1-12

十三時四四十四分

 ピックスレー基地・正面ゲート前


 ケイイチは情報を処理しきれないままに、炎天下の地面の上に呆然と立ち尽くしていた。

 警報通信で得た情報を整理すると、少なくとも四機のGOWが、【サイラス】の基地を襲撃したことになる。

 しかも四例とも、たった一機のGOWが、一個中隊を相手にして、機体数差をものともせずに壊滅的な被害を与えていたのだ。

 ほかならぬケイイチ自身が、テロリストのGOWを相手に行ってきた掃討を、今【サイラス】相手に行っている。

 ―――まさか。

 ある恐ろしい疑念が、彼の脳内で浮かんだ。

 あの少年の脱走と、四機のGOWの襲撃に、何か関連性があるとしたら?

 少年の作戦が、戦力の増援を前提としたものであったなら?

「まずい…!!」

 自分で抱いた予感に自分で身震いしたケイイチに残された選択肢は限られていた。

 腕から流れ出る血にも構わずに、格納庫に向かって走り出す。

 足の動きを休めないままに、連絡用のスマートフォンを取り出して操作する。

「烏丸特尉だ。至急【アーロン】を出撃状態にしてくれ!」

 格納庫で連絡を受け付けたエンジニアの戸惑いにも構わず、ケイイチは【アーロン】に向かって全力で駆けて行った。


「ありがとうよ、おっさんッ」

 言うが早いか重い音が響き、一人の中年男性が気絶する。脱走した少年・グレイが、唯の代わりに銃口を突き付けて案内役を促した【サイラス】の隊員だった。

 案内されたままに歩いてたどり着いた場所では、頼りないLED灯に照らされた、数種、十数機のGOWが命を吹き込まれていない状態で棒立ちになっていた。

 武人たちの櫓の横には、両脇をむき出しの地面に挟まれた滑走路が敷かれている。どうやらここは、出撃などのために輸送機に積まれるGOWが待機する臨時ハンガーらしい。

「おいおいおい……」

 そのことを知ったグレイは、口端を急に吊り上がらせた。

「……正気かよあいつ

 ここにはいない誰かのことで、呆れとも自嘲とも、今後の極限状況を予感しての武者震いなのかもわからない笑いをグレイは浮かべる。

 セアリーが手渡したメモが正しければ、基地の外で受け取った方が安全なを、彼はわざわざ基地のど真ん中で渡そうとしている。

 試されている。

 自分に力を与える人間は、今の窮地を切り抜けられる人間でなければならないと、グレイはそう言われている気がした。


 そんな彼の試案は、突然彼を包む赤い光によって遮られる。 


『囚人番号00359!! おとなしく武器を捨てて投降しろ!!』

 【サイラス】最新鋭のGOW・【アーロン・トラスク】が構える、アサルトライフルの照準だった。

「たまげたな……あの兄貴意外と直観で動くところがあるみてーだ」

 人間と巨人の対峙。あるいは虫と人間の対峙。そのような例えが似合う、圧倒的な戦力の差を前にしても、【アーロン】のモニターに映し出されるグレイには少しもひるんだ様子がなかった。十数日前に初めて戦闘を行った時、あの少年は生身でありながらこちらの【アーロン】を奪おうとしたのだから、今更この反応は不思議ではない。

「なんでGOWのアラートハンガーに……」

 それよりもわざわざ袋のネズミのように倉庫の奥部にあるGOWのハンガーへと飛び込む彼の姿に、違和感を覚えずにはいられない。基地を占拠したいのであれば、司令室などの上官のいる部屋を襲撃すればいいし、単に脱走したいのであれば、倉庫入り口付近のトレーラーを奪ってさっさと逃げればいい。

 計算高くこの第七世代GOWに挑み、旧式機で最新鋭の機体に傷をつけた少年。袋小路に自分から入るように飛行場へと逃げ込む彼の姿を、直接戦ったケイイチはただの無謀と判断することができずにいた。


 GOWの最新鋭機を通して放たれる警告に、しかしテロリストの少年は声ではなく合図で答えを返した。

 指を使った軽蔑の意味を表すしぐさ。

 それを確認する前に、【アーロン】のアサルトライフルは火を吹いていた。

 普通に考えればすぐにバラバラになって焼け爛れた死体が転がっているのを確認できるところだが、この少年に限ってはそうではない。仲間の集団自殺からも逃げ出したテロリストが、そうやすやすと命を投げ捨てるわけがないのだ。

 機首とアイセンサーを左へと傾けると、案の定とっさの判断でハンガーの端へと体を転がり込ませる少年の姿があった。その場でGOWの整備を行っていたエンジニアたちは状況を把握する前に、ある者は腹、ある者は顔にこの少年から打撃を食らって気絶した。

 気絶した整備員たちの中央に立って改めて【アーロン】に向き直る少年。

「……人質だっていうのか?」

 今の状態でアサルトライフルを発射すれば、整備員たちが巻き込まれることは確実だった。

 標的を目の前にして棒立ちになっていた【アーロン】の背後に、複数の機影が出待っていた。

『貴様、この期に及んで何を躊躇しとる』

 通信から突然響いた声に、ケイイチは生身の首だけを振り返らせる。

 機体後方の様子も確認できる全店周囲モニターが視線の先に映していたのは、【アーロン】が出動している間は出撃許可が下りないはずの、計六機の第六世代型GOW、【アルバカーキ】だった。

 延長線上に少年がいる場所に中心にいる【アルバカーキ】の一機が銃口を向けた。

「待ってくれ! まだGOWの整備員たちの反応がある!」

『フン、いい機会だ下がれ若造。【サイラス】の流儀を教えてやる』

 初老の男性の音声だった。

 

 隊長機らしき【アルバカーキ】が、気を失っている整備員ごと、少年をアサルトライフルによって吹き飛ばそうとした、その時だった。


「伏せなさい!!」

 戦場に見合わぬ透き通った声が、不均衡な戦場に響き渡った。

 その声が耳に入った直後、目の前を映し出していた【アーロン】の視界モニターは急に暗転した。

「電波妨害……? 別のテロリストか!?」

 ならば機体から降りて直接仕留める。そう考えてコックピットハッチを開けたが、その瞬間に白い霧状の気体が侵入し、ケイイチの目と鼻から悲鳴が上がる。慌ててハッチを閉めて、システムを復調させるために機体の点検を再度行った。 

 【アーロン】に同じく、合計六機の【アルバカーキ】も同じ障害によって身動きがとれない状態に陥っていた。

 その時滑走路の方で地面を揺らす大きな音が響いたが、機体のジャミングと催涙ガスの影響で、【サイラス】のGOWパイロットたちは誰も気づいていない。

 【サイラス】のGOW部隊とグレイの戦場に降り立った輸送機の着陸音こそが、この大きな音の正体だった。


 ◆ ◆ ◆


 顔をゴーグルとマスクで覆ってはいるものの、白衣と流れるような金髪ブロンドで、ついさっき自分を解放した女医だとわかった。

 機体のジャミングも辺り一帯にまかれた催涙ガスも、彼女の手によるものだろう。おそらくは時限爆弾式に起動する小型簡易式のECM装置によるジャミングだろうが、第六世代型のGOWではサイドローブ・キャンセラーなどの使用によって無効化するのはたやすいため、おそらく長くもつ時間稼ぎではない。

「【アルバカーキ】を一機奪うくらいの行動力は見せてほしかったわね」

 自分の仕掛けた催涙ガスに自分がまきこまれないための防護装備を身に着けたセアリーとともに、グレイは音のする方へ向かった。

「奪ってどーすんだよ、俺はこれから【ジョード】に乗るってのに」

「我々にはが必要ってこと。輸送機の離陸までに、戦闘データの収集頼むわよ」

 会話している間に二人がたどり着いたのは、黒い【サイラス】基地の輸送機―――に偽装した、の輸送機体、その背部の貨物室だった。

 この日の午前、この輸送機はアクロン空軍基地を無断で離陸し、近辺に【サイラス】の基地がおかれているはずの三つのエリアをなぜか無事に通過し、このピックスレー基地の飛行場に着陸した。この輸送機がフライトを難なく行えたことに、識別不明の、型式すら不明の四機のGOWがかかわっていたことを【サイラス】が知るのは、もう少し後の話である。

 すべては、囚われていた少年―――グレイに、【サイラス】に傷を穿つための刃―――【スタインフレーム】最後の一機を手渡すため。



 輸送機のパイロットと合流するセアリーと別れ、胸部のコックピットに乗り込むために側部のタラップを上る。

「……【スタイン・ジョード】……」

 上から見下ろすGOWの全貌に、グレイは異質さを感じずにはいられなかった。

 赤と白に色分けされた量産機は【ソリーダD型】や傭兵たちのカスタム機など、GOWの中ではそれほど珍しいカラーリングではないし、グレイも戦場の中で見慣れている。

 だが、単体では何の変哲もない赤と白の塗装は、組み合わさったことで今までのGOWにはない、得体のしれない印象を与えた。

 GOWは【サリナスドライブ】を含めて、炭素繊維と特殊合金による純粋な機械のはずなのに、その色彩はグレイに血と脂肪を思わせた。タラップから見下ろすその機体は、さながら解剖されて筋肉繊維をむき出しにした巨人の死体にも見えた。


「……面白ぇ」

 巨人を見下ろしながらつぶやいたその言葉は、何に対して向けられたものだったのだろうか。

 呟きが輸送機の内壁に反射して消えた直後、グレイは巨人の心臓を切り開くように、コックピットのハッチを開けた。


 カポ…


 誰が用意したのか、コックピット内に律儀に置かれていたスペアの義歯型暗器トゥースガムを口に入れ直した少年はふと、背中を座席にもたれさせ、しばしの思案にふけった。

 見上げて何を考えたのかは、少年自身も知る由がない。

「……まぁいい」

 やがて振れやすい位置にあったトリガーを引き、GOWで最も重要な【サリナスドライブ】の作動を確認する。


 その操縦席がどれほどの間、持ち主を迎えることを待ちわびたのか。

 その機体がどれほどの間、動き出すことを待ちわびたのか。

 その【サリナスドライブ】がどれほどの間、目覚めることを待ちわびたのか。

 今となっては誰も知る由もなく、知ったところでそこに意味を見出すものは少ないだろう。

 しかし、今ここに、【スタイン・ジョード】という機体が存在し、それに【サイラス】に反旗を翻すものが乗り込んでいることだけは確かである。

「【ESX-0101】―――【スタイン・ジョード】・・・起動ォッッッ!!!」

 システム起動のためのスイッチをすべて起動させて放たれたその叫びは、生まれいづる命の産声のようでもあった。


 ◆ ◆ ◆


 【アーロン】と【アルバカーキ】六機のモニターがブラックアウトして約数分、妨害対策機器によって漸くモニターが復調し、前方の光景がケイイチたちに再び姿を現した。しかし何者かの散布した催涙ガスによって、光学カメラではまだ視界は悪いままだった。

 しばらくその場で静止して、様子を見ようとしていた、その時だった。

 【アルバカーキ】の一機が、【アーロン】を追い越して、まだ視界の晴れない前方の滑走路付近へと疾走した。

「ま、待ってくれ!!」

『失せろ、若造めが!! テロリストは我々【アルバカーキ】部隊が―――』

 【アルバカーキ】を駆る初老男性の音声は、突如消失した。

 周りに充満していた催涙ガスが、ゆっくりと晴れていく。


 血の河のごとく禍々しい赤と、太陽光のごとく神々しい白に彩られたGOWが、最前方の【アルバカーキ】、その腹部に穴を開けていた。

 アサルトライフルでもダガーナイフでもなく、、だ。


 ◆ ◆ ◆


「格闘……」

 腹部を貫かれ、パイロットの命ごと機能を停止した【アルバカーキ】を右腕から振り落とした【スタイン・ジョード】。

 味方機を一瞬のうちに鎮めた【ジョード】を、スラスターを噴射させて疾走した残り五機の【アルバカーキ】が取り囲んだ。

 多勢を前に、しかしコックピットに鎮座するグレイはいたって冷静だった。

「白兵ッ」

 機体の腰部に据えられた、プラズマ粒子濃縮式両刃剣ビームサーベルを抜く。

 その動作からそのまま、【ジョード】は抜いたビームサーベルで、眼前でライフルを構えていた二機の【アルバカーキ】の胴体に斬りかかった。

 ビームサーベルの熱量は炭素繊維の装甲をやすやすと切り裂き、GOW二機を上半身と下半身に分かれた四つのガラクタへと変えた。


「砲撃ッッッ!!」

 流れるような動作でビームサーベルを収納し腰に取り付けられていたプラズマ粒子濃縮式アサルトライフルビームライフルを左腕に構えると、左前方にいた【アルバカーキ】の腹部に向けて射撃、そして左腕を動かす勢いをそのままに機体ごと回転させると、後方に位置していた別の【アルバカーキ】にも一撃を加える。直後、ほぼ同時に腹部のちょうど中心に穴を空けた二体のGOWが崩れ落ちた。


「最高だな! 文句なしの汎用機だ!!」

 外観から察せられる機体各ユニットの重量配分で得られた推測が当たっていたことに、グレイは一人で高笑いした。この時背後に回り込んでいた残り一機の【アルバカーキ】が絶好の機会とばかりにダガーを構えて襲撃したが、グレイは振り返りすらせずに、熱源反応とシンプルな予測だけでビームサーベルを逆手に構え直し、同機体の胸部を串刺しにする。

 彼の笑いは自分の推測が的中したことだけでなく、あらゆる場所で活躍できる機体を自分に渡せば、どのような事態になるかということを想像した笑いでもあった。 


「一度【アーロン】を操って見たかったが時間もねぇな」

 【ウィードパッチ】内で事前に【ジョード】の肩部に取り付けられた、追加砲撃兵装の安全装置を解除した。対GOW用のミサイルランチャーだった。

「『怒り』の踏み台になってくれ。兄貴」

 なぜか沈黙している目の前の青の最新鋭機体をターゲットに定め、イグニッションスイッチを押し込んだ。


 ◆ ◆ ◆


 得体のしれない赤と白の機体に、味方の機体が次々と撃墜されている。

 ケイイチの視界に異変が起こったのは、その切迫した状況の中だった。

 いきなりディスプレイが発光したわけではない。

 モニター上でアラートが光っているが、それは戦闘中であればいつものことで、ケイイチにとっては慣れた話だった。

 GOWのコンソールには何の異常もないはずなのに、急に視界がぼやけた。

 一瞬直前にハッチを開けた際に浴びた催涙ガスの影響かと思ったが、それは違った。直後何の脈絡もなく、がケイイチの視界に移ったからだ。


 その幻影は、一言では言い表すことはできない、異様な光景だった。

 ピックスレー基地の光景ではない。それどころか、

 白昼夢にしてははっきりと映るその幻は、チャプターが切り替わるように、次々に別の光景へと切り替わっていく。


 何もない砂漠の中、西へと逃れる民。

 死の床で息子に遺言を残す父。


 川原で友を撃ち殺す男。

 港場でその日暮らしをする浮浪人たち。

 仔馬の赤子を抱いて走る少年。

 悪質な労働に反旗を翻す人々。


 気が付いたころにはスライドショーのように、あるいは早送りで見る映画のように、関連性のない数々の場面がケイイチの脳内へと入り込んでいた。


 直後、ケイイチは自分の視界が潤むのを感じた。

 次に、自分の頬を雫が滴るのを感じた。

 

「……俺の涙か……?」

 悲しみではなく、戸惑いがケイイチの心を包んだ。

 急に脳内に投影された幻に、悲しみなど抱きようがない。

 抱きようがないはずなのに。

 自分の中にいるもう一人の自分が泣いているとしか思えない現象が、その時その場で起きていた。


 気が付くと、幻影は去っていた。

 ケイイチは目をぬぐった。

 戦地に建つ男としては、あまりに女々しく、頼りない雫を振り払い、モニターを見つめなおす。

 涙を振り払う姿は一見勇ましくも見えるが、現状への対処を優先したは得体のしれない『幻影』からの逃避でもあった。


 彼が改めて正面を見据えたとき、モニターの一面が、アラートで血の海のように真っ赤に染まっていた。

「……ぁッ」

 鮮赤で染まったモニター画面を見るまでもなく、ケイイチは今まで見たことのない状況を目にした。

 

 【スタイン・ジョード】の両肩に取り付けられた追加砲撃兵装から、左右二発、合計四発のミサイルが放たれ、【アーロン・トラスク】へと肉迫していた。

  あまりにも突然な、死の恐怖だった。


◆ ◆ ◆


 地球にEoEへの扉が開く二百年前とも、あるいは一万年前とも、あるいは何百億年とも言われる、世界が一巡する前の時代。

 誰も知らない、その時その場所に、確かに『彼ら』はいた。

 孤独な者、不器用な者、あるいはただのクズ共、そしてそれでも【居場所】を求めて生きようとした者たちの狂想曲。

 人々が死に絶え、肉体も朽ち果てた死の世界で、人々の意思と、その記憶だけは消滅せず、残留思念となってこの世界に残った。

 その意志と記憶は【サリナス・ジーン】と呼ばれるエネルギーとなり、【サリナスドライブ】という器に入り、今GOWという機神の体を手に入れて蘇った。

 これは巨神が駆ける戦火の中で、地球人類が神話―――楽園を求めた者たちの神話、【サリナス神話】と出会い、向き合う物語である。

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