第2話 具現化の涙
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【ジョード】が装着する両肩の兵装から発射されたミサイルが、沈黙する【アーロン】の機体を容赦なく狙う。
それにケイイチが気が付いたころには、既に十数メートルの距離にまでミサイルが接近していた。
回避も間に合わず、せめて内部の【サリナスドライブ】に被害が及ばないようにと両腕によるガードを構えた、その時。
何かに突然打撃を受け、【アーロン】はその座標から大きく右に突き飛ばされた。
直後、モニターに太陽のように強烈な光が浮かんだかと思うと、表示される風圧メーターが突風の存在を示しだし、轟音がコックピットにまで響いてきた。
【アーロン】に直撃しようとしていたミサイルが、互いに衝突して起こした爆風だった。
『何やってんだ今の攻撃くらい避けろよ!!』
通信を介して聞き慣れた声に、ケイイチはようやく我に返った。
【アーロン】を突き飛ばしたのは、【サイラス】の格納庫に保管されていた【リオグランデ】。
そして【リオグランデ】から発信された通信の声は、数少ない戦友・パスカル・コリンズの声だった。
砂漠の中では迷彩の役割をも果たす、サルファーイエローの塗装に身を包んだ【リオグランデ】の機首が、【アーロン】に向き直る。
彼の操縦を任されている【リオグランデ】は、基本的には重火器兵装の積載量がスピードを殺しており、移動速度、敏捷性という点では同世代のGOWに劣る。しかし彼は、『あくまで哨戒時にテロリストを牽制するためであり、実際に戦闘行為には使用しない』『配備先でパーツを獲得できないための応急処置』という名目で上官たちをごまかし、パーツ規格によるレギュレーションが厳しい【サイラス】内のGOWを、組織内の許容範囲ギリギリまでカスタマイズさせた。結果として彼の駆る【リオグランデ】は、脚部のスラスターやサスペンションの改造、素材の変更による砲身や弾薬の軽量化によって、傭兵たちでもなしえない、機動性に長けた重火器兵装型GOWのカスタマイズに成功していた。
士官らしからぬ、雲のように自由奔放な彼の性格を表した兵装のGOWであると言える。
ともあれ彼は出動命令さえ出ていないのに、自らのGOWを駆ってこの戦場に来てくれた。しかも先ほどの老兵たち率いる【アルバカーキ】のように手柄を焦って闇雲に敵機に突撃するのではなく、あくまでケイイチの乗る【アーロン】を援護するために。
「すまん、パスカル……」
直前に脳内に流れた『幻』の余韻は、ケイイチの中でまだ抜けきっていない。
しかし戦友の助太刀は、機体だけでなく彼自身の精神をも援護した。
「やられっぱなしでいられるか!」
返礼とばかりに、【アーロン】は所持していたアサルトライフルを構えなおし、二発連続で【ジョード】に向けて連射した。
『時間切れよ、グレイ。【ジョード】ごと乗り込みなさい』
【アーロン】から来た二発の射撃を、一発目は上半身だけを逸らして、二発目は背部スラスターで一発目の回避とは逆方向に、体を移動させて回避する。
ほぼ直観だけでその回避を行いつつ耳で受け取った輸送機からの通信に、グレイは気を散らされたとばかりに眉をしかめた。
「あと五分あれば向こうのエース機を潰せるぞ」
『エネルギー切れ起こしてまた捕まりたいならそうすれば?』
こちらの反論にそう返してきたのは、女スパイの、味方とは思えない冷ややかな発言だった。
こちらが新型の譲渡早々に敵軍エース機をつぶす提案をしたのに、喜んで受け入れようとはしないらしい。暗に自分が再び【サイラス】に捕まっても、今回の蜂起計画は四体の【スタインフレーム】だけで行っても可能であると、遠回しに言っているようでもあった。
舌打ちと言わんばかりの荒いため息をついたグレイは、構えていた【ジョード】のビームサーベルを、ビーム部分の発熱を解除させて実体剣に戻し、腰部の鞘に収納した。
【ジョード】はそれまでの攻勢から一転、ライフルを収納して踵を返し、輸送機の後部ハッチへと向かった。
「撤退するのか!?」
【リオグランデ】の増援にも構わずに、相手はこちらに斬りかかってくるだろう。そう予測して牽制目的で二発の射撃を打ち込んだ後、パスカルの乗る【リオグランデ】の援護を受けつつ急接近し、ケイイチの【アーロン】が最も得意とするコンバットナイフでの白兵戦に持ち込む。
そうやってケイイチが仕留める算段を思い描いていた目の前の赤いGOWは、突然こちらに背を向けて、貨物室に乗り込むために背後の輸送機に向かって移動を始めた。
予想外の動きに、ますますケイイチの勘は狂うことになった。
『あいつ……勝ち逃げする気かよ!』
【リオグランデ】は相手の意図を知るや、やられっぱなしで終われるかと言わんばかりに肩部のポッドから二発の対GOW大型ミサイルを射出した。普段ひょうひょうとした性格であるはずの彼がケイイチの前で感情的になるのは、ほぼ初めてといってよかった。
しかし【アーロン】に向けて発射されたミサイル同様、【ジョード】にもそのミサイルが直撃することはなかった。背中を向けたままの【ジョード】の首の後ろから真横へと射出されたフレアによって、ミサイルの弾道が右へと反れ、輸送機を追い越して飛行場の右端で爆発したからだ。
(ついさっき初めて乗ったばかりなのに、もう機体を乗りこなしているわね)
移動の中で少し乱れたブロンドを整えながら、セアリー・シャフターは輸送機の操縦室、背部カメラの映像を映したモニターからグレイの卓越した操縦スキルを目の当たりにしていた。
最新鋭の機体に、熟練したスキルを持つパイロット。
【サイラス】に反旗を翻す反乱軍としてはまたとない強力な戦力が加わったことになるし、素直に喜んでいい状況のはずだった。
しかしその約束された戦力を目の当たりにしても、セアリーの顔が完全に晴れることはなかった。
(果たして【ウィードパッチ】にとって……彼の存在は僥倖なのか、悪夢なのか)
彼女が赤のGOWとその操縦者たる少年に対して抱く第一の感情は、『心強さ』でも『恐怖』でもなく、『謎』だった。
◆ ◆ ◆
既にエンジンを起動させ、滑走を始めていた輸送機は、【ジョード】が乗り込んだ時点で、離陸の体勢を整えていた。
「ま……待てッ!!」
【アーロン】がライフルによって輸送機にダメージを与えようとしたが、ジェット噴射の風圧をもろに受けて、うまく照準を定められない。
黒の輸送機は【アーロン】たちから離れて滑走路を滑り、やがてゆっくりと大地を離れて上昇していった。
ケイイチとパスカルだけでなく高射砲や重火力兵装のGOWが、銃撃、砲撃で逃亡する輸送機を撃墜しようとしたが、それも阻まれた。
まず、市街地上空を飛行する輸送機の真下には居住区があり、【サイラス】はそこをかばう形での追撃となるのでうかつに墜落させられない。基地に設置された高射砲は、本来居住区の住民が地下シェルターに避難してからの迎撃を想定したものだ。そのうえ、輸送機に積載された【ジョード】が、開いたままの後部ハッチからライフルによる射撃によって高射砲やGOWによる銃撃を追い払ったのだ。
結果、黒の輸送機がこちらの戦力の射程範囲外まで高度を上昇させるのに、さほど時間はかからなかった。
「あのGOWは……
陽炎のように突然現れ、突然去っていった真紅の機体。
その機体は、第六世代の機体を短時間で一掃し、こちらの機体の射撃まで最小限の動きでしのいでのけた。
第六世代以前のGOWでは、どれだけのカスタマイズやマイナーチェンジを行おうとも確実にこのような機体スペックは発揮できない。
自らに並ぶ威力を持った敵が現れたという事実。
その事実を前に【アーロン】は、【ジョード】という突如現れた光に対する影のごとく沈黙していた。
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