の中から顔を出した。


 彼が戦闘要員でないことは俺も承知だが、それでも、まるきり戦闘の役に立たない訳ではない。


「あの連中をちょっと調べてくれないか。エミルの謎が分かるかもしれん」


「それだけですか、ちょっと待ってくださいね」


 リヒャルトがその胸元から取り出したのは、彼が愛用している片眼用の眼鏡である。当然、それがリヒャルトの魔装だ。


 彼は自前で自分の眼鏡を改造して、必要とする情報を即座に引き出す、あるいは、対象物の状態を解析できるように魔装を施している。

 使い方が特殊すぎて、彼にしか扱えないのが難点だが、彼の自慢の眼鏡にかかれば、敵の状態を探ることなど造作もないことである。


「うぅん、なんだろう、妙だね、彼ら」


「そんなことは分かってるってリヒャルト。どう妙なのか、それが聞きたいんだよ」


「あぁごめんね、そう、一言で言うとね、彼ら、息していないよ。死んでるんだ」


 死人だって、馬鹿なことを言うな。

 今もこうして、目の前の輩は動いているじゃないか。


 死んでいる人間が動くものかよ。

 と、普通の奴なら返すのだろう。


 俺達からしてみればこんなことは慣れっこだ。よくあることだ。


「やはり、不死者は語りだったか。だろうな、とは、思っていたよ」


「そうなるね。きっとユミルについても、この方法で操っていたんじゃないかな」


「なんだよ大将、それにリヒャルト。二人で話を盛り上がってんじゃねえよ」


 相変わらず話が飲み込めていないユッテ。

 そんな彼女に近づくと、俺は、その魔装を解除してユッテから取り上げた。


「なにすんのさ大将」


「ユッテ、時間が惜しい、魔法を使え」


「はぁ、だって、相手は生きた人間なんだろう。そんなの相手に使ったら」


「大丈夫だ、分隊長権限で俺が許可する。ヤレ」


 納得は言っていない様子だが、やれと言われればやるのが彼女だ。

 俺の手に落ちた得物を諦めると、彼女は変わりに自分の口元に指先を当てた。


 すぅ、と、その豊満な胸をはち切れんばかりに張って、深くユッテが息を吸い込んだ。すかさず、俺は彼女の背後に回る。


 ふぅ、と、彼女が息を吐き出せば、たちまち、それは業火、業炎へと姿を変えて、目前の盗賊たちへと吹き付けた。


 不完全燃焼の赤い炎が盗賊たちの肌を焼き、髪を燃やし、鎧を溶かしていく。


 南国育ちのユッテが得意とする魔法、というより、彼女の出身である女傑族が得意とする魔法は火炎操作である。多くの大型の獣が住んでいる森の中で、彼女達の部族が一大勢力を築き今日に至るまで存続しているのも、生物が生来忌避するこの炎を、魔法によって自在に操ることができるからに他ならない。


 実際、帝国で一二を争う魔法使いでも、彼女ほど上手く炎を操ることはできない。

 この炎を吐く単純な魔法一つにしたって、吹き込む息の量に、満遍なくあたりに噴射するための動作量やらと、絶妙な匙加減の上で成り立っている技なのである。


 もちろんユッテがこの複雑な操作術の極意を、全て言葉で表せるかというとそうではない。彼女の中に流れる女傑族としての血と、一族の年長者達の部分的なアドバイス、そして、幾多の実戦によって培われた、経験則的な技なのである。

 だからこそ、彼女を、彼女の一族を真似できるものはそう居ないのだ。


「いやあ、いつ見ても、ユッテのこの技は豪快だなぁ」


「リヒャルト、そんな驚いてないで、お前もユッテに負けないような、得意の攻撃魔法の一つや二つ持ってないのかよ」


「この分業の世の中に何を言っているんだいルドルフ。それぞれがそれぞれの得意な分野を担当するのが一番効率がいいんだ。中途半端に、苦手なものに手を出しても火傷するだけだよ」


 確かにそういう意見もある。

 まぁいい、この場は、既にユッテの魔法により決着はついた。


 こんな技を使える人間がこちらに居るとは、ディーターもグスタフも思っていなかったのだろう、盗賊たちは瞬く間にユッテの炎に焼き尽くされた。


 彼女の業火が通り過ぎた後に残っていたのは、燃え残った骨と、溶けた鉄だけだ。


「ふぅ。終わったぜ。大将がどうしてもやれっていうからやったけど、これでいいのかよ。嫌だぜ、後で軍部のお偉いさんに、なんで燃やしたんだとか言われるの」


「大丈夫だ、元から死んでいる人間を燃やしたところで罪にはならん」


「元から死んでる? だから、さっきから何を言ってるんだよ二人とも。死体が動いたりする訳がないだろう。魔法を使っている訳じゃないんだから」


 そう言ってから、ユッテは、あぁそうかとばかりに驚いた。

 流石のユッテも自分の言葉に違和感を覚える程度の知能は持ち合わせている。


 その通りだ。

 使


「ネクロマンサー。グスタフの正体は不死魔法の禁忌に触れたドルイド僧ではない。死体操作の禁忌に触れた、ちんけな奇術師だ」


 ネクロマンサー。

 人の死体、動物の死体を問わず、それらに擬似生命を与える、あるいは遠隔操作により使役する魔法使いの総称である。


 生命操作と同じく死体操作もまた禁術である。

 しかし、生命操作がその成果に対する見返りの多さから禁術と置かれ、また、一部が認可制であるにしても許されているのに対し、死体操作は一切の例外なく、使うことも研究することも許されていない。


 根本からして目的が違っているのだ。


 生命操作がその生命の復活を目的とするのに対して、死体操作は、ただ、それを便利な道具として使うための方法でしかない。

 そこにあるのは、ただ純粋な、生命の、故人の、人格の、蹂躙でしかない。


 そして、生命操作の魔法と比べて、死体操作の魔法は単純であり、既にその多くの魔法が確立されている。

 言ってしまえば、なんとも安っぽい魔法なのだ。


 それ故に、ネクロマンサーは魔法使い、魔術師の中でも忌み嫌われている。

 ギルドの中で、それを使った者が居れば、いかなる理由であれ、問答無用で破門の対象とされる。


「もったいぶった割りにくだらない展開になって来たじゃないか」


「死体操作の魔法かよ。ったく、つまらねえ魔法を使う奴はどこにでも居るな」


 そういえば、森の奥には墓地があると老婆は言っていた。


 木を隠すなら森の中とはよく言ったものだが、死体を隠すなら墓地の中か。

 おそらく、これは俺の推測でしかないが、グスタフの奴はドルイド僧たちの墓地に、この、盗賊たちの死体を隠していたのだろう。


 盗賊を探そうにも、そいつらは既に死んでいるのだ。

 砦を作って寝床を確保する必要も、食糧を集める必要もない。

 その上、自分で墓穴を彫ってその中に埋まれば、墓地の死体に早代わりである。


 まったくもって便利な道具だよ、死体というのは。


「おそらく、グスタフの奴はユミルの死体を操って、ヨハンナの奴を騙しているんだろう。これで、この一連の盗賊騒ぎの謎は解けた。が、いったい、あれだけの数の死体をどうやって集めたって言うんだ」


 更に気になるのは、エミルの死体の保存状態だ。

 死んで一年経っているにしては、奴の顔つきには生気というか、まだ瑞々しさが残っているように俺には見えた。


 化粧で多少は誤魔化せるにしても、一年という期間を経た死体が、あのような容貌を保てるだろうか。過去に相対したネクロマンサーも、あのように見た目が整った死体を使っている者にはそうお目にかかれなかった。


 大概、彼らが使う死体というのは、体のどこかが腐敗しているものだ。


「冷凍保存でもしているのか。やけに綺麗な死体だったが」


「まぁ、ここまで綺麗さっぱり燃やしちゃったら、もう確かめようがないよね」


 まったくだ。加減して、一体くらいは残しておいてやるべきだったな。


 その時だ。

 聞き覚えのある、独特の叫び声が俺の耳に飛び込んできた。


 焼き尽くされた死屍累々の躯の川を挟んで森の中、赤い目をした女の姿があった。昨日、馬車に乗っていたマルクを狙撃し、俺達が追い詰めた、トカゲ病の少女だ。


 ガァ、と、彼女が吼えた。

 手にしている弓を捨てて、大振りの鉈に持ち替えた彼女は、すばやい動きでこちらに接近すると、上段から俺に向かってそれを振り下ろした。


「大将」


「使うな。せっかく出てきてくれた貴重なアンデットだ、と、言いたいところだが」


 ナイフの魔装を解除する。ヒルデお得意の戦斧に変化したそれで、フードの女の攻撃を受け止めた俺は、すかさず、斧がついていない柄の方で彼女の腹を突いた。


 嘔吐。

 腹を押さえて彼女は後ろに跳んだ。


 死体が胃の中の物を吐き出すとはおかしな事もあったものだ。

 つい最近死体になったとしてもだ、もちろん、そんなことがある訳がない。


 とすれば、彼女は間違いない。


 


「ガエレ、ド、ワタシ、イッダ。ナゼ、オマエ、ゴゴニイル」


「悪いな、それではいそうですかと帰れるなら、帰りたかったところだったんだが」


「ヨゾモノ、ゴレイジョウ、ナニモウバウナ。ババヲ、ネエヲ、ウバウナ」


 泣いていた。

 トカゲ娘は涙を流して俺を睨みつけていた。

 呪詛の念を込めて、自分の目の前に立っている余所者を、自分達の生活を破壊した者たちを睨みつけていた。


 その言葉で確信した。


「奪いやしない。俺達はお前を、お前の姉さんや婆さんを、助けに着たんだ。マヤ」


 トカゲ病の少女は、老婆が引き取った隣の家の少女に違いなかった。

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