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十時四十七分
サンタクルーズ分屯基地付近・エリアC5
三時間ほど前に飛び立った黒い輸送機は、ただただ北東へと真っすぐに進路を定め、飛び続けていた。出発地点の空軍基地が火の海と化そうが、通過地点の駐屯地を護衛するGOW部隊がたった一機のGOWに全滅させられようが、速度を少しも落とすことなく、真っすぐ北東―――【サイラス】の拠点の一つ、ピックスレー基地のある座標へと向かって移動していた。
【サイラス】や各空軍基地に提出したフライトプランから逸れて飛行するこの輸送機を、離陸前の段階で警戒していた【サイラス】の部隊があった。
偵察を任務とするこの警戒隊は、内密でこの輸送機の積載物を調査し、内部に積まれている恐るべき兵器の存在をいち早く認識するに至った。比較的自由な行動が許されている彼らは配属されているサンタクルーズ分屯基地からの指令を受けることなく出動していた。目標は、ピックスレー基地へと向かう所属不明の輸送機の破壊である。
しかし彼らの進行方向に二機のGOWが到来したことで、運命は豹変することとなる。
二機にして一機の、奇妙なGOWに。
「例の輸送機は捉えられたか?」
「はい、高度一万メートルを保ちつつ、時速300キロで、移動中のようです」
「絶対に目標地点にまでは飛ばしてはならん。すでにアクロンとラグーナ・セカが犠牲になってしまった」
隊長機と副隊長機思われるGOWの通信が、彼らの警戒隊だけで共有される回線に響く。ほんの一時間前に起こった謎のGOWによる二つの事件を、彼らは当然のように把握していた。
彼らの駆る第六世代の偵察特化型GOW【チューアラ】も、それらを後方から援護する第五世代近接戦闘型GOW【ソリーダD型】も、【アルバカーキ】はおろか通常の【ソリーダ】と比較しても決して高性能とは言えない。
しかしこれらのGOWに乗り込むパイロットたちが、かつてはテロ組織内で密偵として活動したこともあるエリートのスパイであるということに特徴がある。GOWのスペックや士気で通常のGOW部隊に劣る兵力を、他の部隊にさきがけて仕入れた情報によって補っていた。
彼らがあらゆる場所、あらゆる組織に送られた密偵を通じ、輸送機に積載された兵器の実態をつかんだのはほんの五時間前のことである。そのほぼ同時刻、すでに二つの部隊が所属不明のGOWの奇襲を受けていた。離陸した輸送機の出発地点と進行方向上で奇襲があることに気づいた時、彼らは即輸送機撃墜のために出動したのだ。
あと少し移動すれば、分屯基地内のレドームに捕捉された輸送機が彼らの対空兵装の射程内に入る。その時その場所で、彼らはその機体に出会った。
断崖の上に立つ、一機の小さなGOWの姿がそこにはあった。
当然彼らが乗るGOWのレーダーは、このGOWの機影を補足していた。
しかし、彼らはその機体を無視して輸送機を追い続けた。傭兵の流れ者が単なる移動手段としてGOWを使用する例などいくらでもあるし、そもそも彼ら警戒隊は基本的にテロリストへの先制攻撃はしない。下手にこちらから刺激すると、彼らの本分である『情報収集』に支障が出るからだ。
だから、この後そのGOWが起こす『惨劇』に彼らが対処することができなかったとしても、それは致し方のないことだったのかもしれない。
突然、警戒隊GOWのレーダー上から味方機が二機消失した。こちらの命令なしに【チューアラ】をステルスモードに移行させたのかと、隊長機がモニターの後方を確認した。
どこからともなく現れた一本の槍にコックピットを串刺しにされた、二機の【チューアラ】の姿が、そこにはあった。
「なっ……!?」
警戒隊隊長は動揺こそ隠しきれなかったが、誰の手による攻撃かは長年の経験で察知することができた。今この場にある不確定要素など、先ほどの小型のGOWしか存在しない。問題はそのGOWがどのようにして、【チューアラ】と【ソリーダ】に全く感づかれない攻撃を放ったのかということだった。
隊長機の疑問に応じるかのように、上方の断崖からスラスターで落下速度を下げつつ、一体の小型のGOWが降下してきた。先ほどまで旅人のようにぽつんとたたずんでいたその機体は、その小柄さに不づり合いなほどに異常な威圧感を放っていた。
二十世紀半ばに起こった大戦の兵士を模した姿のGOWが【サイラス】で採用されているGOWの標準的な外見だが、目の前の機体は違った。まるで中世の騎士物語に登場するような、純白のマントと白銀の甲冑に
機体を確認した警戒隊は、隊長機の合図によって、統制された動きによって二つのグループ―――小型のGOWを迎撃する班と、計画通り輸送機の撃墜に乗り出す班に分かれた。幸い上空を飛ぶ輸送機がこちらの対空兵装の射程から離れるまでには時間がある。その時間内に不確定要素の駆逐と本来の目的の完遂、両方に対処したうえでの適格な判断だった。
この判断を行った警戒隊に誤算があるとすれば、生じた不確定要素の分析を費やす時間を怠ったということだろう。
テロリストよりもはるかに統制された一斉射撃を、その小型のGOWはものの見事にいなしてのけた。元が小柄であることに加え、小回りをきかせた動きによって最小限の動きによって一回一回の銃撃を回避してのけたのだ。
「あくまであの輸送機という標的を見失わない冷静さはさすが【烏】といったところか……しかし」
その小さな巨人の騎士―――【スタイン・ティフリン】のコックピットに座す一人の少年の声は、警戒隊の誰の耳にも届いていない。
いや、聞こえていたとしても、彼らに耳を傾ける余裕はなかっただろう。敵機軍の攻撃が一段落ついたことを察知した【ティフリン】は、足元に転がっていた二体のGOWの残骸から自らの武器たる槍を引き抜き、脚部スラスター噴射による流れるような軌道によって直近にいた一機の【ソリーダ】の腹を貫いた。
「人の域を出ない機体では、我が【ティフリン】と【ギャビラン】は潰せん」
この呟きも、少年がふとこぼした独り言にすぎない。
しかしこの独り言とが発されるのとほぼ同時、別のGOWに乗り込む警戒隊隊長はこの小柄なGOWの持つ威圧感が、さらに得体のしれない者に変容するのを確かに感じていた。
「来い、【ギャビラン】!!」
【ティフリン】の内部から発せられた音声認証システムが、暗号化された電波を発してから数秒後。
側面の断崖から、もう一体のGOWが降下してくることを、警戒隊GOW全機のレーダーが注意を喚起するように告げた。
ほどなくして機影を見せたそのGOWの全様―――この場に現れた不確定要素の全貌に、警戒隊たちは目を疑った。
その場に舞い降りたGOWは、まずGOWと形容すべきかも不明な、奇妙奇天烈な形状を持った機体だった。
二本足ではなく四本の足に支えられた、屈強な体躯。その肉体から生える、巨大な首に支えられた細長い頭部。
肥沃な大地を思わせるこげ茶色に彩られた、馬型の巨大兵器であった。
白銀のGOWは、スラスターを使用した跳躍を行い、空中で数回転した後器用に鋼鉄の馬にまたがる。
中世ヨーロッパの騎兵のごときシルエットを月夜に浮かばせた
敵は【サイラス】、GOW一個中隊。
GOW掃討班と輸送機撃墜班、その両方を一気に撃墜するために、そのGOWは駆けた。
鞍に座す騎士型のGOWは、馬の轡に謎の光をともしているロープを引き、馬を駆った。人間に動かされるGOWが、更に別のGOWを動かすという奇妙な光景がそこにはあった。
補助ブースターによって推進を得つつ、バランス保持と圧倒的なエネルギーによって、その馬―――【ギャビラン】は疾走した。特殊合成樹脂を素材とした馬の蹄が、地面にリズミカルで、けたたましい音を刻む。
戦車のごとき重量感を思わせつつも、そのスピードは【サイラス】の最新鋭機である【アルバカーキ】をもはるかにしのぐスピードだった。もはや何か対策を考えるどころか、思考を始める前にこの場のGOWが全滅させられるのは明らかだった。
三分十二秒。
それだけの時間で、騎士型のGOW、【スタイン・ティフリン】と、馬型のGOW――【サリナスドライブ】を動力としているので定義上はGOWである―――【ギャビラン】は、自機に攻撃を仕掛けた班と、輸送機に撃墜を仕掛けた班の両方、すべてのGOWを駆逐していた。
突然と姿を現した巨大な騎兵が見せる威圧感を前に、対策を立てる頭が回らず、突撃か回避の二択しか選ぶことができなかった。隠密・工作活動を主とする部隊ではあるが、飛び道具を利用して指揮官機を撃墜すれば、崩壊はたやすい。
この騎士の中にいたのは、身長140センチ前後のアジア系の少年・李紅宝だった。まだ人型ロボットの玩具で遊んでいてもおかしくない外見のこの少年は、既に2機の兵器によって殺戮を行っていたのだ。
ただその少年の首には、銀色の輪が掛けられていた。まるでその少年の体と心を、何らかの力が縛り付けているかのように。
「あっけないものだ……しばらくはこの茶番につき合わされそうだな。なぁ、【ギャビラン】」
銀のGOW―――【スタイン・ティフリン】から声が出ているわけではない。
だが【ギャビラン】と呼ばれた馬は、聞こえるはずのない主人の声に対して、はるか遠くまで響き渡るいななきを上げた。遥か彼方まで響く音量ながら、フルートのように透き通る音色であった。
十一時三十分
傭兵キャンプ
EoEには、【サイラス】の基地とは別に、流れ者の傭兵たちが衣食住を構えるキャンプ地が設置されている。地球を追われた無法者、EoEで孤児として育った少年兵など、おおよそ現代文明社会には縁のない人物が兵役を家賃代わりに居を構える、一時的な宿泊地である。
傭兵と言っても、EoEにはクライアントや目的によって様々なタイプが存在している。今この場のキャンプにいるのは、地球永住権と引き換えに【サイラス】と契約を結んだ傭兵たちである。
アクロン空軍基地から謎の黒い輸送機が許可なく離陸し、こちらに接近したことを受け、警戒隊員の一人から非公式に情報を入手した【サイラス】士官たちが、傭兵たちに収集をかけたのだ。
彼らが戦場を共にするGOWは原型となるGOWは【サイラス】よりもずっと旧式の機種だが、傭兵たち自身がジャンク屋などから購入したパーツによって独自にカスタマイズを行った機体が多い。その結果意外な強さを発揮し、正規兵並みの戦績を残している傭兵も少なくない。
「傭兵ども! もうすぐテメーらの出番だ、もうテントでおねんねしてる時間はねーぞ!! ピックスレーのガキに後れを取りたくなかったらさっさと作戦ポイントに向かえィ!」
各地点に設置されたスピーカー越しに、右目を眼帯で覆った【サイラス】士官の、士官にしては荒っぽい口調の指令が響いた。並の士官の礼儀作法では、気性の荒い傭兵たちを従えることはできない。
事実、その指令を聞いてキャンプの中から現れた傭兵は、容姿や立ち振る舞いからして軍の規律に縛られない、一般社会の人間にはテロリスト並みに危険なオーラをまとった人物ばかりだった。戦闘が原因で刺し傷や火傷を受けた者、あるいは身体の一部を欠損した者たちもいたが、彼らはそれを自らの戦いの証とばかりに見せびらかしている。
しかしキャンプの中に、その指令を無視してテントの中にこもり続ける集団がいたことを、この時点では誰も気づくことはなかった。
そのテントの中にいたのは、テーブルの周りに屹立したたまま一言も発さない隠者たち。世間一般、【サイラス】正規兵、キャンプに集まった傭兵たち、そのいずれにも調和することのないオーラが、このテントの中には満ちていた。
「Cとドクター・リケッツにも舐められたものね…最初にGOWを受け取った我々にやらせるのが、ただの陽動作戦とは」
テーブルの奥に座す赤い覆面を被った少女が、沈黙を破るようにつぶやいた。
「あげくこのような陰気で汚らしい場所に、
むさくるしい男たちが大半を占めていたキャンプの中では、ただでさえその小柄な体躯は場違いな印象を残していたし、嫌でも注意を引くその覆面は、まるで映画の登場人物であるかのような異質さ、非現実性を秘めていた。
「ま、当て馬とはいえ同胞をつぶした【サイラス】と、我々を完全に舐めきった反乱軍……いずれあの一機で彼らに鉄槌を下せると思えば、現状はいわば食事の前の空腹、といったところかしらね」
さらに奇妙なことに、泣く子も黙りそうなテント外の状況に対して、少女は微動だにせず、冷静な姿勢を保ち続けていた。まるで数々の戦場を切り抜けた老兵であるかのように、現状を脳内で吟味し、じっくりと思案しているのが、テント内の誰もが一目で理解できた。
同時刻、このキャンプにいる者のほとんどが、今この場に起こっている異常事態を理解できていない。
【サイラス】に攻撃を仕掛けるテロ組織の最大手、【トーガス・ヴァレー】。
その頭領であるこの少女が【サイラス】の基地に潜伏しているという、その異常事態を。
「【ノーブル】、我々もそろそろ動かねばなりません。彼にも作戦の指示を」
「ええ、みんな、彼の健闘を祈りましょう。通信係、キドウの回線にチャンネルを開いてちょうだい」
真横にいた部下らしき女性からの一言を受け、【ノーブル】と呼ばれた少女のシルエットは立ち上がった。ついさっきまで俯き顔を覆っていたマスクが光を浴び、少し鮮やかな赤に変わる。
先ほどの女性とは少女を挟んで向かいにいた男から手渡されたスマホ兼通信機を耳に寄せ、先ほどより少し穏やかな口調で言葉を紡いだ。
「キドウ、賽は投げられたわ。覚えてるわね、『契約ナンバー』が、攻撃の合図よ」
テント内に一気に緊張が走る。彼らにとって、彼女のその言葉は事実上の宣戦布告だった。
『…わ…わカッてルよ……のーぶル……ヒヒ』
聞いたものを確実に不快にさせる笑い声を聞く前に、仮面の女性は音声を切った。
実際、彼とのコミュニケーションは最小限でも問題なかった。
通信など、彼らの間には最小限の回数で十分だったのだ。
【サイラス】との契約して戦闘を行う傭兵は、作戦前に【サイラス】の士官と一定時間のやりとりを行う。点呼と契約ナンバーの確認、【サイラス】運営よりもすこし規格の緩い機体点検が、その内容だ。二つの班に分かれた士官とエンジニアたちが、作戦を控えた傭兵たちに対応している。傭兵の乗るGOWはカスタマイズ機が多いと相場が決まっているし、そのため今回彼らの機体の点検に着手する【サイラス】所属のエンジニアたちも、傭兵の相手をしている異常ある程度の個性的な形状をしたGOWは見慣れているはずだった。
そんな彼らでも、目の前にそのGOWが現れたときは、思わず目を点にしていた。
黒を地色とする、闇を具現化したかのようなGOWだった。デュアルアイ、もしくはモノアイが主流な第六世代以降のGOWで、そのGOWの頭部はアイセンサーをバイザーで覆っているし、通常直立状態が標準的な背部は猫背のように前にかがんでいる。そして何より奇妙だったのは、そのバイザーの下にある、サメを思わせる鋭利な歯がずらりとならんだ口であった。
エネルギーを【サリナスドライブ】から供給しているGOWには、何かを摂取したり吸収したりするための口は必要ない。未知数のエネルギーを使用する以外は純然たる機械であるはずのGOWに生物的な口と歯が着いているのは、設計思想の面で【サイラス】の士官を困惑させた。
「んだよこの物騒なGOWは……気持ちわりぃな」
ウジ虫を見るような視線で、眼帯を付けた傭兵部隊統括主任の【サイラス】士官はそう吐き捨てる。
「ゲテモノパイロット、テメーの名前はなんだ」
『え……えート……おレのな…………、キどウ……きドウ、ダよ』
最初、GOWの機動がどうかしたのかと士官は戸惑った。相手が通信越しに何も言わないことから、彼が『キドウ』という名前の傭兵だと理解した。
「よしキョドり野郎、次は契約ナンバーを言ってみろ、どもらずにな」
『…………ー》ダ』
「……あ?」
小声でつぶやいたが、眼帯の士官はキドウの吐いた言葉をかろうじて聞き取れていた。彼が聞き直したのは、聞き取った言葉が【サイラス】や彼らと契約する傭兵たちにとって、抹殺すべき天敵を意味していたからだ。
悪趣味な悪ふざけだと思い、眼帯の士官は聞き返したのだろう。
だがそれこそが、相手に対して見せた決定的な隙であり、キドウにとっての作戦の合図だった。
発光。
眼帯の士官と彼の部下である【サイラス】兵士、機体点検を終えた傭兵、機体点検を待つ傭兵、その誰もが、視線を突如起こった光の波動へと向けていた。
光を見た者たちは、それが口と牙を持つ奇妙な形のGOWゴーグル式カメラアイの下部から放たれたことを即座に理解した。熱線の描く直線状で、コックピットに焼け爛れた穴を開けた【ソリーダ】が音を立てて崩れ落ちたからだ。
放心状態になっていた【サイラス】士官は、通信が拾ったぎこちない音声で我に返った。
『シュッしんチナンかなイ……【トーがス・う゛ぁレー】ニイルだケダ』
言葉が正しい発音で語られていない、奇妙な音声だった。
そのGOWのコックピットに座していたのは、白髪に近い銀髪を肩まで伸ばした少年だった。
その風貌には、大凡知性のようなものは感じられない。
だがそんな彼でも、この奇妙なGOW―――【スタイン・ノーランガ】を操縦することはできた。頭の各所に取り付けられたコード状の脳波センサーが、単純なレバー操作のみでの操縦を可能にしていた。
そして又、もう一筋の光が、別の【サイラス】隊員の駆る【ソリーダ】に向けて再度青空の中に舞った。
「革命の始まりを告げる狼煙のようね」
ラップトップ上のモニター越しに屋外を見ていた覆面の少女――ノーブルが、前置きをすることも、光に視線を移すこともせずにつぶやいた。
その場にいた残り三機の【ソリーダ】や、傭兵たちの多彩なフォルムのGOWが、【ノーランガ】に頭部のアイセンサーと、銃の
「狼煙は大きく、明るく燃え上がってくれればそれだけで意味があるわ」
傭兵キャンプは今や、ある種の興奮状態に陥っていた。通常の基地の混乱状態とは異なる、命を懸ける戦火に気分を高揚させる者たちが起こす熱気をはらんでいた。
「大きければ大きいほど……戦場の砲火と勘違いする愚か者も増えるものね」
嚙みちぎった。
それはコンバットナイフや光子ブレードによる斬撃ではなかった。マシンガンやアサルトライフル、ミサイルによる砲撃でも、直前に放たれたレーザー照射とも違った。
直近にいた傭兵の赤いGOWを、その機体―――【ジム・ノーランガ】は、その
肉食哺乳類や、かつて地球上に存在した肉食恐竜を彷彿とさせる、あまりにも野性的で、同時に非機械的な動き。
作戦、計算、技術がものを言うGOWの戦場にあって、【ジム・ノーランガ】の動きは、あまりにも既存の常識とはかけ離れていた。
傭兵の駆る灰色の一機のGOWが、【ノーランガ】めがけてロケットランチャーを放った。本来このような攻撃行動は【サイラス】士官の許可が必要なのだが、この場でその攻撃をとがめる士官はいなかった。
一発目は命中し、【ノーランガ】の肩に傷をつけた。灰色のGOWは、傭兵特有の機転ですぐさま全速力で【ノーランガ】へと接近し、もう片方の手に所持していた対GOW用ブレードによって追い打ちを仕掛けようとした。
「命を食らい、それを自らの力とする自然界のシステム」
ブレードによる斬撃が仕掛けられる前に、灰色のGOWの上半身は吹き飛んでいた。
それは【ノーランガ】の兵装によってではない。
その怪物が鷲掴みにし、首を噛み千切った赤いGOWが装備した、レーザーカノン砲の放つ閃光によってであった。
頭部のメインコンピューターが破壊され、機能が完全に停止しているはずの赤いGOWのなれの果てが、右腕に装備していたレーザーカノン砲を構え、灰色のGOWに向けて放ったのだ。
「合理的この上ないこのシステムを、GOWでの戦闘に流用しない手はないわ」
機体を食らって自らの意思で操る
傭兵たちの何人かは、理論上可能かどうかどうかを思考する前に、本能的に【ノーランガ】の特殊能力を理解していた。
傭兵たちの中には戦いもせず、子供のように怯えながら機体ごとキャンプから逃げ出す者もあらわれだした。
「暴れる怪物が怖いのね。その状況を作り出したのはあなたたちの恐怖であり、憎悪でしょうに!」
邪悪に口角をつり上げる仮面の少女。【サイラス】側の兵士が見れば、【ノーランガ】と同等の怪物に映ったであろう。
間髪入れず、【ノーランガ】が右腕でつかんだ赤いGOWの残骸を振り上げて、灰色のGOWへとたたきつけた。無残な鉄塊と化したその機体は磁石のように赤いGOWに付着する。二つの機体が合体歪な鉄塊を、【ノーランガ】はこん棒のように振り回し、GOWに叩きつける。
棍棒は叩き潰したGOWの残骸と同化して大きくなり、やがてその体積は【ノーランガ】をもしのぐようになった。
それでも【ノーランガ】は、暴走を止めなかった。
三十分後、残ったのは廃墟だった。
廃墟といっても、六時間ほど前にエンマが操縦する【ジョージ・ミルトン】がアクロン空軍基地で作り出した焦土とは異なる。機体や建造物の焼け跡は、そこには見られない。代わりにあるのは、装甲がひしゃげ、内部フレームごと形を変えられた、さっきまで武人だった鉄塊が崩れ落ち、キャンプ地の地面を覆いつくしていた。
その中心に牙を持つ黒のGOW、【ノーランガ】がいた。
ふと何かに気づいたように【ノーランガ】が振り向いた。戦術などあってないような暴れ方だったが、機体のメインコンピューター及びDNA感知システムによって、その地点にだけは攻撃しない、という条件付きでの戦闘を行っていた。
同地点に設置された、唯一【ノーランガ】に燃やされなかったテントから、赤い仮面の少女が現れる。彼女に続いて、老若男女様々な年齢層の人々が、ぞろぞろとテントから出てきた。ついさきほどまで素顔を見せて傭兵を装っていた、男女入り混じった集団が、一斉にローブを羽織りだした。ローブをまとっていないのは何人かの傭兵や眼帯の士官を含めた【サイラス】士官といった人質たちだけである。
彼らにとってローブは、姿を隠すためのものではない。そのローブをまとった状態こそが、彼らが仲間だと証明するためのシンボルであり、正装であった。
「皆さんの一か月にわたる誘導作戦の結果、【ノーランガ】は基地の急襲に成功しました」
赤い覆面の少女はローブをまとった人々に向き直ると、廃墟に立つ【ノーランガ】をバックに語り掛ける。
ローブを羽織った二十代前半の男性、十代前半の少女、四十代後半の中年など、多岐にわたる。そかしその風貌こそ違えど、彼らの視線は仮面の少女・ノーブルに集中している。それも尊敬すら通り越した、崇拝の意を込めた視線が。
「いまここに、我々【トーガス・ヴァレー】は、【ウィードパッチ】との同盟の下、【サイラス】に宣戦を布告します!! そう、全ては!」
ローブの背中には二本のタバコと、リンゴを象った紋章が刻まれていた。あるいは今この場に【サリナス・ジーン】調査の第一人者であるドクター・グレイブスがいれば、その紋章がはらむただならぬ寓意を理解したかもしれない。
「「「【ジム・ノーラン】の導きのままに!!!」」」
ローブに身も顔も隠し、素性も全く知れない鮮赤の軍団がそこにいた。
全身を隠す謎の集団。それを率いる赤い仮面の少女。そして黒いGOW。
EoEにもたらされた新たなる混沌。それを具現化した一つの光景を、この場にいる者たちは描き出していた。
一方。
『お、おイのーブる……おレ、つギハ、何すればいイ?』
「うるさい」
カチッ。
岩陰を這いずり回るような音を運ぶ回線が、ひっそりと打ち切られた。
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