第1話 最新鋭機と義歯

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 マイルズ暦九三年六月三〇日・キングシティ標準時一二時〇六分。


 嵐が、巻き起こっていた。

 砂と太陽以外何もない大地に、ただその瞬間だけは、巻き起こる砂嵐だった。

 しかし、自然の巻き起こすものとは違い、直線的で、どこか得体のしれない意志のようなものを感じさせる。

 嵐を巻き起こしているのは、熱によって呼び寄せられる風ではなく、人工の物体が生み出す運動エネルギーだった。


 嵐の原因となっているのは、電気自動車。それもトラクターユニットとトレーラーユニットに分かれた車体を八輪のタイヤで動かす、軍事用の輸送トラックだ。

 砂漠をひたすらに走るただ一台のトラックの直進には、減速や方向転換の気配を感じさせない。風に舞っている砂塵のせいで車両全部の視界は良好とはいえないが、このトラックにとってその程度の環境は移動に悪影響を及ぼすものではなかった。

 それは運転手が視力の良い人間だからでも、向こう見ずな性格だからでもない。そもそもこのトラックの運転席には、運転手がいない。

 このトラックはAIによって無人運転を行い、前方の障害物となりうる物体の不在を確認しつつ直進している。

 しかし運転席に人間はおらずとも、このトラックの内部は完全な無人ではなかった。

 

 ビニールカバーに覆われて外から姿は見えないが、このトラックは、戦車とは比べ物にならない体積・重量の兵器を輸送していた。

 鋼の巨体、それも装甲に身を包んだ巨人。二本の足によって支えられ、機体上部に頭と両肩から伸びる腕があるその姿は、紛れもなくホモ・サピエンスを象ったものである。

 この兵器こそ、新世界に足を踏み入れた人類の新たなる器。

この世界がこの世界たる所以。

 この新世界での新兵器となる人型操縦兵器・GOWだった。



 そしてこの鋼の巨人の命を動かすのはAIではなく、同じ四本の手足を持った生物・人間であった。

 車以上に複雑な操縦が求められるGOWは、AIではなく人間が内部で操縦することによって作動している。そのため当然他の有人兵器に同じく、コックピットが存在している。

 レーダー、兵装、火器管制、慣性制御システム、そして【サリナスドライブ】の作動は正常オールグリーン。そのことを確かめるのは一人の青年だった。

 生命の息吹を全く感じさせない無機質な鋼の人形の中にいる、たった一つの生命。兵器の内部とはいえ、おおよそ文明社会とはかけ離れたその何も無い土地の中で、意外なほどに冷静沈着な表情を、その青年―――烏丸ケイイチはディスプレイの光に照らしていた。

 ともすれば冷徹ともいえる表情をするケイイチの瞳は、貴族、あるいは王族の人間が持つような、おおよそ戦場には似合わない気高さを持っていた。

 だがその青年は今、まぎれもなく戦場に向かっていた。

 まだ戦場の血なまぐささを知るような年齢ではないはずのその青年は、確かに戦場へと歩みを進めていたのだ。


 ふと思い出したかのように、ケイイチの指が動いた。回線のスイッチを入れて、所属する【サイラス】が駐屯する補給基地への通信回線を開いた。

「【アーロン=トラスク】、エリアB4に入った。これより目標の敵基地に潜入、標的、【トーガス・ヴァレー】のGOW小隊を駆逐する」

『本当に単騎で突入なさるのですか特尉? 我々の基地で待機しているGOW小隊と合流されては?』

 ケイイチの機体から東部二十キロの位置にある【サイラス】補給基地の管制官の声が、暗号化された回線を通じて彼の報告に応えた。

「【アーロン】一機で十分だ、基地の隊員にはテロリストたちの事後処理のためにしばらく待機するよう言っておいてくれ」


 通信が切れる直前、スピーカーから小さなため息が聞こえたような気がした。実質一人で手柄を分捕っているような男には、誰だっていい気分はしない。未成年のケイイチでもそれくらいはわかる。

 彼自身も、こんな任務を好きで引き受けているわけではない。上層部を統括する『一人の女』からの特命を受けて、近年目立って活動しているテロ組織【トーガス・ヴァレー】のGOW部隊を駆逐する任務を一人で請け負っている。

 今の彼の年齢は十九歳で、地球人であればならまだ学生の立場にある。どう考えても不毛な大地で一人で機械人形を操っているような立場ではない。しかしながら、今の彼の立場は、同年代の若者とは全く異なっている。特尉の階級を示す腕章のすぐそばに取り付けられたペガサスを象った紋章が、その何よりの証拠だった。

 今回の単独での掃討も、『あの女』による特命だ。近年この地を騒がせている反乱分子の見せしめを兼ねた掃除と、それによる最新鋭機の戦術データの取得。

「……いつまで続けなきゃいけないんだ」

 対象を見失った言葉をつぶやいたのとほぼ同時、思案の中で焦点があいまいになっていたケイイチの双眸が急に一つの場所を見据えた。

 直前までどこまでも続きそうな砂漠だけを映していた、機体のゴーグル式カメラアイを通した全天周囲モニター。そこに第二次モントレー戦争の際に打ち捨てられた、外壁が一部崩れた廃ビル群が映りこんだ。

 一部の廃ビルは倒壊によって中がむき出しになっており、テロリストたちはそれらのビルをアジトとして、瞬時に内部から侵入者を偵察、掃討する手段をとっているという。

作戦地点の接近と戦いの始まりを知らせる紫色のアラート表示が、モニター画面に写り込んだ。

死地に刻一刻と迫っているのにもかかわらず、ケイイチの顔は眉一つ動いていなかった。

 まるで、自分にとって、今のことは最重要事項ではないとでも言うかのように。


 【アーロン】のカメラアイが廃ビル群を捉えるより一五分前。

 廃ビルに臨時キャンプを設置していた武装組織【トーガス・ヴァレー】の監視用レーダーは、アジトから半径五十キロの地点に到達した【アーロン】の熱源反応を既に感知していた。

 そして熱源反応をGOWのものと確認してから十分じっぷんもせずに、【トーガス・ヴァレー】のGOW部隊は隊列を組み終わっていた。

部隊を構成するGOWは、大半が第四世代機【サンタローザ】とそのバリエーションである。指揮官機の二機が第四・五世代機【テハチャピ】。その他、第三世代機【サリソー】をカスタマイズした機体が数機。

彼らのアジトは先の戦争で半壊したまま修復されずに放置された二階建てビルである。建物の一部は一階、二階の外壁が倒壊した箇所から外部が見渡せるようになっており、敵の動きを察知しやすいこの箇所を中心にGOW部隊の陣形も組まれていた。

 闇ルートで入手したパーツで組み立てた、型式はおろか世代すらもバラバラなGOWの群れ。同じ機体でさえ、各部位のパーツの機種が微妙に異なっており、その分機体のスペックにも差が生じている。

 結果このGOW部隊は起動から初期動作までのラグも、歩行速度も大きく異なり、うまく連携を取りづらい部隊となっている。

 しかし連携能力に欠けるこれらのGOW部隊は、テロリストならではの作戦でこの弱点をカバーしていた。

 【アーロン】はすでに基地目前にまで迫っており、部隊内で最も旧式の【サリソー】のセンサーでもはっきりと機影を確認できる。

 リーダー格のGOWが腕を挙げると同時。

GOW隊のアサルトライフル、ロケットランチャー、そして榴弾砲が一斉に火を噴いた。

 【トーガス・ヴァレー】は好戦的なテロ集団だ。予告もなしに接近してくるものには警告すら発せず、一斉に発砲して殺す。並のGOWであれば気が付いた時には蜂の巣になり、【サリナスドライブ】を暴走させて爆破し、中のパイロットごと木っ端微塵となっているだろう。

 実際にそのような作戦を行うことで、過去に数で勝る小隊クラスのGOW部隊を複数撃破してきた。テロリストらしく法の秩序に捕らわれない、相手に交渉の余事すら許さない、殺すか殺されるかの論理を相手に押し付ける戦法。この残忍さが、GOWのスペックで部隊に大きく劣る【トーガス・ヴァレー】が近年EoEを脅かす存在となった理由であった。

 EoEの殺し屋たちは、射撃の的となったトラックが、燃える鉄くずと化したことを確認した。しかし、第四・五世代機以前の旧式光学モニターでも、トレーラーユニットの積載物が朽ち果てたトラックと共に確認できないことに数人が気付くと、その場の空気は変わった。

この瞬間、その場の全員が、GOWの武器を構えた後の出来事を正しく把握することができていなかった。

 爆炎で朽ち果てていたはずの、トラック内部の人間を除いては。


 次の瞬間。

 建物一階の倒壊箇所前で隊列を組んでいたGOW群のちょうど真ん中に、全く新しいGOWの姿が顕現した。

砂塵に見舞われた乾燥地帯でも見るだけで心を潤わせるような、サファイア色の装甲を輝かせる機体だった。

着弾の直前に背部のスラスターを利用した重量に見合わない跳躍を行い、GOW部隊の目と鼻の先に着地していたのだ。

【トーガス・ヴァレー】のGOWとは、武装や体格、そして今の跳躍と着地から想像されるスペックの面で全く異なる機体だった。


 直近にいた近接兵装の【サンタローザ】が、一瞬の間の後慌てるように強襲戦用の対GOW用ダガーナイフを構える。

 しかし攻撃の前に、【アーロン】の右腕に収納されていたアーミーナイフが一秒の間もなく展開。手首を右切り上げに振り上げる動きでそのGOWの首を切り落としていた。

 日本刀のような切れ味を見せるアーミーナイフの斬撃と、部隊を構成するGOWが攻撃すら許されずに沈黙したという事実に、敵の部隊は動揺を隠すことができない。その結果生じた沈黙を、【アーロン】は見逃さなかった。

 刹那の出来事で一体のGOWが機能停止した事実を受け止めきれず、目の前のGOW 部隊は硬直する。その隙をまたとない機会と見定め、【アーロン】は数で勝るはずの部隊を相手に何のためらいもなく攻撃を仕掛けた。

 左腕に収納されたサブマシンガンの射撃で相手を牽制しつつ、頭部を狙ったアーミーナイフによる強襲で確実な一撃必殺を狙う。

 チェスで言うところの、序盤で猛攻を仕掛けることで相手をひるませて短期で決着をつける『キングス・ギャンビット』の戦法。

 アーミーナイフの次はサブマシンガン、サブマシンガンの次は背部に携帯したアサルトライフルを、アーミーナイフの収納と共に即座に構えて連射する。一体のGOWに対して【アーロン】は、武器をしまって両腕でGOWの腕を引きちぎる離れ業さえやってのけた。

 その素早い動きは炎天下の砂漠内でさえ冷静沈着そのもので、かつ明らかに格下のGOW相手にも全く手加減のない、神の鉄槌のような攻撃を二桁の敵機に繰り出していた。その猛攻の前には、部隊の大半を占める【サンタローザ】のみならず、隊長機にして部隊内で最高性能の【テハチャピ】すらも全く歯が立たなかった。

 衝撃で暴発する恐れのある下腹部の【サリナスドライブ】を避け、頭部のメインカメラや、胸部のメインOSを的確かつ瞬時に攻撃していく青きGOWの動きは、無意識化で敗北を悟るテロリストたちにとって、もはや人間の命令を演算して動く機械のそれではなく、世界の事象を絶対に逆らえない力で書き換えていく「神」のようにも映った。

 

 敵組織のGOWが、全て撃滅されるまで十分とかからなかった。

 廃ビルに立てこもったテロ組織のGOWは、たった一機の紺碧のGOWに全滅させられていたのだ。

 なぜ、このような圧倒的な掃討を行うことができたのか。

 要因としては二つある。


 一つ目に、外的要因。

 【トーガス・ヴァレー】たちが用意していた第四・五世代以前のGOWは、直立歩行の開始にすら一定時間を要する旧式のものがほとんどだった。ましてGOWの規格はパーツ単位で差があり、一斉射撃などの単純な動きにも、微妙な発砲時間にズレが生じる。

 そのためケイイチの操縦する【アーロン】が、各GOWのスペック、持ち武器の弾道の違いから一斉射撃の際に生じる「安全地帯」を予測し、迅速に逃げ込むことは不可能ではない。

 敵のGOW部隊による一斉射撃の準備がモニター上にアラートで表示された時点で【アーロン】は安全地帯への回避が可能な四つのルートを割り出していた。


 二つ目に、内的要因。

 【アーロン】がテロリストによる射撃の回避ルートを瞬時に割り出せたのは、この機体が現代で最新鋭の第七世代のGOWだからだ。

 【アーロン】には【サイラス】の科学技術班が持つ最新の戦術データが記載されている。GOWのパーツ単位での分析からアジトごとのGOW部隊の編成から予測される戦闘力、潜伏していると思われるテロリストたちの来歴と彼らが得意とする作戦などがモニター上にアジトが表示された時点で同時に表示されていた。

 それに加えて、操縦者の烏丸ケイイチ、から【サイラス】に所属する以前より、GOWの卓越した操縦者として活躍するためのスキルを自らに叩き込んだ青年である。当然【アーロン】の戦術データとそこから導き出すべき対策を即座に理解し、敵を倒すための最適解を瞬時に実行できる学識を手に入れていた。

 機体のスペック把握とその弱点の察知、そしてその弱点を的確に攻撃するその能力は、それ自体がそのまま【サイラス】の圧倒的な戦闘力を誇示しているかのようであった。


 ケイイチの乗り込む【アーロン】内部のモニターに、敵機とその武装のデータが表示された時点で、作戦の結果は決まり切っていたのだ。


 【アーロン】は、爆風による煤が装甲に付着しただけで、活動に支障をきたすような傷は全く受けていない。

 対して彼らのGOWは死屍累々。十二機のGOWが、【アーロン】一機に損傷一つ与えられずに全滅させられたことになる。

今ケイイチが操縦している【アーロン】は、大戦後に地球の開発チームによって製造された特選機であり、常に万全の状態で動けるためのメンテナンスを定期的に行っている。対してテロリストたちのGOWは、十五年前の戦争末期に使われていた第四世代前後のものばかりだ。資金源に余裕のないテロリストでは、闇ルートを利用していたとしても最新鋭の機体の入手やメンテナンスの費用は望むべくもない。

 だから、こういう結果のわかり切った掃討作戦を現在まで二桁単位で行ってきたケイイチにとっては、この日の任務も、いつも通りの日常の光景でしかなかった。【アーロン】というハイスペックの機体を開発する費用はあるのに、この異世界で蔓延る貧困に十分な対処をしない自治政府と、その中枢の一角を担う「あの女」に静かな怒りを募らせながら動く、いつも通りの光景だった。

 GOWとテロリストたちを回収する手はずの【サイラス】駐屯地の隊員たちと再度交信しようとした、その時までは。


 戦闘中にスラスターで飛び上がった建物の二階部分に【アーロン】を直立させたまま、ケイイチは補給基地への通信回線を開こうとした。

 その時突如、GOWの残骸が爆発によって吹き飛んだ。

 秘密裏に送られた増援部隊が待ち伏せでもしていたのか?

 しかし【アーロン】のレーダーは、味方機の識別信号を付近に感知していない。

 また爆破した残骸をよく確認すると、第二世代型のさび付いたパーツであることが確認できた。今しがた【アーロン】が撃破した【トーガス・ヴァレー】のGOWの中には、あの機体と同じ型は一機もない。

 複数の不安要素に対して咄嗟にひらめいた仮説と、【アーロン】のモニターが映したアラートが、彼に命の危機を知らせた。

 本当の敵は、後ろから来た。

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